見出し画像

(8)言いたい事は、椰子の実の中♪ (2023.9改)

モリ達よりも一足先に台北に帰国した、周亮磨(日本名:神内亮磨)は「時の人」となっていた。亮磨の「DeepForest」への加入により、台湾のレコード業界が契約を巡って凌ぎ合い始めた。
亮磨は日本のメンバーに決定権があると早々に宣言して、逃げた。

亮磨の経営するサザンクロス海運とプルシアンブルー社との提携が、台湾企業と同社を繋いだとコロナ下で低迷する経済の明るい話題として取り上げられていた。
電力会社、製鉄会社、自動車メーカーの台湾を代表する企業3社なので、目立つのだろう。

台湾政府の圧力なのか、配慮によるものなのか、モリとの関係、夕夏との母子関係も伏せられた。ただ、タイの番組で演奏を終えた親子が肩を組んで満面の笑顔を浮かべている映像が拡散し、誰もが2人は親子だと察していた。

横浜に帰ってきた由布子、紗佳、夕夏の3人は、夕夏が勤める楽器メーカー傘下の音楽プロダクションと契約を結び、マネージメントの一切を託した。日本のレコード会社だけでなく、米英のレコード会社も契約交渉に加わり、条件が出揃った時点で決めることになった。

ーーー

富山県庁に登庁してきた知事一行の中に、何かと話題になっている日本人を見かけて県庁の職員たちがざわめく。
都庁の次の議会は来月9月​18日に開催され、臨時招集がない限り、無休の秘書としてモリが富山に登庁するという。
都議だが金森の義理の息子だし、「秘書の娘の代役で連れて来ました」と知事が言って、県庁内を連れ回し始める。後方にモリが居るだけで、県の職員も県会議員も身構えてしまう。

「なんか、可哀相だ」とモリが言っても「ムチも必要なの」と訳の分からない事を言う。

その代わりにメディアの前には決して出ない。
記者が近寄って来ても「何もコメントできません」と応え、知事の記者会見には現れなかった。

知事の変化に番記者たちは気がついていた。絶えず笑顔で、余裕すら感じるように見える。副知事で医師の村井幸乃も、参謀が側にいる安心感だろうと見ていた。

ある日、金森知事はモリを連れて、富々山銀行を表敬訪問し、富山湾での海上発電、ベトナム、タイでの太陽光発電事業を説明。富山県庁内にエネルギー部を設立して県内で電力を賄い、海外では売電事業を強化し、富山県の財源として位置付けてゆきたいと説明。
電力収益管理の一切を同銀に任せたいと表明する。富山県内の企業向けを除いた60万世帯だけでも年間250億円の電力料金が発生する。海外では年間1000億円の電力収入を見込んでおり、この全額の管理を担ってもらう、という条件に幹部は同意した。

北陸には大手地銀がひしめき合っているが、同行は下位に甘んじているのが金森母子の目に止まった。
大幅な収益改善に伴い、定期預金の預金金利を日本の他行より上げて大手の預金額を上回るのもアリではないかと、シュミレーションした数値をモリが出して囁いた。「プルシアンブルー・ジャパン社のメインバンクも御社に変えて、10月株式公開時の主幹元を担当して欲しい」と思い出したように付け加えて。

「即、経営会議で検討しまして、ご回答致します!」と同行の経営陣は金森知事に向かって頭を下げた。
銀行を出る際に「何で、こんなにあっさりと決まっちゃうの?電力って凄いのね」と今更のような発言をするので、鮎の老眼をモリは疑った。

「注釈まで目を通していませんよね? 電気料金だけじゃなくて、ガスも水道もネット関連なんかも県が束ねて行くんですよ。年間で兆を超えます。そりゃ乗って来ない方がおかしい」

鮎を後部座席に乗せると車を発進させて、一人でトボトボと歩き始める。尾行者の存在に気付いた。おそらく2人と思われる。
駅前や商店街の状況も知りたいので、昼食を食べる時間帯に合わせて外に出た。

富山県のコロナ感染者は日に数名出る程度で、感染者はいずれも太平洋側に出張したり、太平洋側から訪れた人と接触した場合に限定されていた。そんな状況下で街の営みを確認したかった。富山駅を行き交う人のマスク装着率はほぼ100%だった。
県内の経済指数が上向いているのが実感できる、中央駅の人の流れ、飲食店の混み具合、繁華街の賑わいに安堵する。

立ち食いそばの店に入って、山菜そばを食べて満足して県庁に戻ると、購買を覗いてタイ製のスプラ()トのペットボトルを手に取って購入する。80円誰が利益を得ているのか?市内で買えば税抜き価格で60円しないはずだ。

知事室に戻ると、医師で知事の顧問の幸乃と知事が食後に桃を食べていたので御相伴に預かる。

「午後はどうするの?」

「プルシアンブルー社に顔を出して来ます。夕方には戻ります」

富山も議会が無いので、秘書がやることが無い。幸乃が居るので事足りてしまう。それよりも矢継ぎ早に事業拡大策を打ち出した会社の方が心配だった。議員になったとはいえ、自分に出来る事は山のようにある筈だ。
モリは立ち上がると鞄を持って知事室を出ていった。

「昨日も思いましたが、やはり変わりましたよね」
「彼の人生で一番の激動期だったのは間違いないでしょうからね。優男の面影が見られなくなって寂しい気もするけれど」

「野趣あふれる殿方っていうのも、悪くないと思います・・。なんかギラギラしていて、エネルギッシュな感じでしょうか。医師としてはオーバーワークにならないように、ブレーキを踏むタイミングを見極めようと思います」

「そうね。その判断は幸乃さんにお願いするしかないわね」

鮎と幸乃は2人で微笑んた?
 
ーーーー

新井首相補佐官の元に、富山県庁に知事とともにモリが登庁しているとの連絡が入った。
都議が富山県知事室で執務に当たる・・明らかに前例にない話だが、知事とは家族でもあり立場をわきまえず発言などしなければ、問題にはならないだろう。都議会閉会中の間に出来うる事をやるつもりなのだろう。

事務所へメールしても、「夏季休暇を頂くので改めて連絡致します」と返ってきたが、連絡が来るとも思えない。
アメリカを切り、中国を切り、日本政府も切った。ロシアと台湾との事業を優先した事で3枚のカードを捨て去った。最初から、そのつもりだったのかもしれないが。

その時、外務省経由で連絡が入った。横田基地に前大使の乗った米軍機が到着したと。

「訪日の目的は?」

「まだ何の連絡目的も届いていません」

新井補佐官は「大統領選挙のスケジュールを出してくれ」と言いながら、民主党が残っていたのを今になって気付いた。失態だったと。

「8/11コネチカット州予備選挙 8/17~2o民主党全国大会」
11日の予備選は民主党最後の党員集会の場にもなる。民主党は脱温暖化を掲げるので、プルシアンブルーとの協業の道は残る。前大使を使えるのは・・やはり、前副大統領だろう。

首相が共和党寄りなのは分かっている。オバマ政権時の大使としての接点はあっても、何も告げずにやってきた。政府側に会うつもりは無いと思える。

「厄介だな・・」と 新井補佐官の勘が騒いだ。

首相は外相と農水大臣に、プルシアンブルー社のODA適用を認めるなと伝えたばかりだった。東南アジア各国の大使にはコロナの対応で手一杯だと言って断われといった。兆単位の金を世界中にバラ撒いている自分を批判したと敵視した。

ハシゴを外されたプルシアンブルーに対してロシアが空軍機を提供して、資金面は台湾政府が補填するプランが水面下で検討されているとも聞く。米国民主党が情報をキャッチして展開してくるかもしれない。なにより訪日してきたタイミングが重なり過ぎている。

ーーーー

プルシアンブルー・ジャパン本社の入っている雑居ビルにやってきた。

サミアとゴードンそして山下智恵に任せっぱなしとなってしまった。1階はPB Martになっていたので、驚いて入店する。客の入りもまずまずと言ったところか、昼過ぎの時間としては悪くない。アルバイトさんと思しき若者2人が棚の商品の品出しをして忙しそうなので、店を出た。

雑居ビルを見上げて、新宿でも同じようなビルにして一階をミニスーパーにしてもいいなと思う。エレベーターで7階に上がり受付で呼び鈴を鳴らすと、女性が出て来て驚いている。
里子の教え子さんかな?と思って、「元社員のモリと申します。誰か居ますでしょうか?」と言うと「少々お待ち下さい!」と踵を返して消えていった。
連絡しとくんだったな、と思っていたら、山下智恵が出てきた。

「驚いた。来てたの?」

「県庁にね。知事と登庁した」

「まぁ、入ってよ。タダ働きしに来てくれたんでしょ?」

「そうだね。誰かさんが風呂敷を拡げちゃって、ゴードンがてんやわんやなんだろうなって思ったんだ」

フロアに入ると、華やかな女性陣が20人位だろうか、凄く目立つ。
皆の視線を浴びながら智恵の部屋に入る。部屋と言ってもガラス張りなので、隠れていないのだが。

上着を脱いで、ネクタイも外させて貰う。そして智恵の向かいに座る。

「大活躍だったわね。突然の選挙も驚いたけど、隠し子と一緒にデビューが一番驚いたかな。アイスコーヒーでいい?」

「ありがとう・・。デビューはしてないけど、息子と一緒にメディアに出て結果的に助かった。息子だって僕は言ったけど、母親が誰かは明かしていない」

「何があったか聞かないであげる。家の中が修羅場だったと思うし」

「その配慮は助かる。修羅場まで至らずに済んだんだ。あの子の母親から当時の状況説明の手紙が届いてたから、説明する手間が省けた」

「たまたま出来ちゃった訳ではないんだ?」

「結局、聞くんだね・・まぁ、いいや。僕一人が蚊帳の外で知らないだけだった。あの子の父親は・・サミアにもゴードンにも言わないでほしいんだが無精子症、子供が出来なかったんだ・・全然知らなかったよ」

「じゃあ、人工授精だったの?」

「いや、バンド仲間で飲んでて、その日はみんなグルだった。睡眠薬を飲まされて寝てしまい。3人に順番に襲われていたらしい。寝てて役に立つの?って思ったけど、そういう方法があるらしい」

「お尻の穴を使うとか、いろいろある・・らしいよ」

「あの子には申し訳ないから、2人で酩酊した時の一夜の過ちにしてあるけどね。うちの家族には単独犯による犯行って話になってる」

「3人の女性が交互にっていう図式は凄いな」

「3人って言うのは2日前に知った。3人とも妊娠してた可能性があったって考えると怖くてさ。一人で済んで良かったよ・・」

「もの凄いバンドだなぁ」

「昔の話で時効とはいえ、なんか複雑な心境だよ・・」

「流石に誰かに言いたかったんだね?本当の話を・・」

「ああ、5人で一緒にレコーディングしたり、動画撮影したりするって考えたらさ・・」

「気軽にお茶も飲めない?」

「そうなんだ。末期のビートルズやポリスのように、バラバラにパートごとに収録するようにしたいよ。議員活動で忙しいって 言って」

お祓いのつもりなのか?智恵が数珠を持って手を合わせたように、拝み始めた。

(つづく)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?