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(9)新技術が産業を変革し続ける

グアムと北マリアナ諸島両政府の要請を受けて、タニア・ボクシッチ外相・国防相が太平洋を移動して現地入りする。空港まで出迎えにやってきた、グアム外相と共に車両に乗り込み、中国漁船の沈没現場を視認できる丘に先ずは向かった。 高台から見下ろす太平洋の大海原は、地中海を見て育ったタニアは圧倒され、畏怖されるような存在感を海原に感じていた。それと同時に、素敵な場所だと、この高台へやって来た偶然に感謝する。 グアム外相から見ると、タニアは落ち着き払っているように見えたのだが、持ち前のポーカーフェイスで自身の高揚感を封じ込めているに過ぎなかった。   
日本のグアム領事館が用意してくれた花束を献花台に乗せて、転覆した漁船と共に海溝に沈んでいった14名を祈った。             

中南米軍、ベネズエラ政府は米軍の要請を受けて、遭難者捜索活動に当たり、沈船の引き上げをしただけに過ぎない。ベネズエラの大臣、政府関係者が、実際の事故現場水域ではないにせよ、島の高台から哀悼の意を表して花をたむける姿勢を内外に示す意味はあった。12名の人民を失った中国でさえも、事故を引き起こした米国ですらも、政府関係者が誰も現地に訪れず、亡くなった人々を敬わおうとしない。検証作業も有耶無耶で、事件の再発防止を講じる素振りも見せない事を非難する映像でもある。船が沈んだ現場水域を敢えて外した理由も、ベネズエラは事件の当事国では無く部外者だが、請われて作業に携わった以上、最低限の礼儀は果たすと示す為だった・・。中国は遺族を事故現場に連れてこようともしない。中華人民共和国建国以来、中国政府が人民の命を軽んじ続けているのは明白だと専門家は判断するだろう。

 献花の模様をAngle社のニュースで流した後で、グアム政府との会談に入る。ベネズエラ外相は明日はサイパン入りすると報じて終わる短いニュースだった。会談内容を知りたいのは米国だ。ベネズエラがどんな要請をグアム政府から受けてやってきたのか、如何なる内容が話し合われ、合意に至るのか、会談の行方に焦点が集まる。   
会談と並行して、中南米軍は島内の混乱状況の把握に取り掛かっていた。タニアに同行した中南米軍・南太平洋方面部隊の調査部隊は、グアムもサイパンも状況はそれほど深刻なものではないと判断していたが、現地市内の状況を視察して、想定通りと判断した。グアム閣僚との会談後、タニア大臣はグアムのアンダーセン米軍基地を表敬訪問し、米軍基地司令官と情報交換を行った。米軍の過剰な警備がグアム島内の混乱を増長させるかもしれないと、見解が一致。事態が沈静化するまで米軍兵士が基地内に留まる、外出禁止令を発令した一連の手順を賞賛した。島民との接触の機会を極力避けるのが今は寛容だった。ウィルス感染で度重なるミスを犯し、軍隊として何度も機能しなくなった経験がある米軍も、それなりの教訓は得ていたようだ。                
北朝鮮からフィリピン・ルソン島入りしたモリに常時報告を行いながら、ミンダナオ島・サンボアンガ基地の中南米軍グアム・サイパン向け追加部隊の派遣準備に取り掛かる。中南米軍がフィリピンに拠点を構えた理由は、台湾有事だけでなく、南太平洋諸国の有事にも対処するためでもある。ーーー                     アンダーソン基地に先行して到着していた、中南米軍C-3 輸送機3機から、人型ロボットのジュリア500体と、武器を内蔵しているサンドバギー500台がそれぞれペアを組み、グアム島内の繁華街や官庁街に配置される。市内への配置作業はタイ人の中佐に任せて、タニアはロボットの市内配置、完了報告をチュラソン中佐から、メールで受け取った。テレビは市内の騒乱を鎮静化する動きを報じていた。

「グアムの官庁街には30組のロボットのペアが配備されました。ロボットはこのようにサッカーユニフォームを着用し、バギーロボットの背にはグアム国旗の小旗が括り付けられています。ロボットが着用しているのは、フィリピンのサッカーチームのもので、グアム島内でも放映されている人気チームの一つなんだそうです。このユニフォームでフィリピン所属のロボットなのだとグアムの人々も察するそうです。武器は持っていないので威圧感のようなものは感じませんが、ロボットの腕力と脚力は、人間の数倍以上ありますので、無暗にイジメたりしないで欲しいと、中南米軍とグアム政府の関係者が注意を促しています。   

島内の繁華街や中国人居住区、米軍基地など、デモ隊のコース対象の警備に合計で500ペアのロボットが配備されています。デモ活動自体は取り締まりの対象とはなりませんが、器物損壊や人的な暴力行為を確認すると、ロボット達が即座に反応して、対象者を捕縛するとのことです。島民の皆様におかれましては、商店を壊したりせずに、平和裏にデモを行っていただきたいものです。
また、中南米軍の到着とほぼ同時にベネズエラのタニア国防大臣が来島し、中国船が沈んだ海域を見渡せる「天国の丘」を訪れ、用意された献花台に献花され、事故で亡くなられた方々に哀悼の意を示されました。

島内の人々に話を伺いますと、「何から何までベネズエラの世話になっておきながら、当事者であるアメリカの大統領も、中国の主席もやって来ないのは非常識だ」という非難めいた声が何度も聞かれました。グアム島民への謝罪すら怠るような事故当事国の姿勢が、住民達の燻りの原因にもなっている印象を記者は感じました。以上、ネーション紙アジア太平洋部門ジャカルタ支局、オクタビニがお伝えいたしました」
                        姓の無いインドネシア人ならではの短いレポートをThe Nation紙の記者が報告して、番組は異なるニュースに転じた。            
ーーー                     今回のフィリピン入りはスービック基地ではなく、首都・マニラ ベニグノ・アキノ国際空港に着陸し、日本とベネズエラ両政府のフィリピン公式訪問として扱われる。毎週末のように訪比するモリを「中南米軍、アジア兵站本部ダグラス少将」の名義で出入国許可し、不問とする寛容な姿勢を政府が取り続けているのも、ベネズエラがルソン島西部の開発に多額の資金を投じているからに他ならない。           
土曜日にも関わらず、フィリピン大統領自らが空港で一行を出迎える。日本側の意向で歓迎式典を省略して貰い、そのままマラカニアン宮殿に移動して、日比首脳会談を始める。明日日曜は、スービック市、オロンガポ市、アンヘレス市の再開発完成式典が行われる。   
大学や研究所などの学術機関は9月のスタートに合わせて仕上げの作業に入ったが、それ以外の市内の様相は、首都のあるルソン島でも例を見ない、都市が出来上がった。     
昨年の火山噴火後の被災と、ルソン島住民の北朝鮮への避難により、人員が減少した土地で大胆に作業に取り組めたのが大きかった。短期間での建設が実現 出来た。

旧宗主国であるスペインの都市配置をベースにした街作りは、中南米の都市にどことなく似ている。柳井前首相とモリの義理の娘ヴェロニカがデザインした街なので、カラカス、コロン、サンクリストバル等のように、彼女のデザインした都市に似通うのも当然だったかもしれない。ソカロと教会が街の中心となるスペイン様式の造りは、フィリピンの各都市にも共通しているので、違和感は無い。建造物の中身は鉄筋コンクリート造だが、外壁は太陽光発電機能のある、石版タイルで覆い、教会等の古くからある建造物外壁の色彩との調和が施され、新旧の違いはあっても一体感を打ち出す事に成功していた。ヴェロニカが密かに狙っているのは、将来的に世界遺産に認定される都市造りだ。誰が、上海や香港、そして平壌港と言った、イギリスが手掛けた近代的な都市を世界遺産に押すのか?と考えるに至ったらしい。どうせ、新しい高層ビルを建設し続けるだけの話で、見栄や欲望が垣間見れる都市は、飽きるのも早いだろうとヴェロニカが自説を開陳していた。  
義理の娘のプランに賛同して、都市再開発事業の費用がベネズエラの大統領機密費から全額出された。    
旧満州経済特区の収益3年分を投じた格好となる。北朝鮮の年間GDP2年分に匹敵する額面を、フィリピン3市役所が復興支援の特別会計として計上したが、中南米諸国連合基金からの融資で全額を賄う体を装い、帳簿処理を行った。建設作業に当たるベネズエラ資本の建設会社やプラント会社、設備会社に全額が流れる。嘗ての日本のODAのような紐付き援助と構造は似通っている。しかし、嘗てのODAのようにフィリピンの政府や役所を一切経由せず、金額自体は中南米諸国連合基金から直接企業に振り込まれる。故にフィリピン政界や市長への賄賂は一切生じないクリーンなものとなる。そもそも、フィリピンの政治家を信用していない。日本が占領した後は、アメリカが関与した国だ。政界自体がズブズブに腐っている。 

今後、この形態でフィリピンを始め、太平洋諸国、ASEAN各国の都市開発を進めてゆく。街の再開発事業、復興事業として、地元に費用は落ちないが、進出企業による雇用創出と企業税収が地元に還元される。今回であれば、世界一安い電力料金に加えて、最新インフラとしてモノレール、バスなどの最新で安価な無人運行の公共交通機関が用意され、都市としての利便性が向上する。経済特区でもあるので、郊外の工場団地への進出を検討する外資企業の視察が今も相次いでいる。    モリが北朝鮮、旧満州で手掛けた「新・楽市楽座」のルソン島版が、フィリピン政府と市の行政機関をすっ飛ばして展開される。
安価だと喜ばれている公団住宅の増築も続いており、「マニラよりも快適」と表現されるのも、狙い通りだ。フィリピン政府の開発を上廻るどころか、バンコクやハノイでさえも凌駕するのを狙った。開発を担当したヴェロニカは、ほぼ完成に至った都市空間の完成度に満足していた。   
ーーーー                       ピナツボ火山による自然災害で痩せた土壌の土地で、米軍基地が点在していたエリアが、研究学術都市を兼ねた最先端の宇宙進出拠点の都市に変貌し、その開発費用は全額ベネズエラが負担したのだから、地所の開発を委ねたフィリピン側に、文句があるはずもない。訪れた日本側をもてなそうと、過去最大級の歓迎を用意して待ち構えていた。              
現地のマスコミは「旧満州経済特区に準ずる、フィリピン成長の起爆剤となるだろう」と形容し、報じている。政府のみならず、市民を挙げての歓迎っぷりにも気恥ずかしくなる程の歓待を受ける。日本の政治家はもてなす事には慣れていても、もてなされると逆に躊躇してしまう・・そんな不可思議な現象を目の当たりにしていた。柳井前首相も、元首相の金森鮎も、外相の里子も頬を高揚させ、感激を露わにしている。首相、大臣経験者が庶民的過ぎて、貴族や大地主の扱いをされて、戸惑っているように見える。3人共ポーカーフェイスが出来ないので、お上りさん状態になるのも仕方がないのだが。  
日本政府はピナツボ火山噴火後の復興支援程度を行っただけで、都市再開発事業費や建設費用はモリの大統領機密費から出資している。そこで日本の政治家の3人が満面の笑みを浮かべている様を見て、理不尽な気持ちを感じてしまう。確かに、都市のコンセプトは鮎が打ち出し、ヴェロニカが見事なまでに具現化してみせた。でも、パーツの全てを提供したのはベネズエラだ。そこが曖昧にボカされて、事実上のオーナーは金森 鮎、モリ・ホタル官房長官殿にあると見なされている状況に、理不尽なものを感じていた。

宇宙空間への出発拠点にフィリピンを位置づけたので、ミンダナオ島のサンボアンガ基地に、軍事用と月面基地向けも兼ねた最大級のデータセンターを構築した。  
今後、フィリピン国内では日本連合並みにAIを活用する事が可能となる。ミンダナオ島にセンターを集中させた理由は地震が少なく、火山も無く、台風も殆ど来ないのと、ボルネオ/カリマンタン島のマレーシア、インドネシア、ベトナムへの将来的なAIアクセス拡張も視野に入れている。つまり、ITインフラの基盤は既に整っているので、フィリピンの国内事情を鑑みながら、フィリピンの政治家達が導入するITメニューを計画してゆけば良い準備が整った。この春、日本人議員、ベネズエラ人議員がフィリピン政界に誕生すれば、AIの活用手段が彼ら新人議員たちの政策として打ち出される。どれもこれも、日本や北朝鮮で実績のあるプランなので、いきなり利便性が向上するのは必至だ。新政党、フィリピン社会党は政策実現政党として即座に動き出してゆく。AIの用途が多岐に渡り、国内の利便性が向上すれば、他国の議員を選出した意義が理解される・・かもしれない。

「あっちに行かなくていいの?プロジェクトのオーナーがここに居ちゃだめでしょう?」 
都市空間デザイナーとして活躍したヴェロニカが背後から声を掛けてきたので振り返る。ヴェロニカだけでなく、旧満州・北朝鮮からモリに纏わり付いてきた、樹里もヴェロニカの隣に居る。  
純イタリア人とイタリアン ハーフの2人、肌の色と髪の色が周囲と異なるので、やや場違いの感があるのは否めない。自分達が、この場から浮いた存在である事に気がついて、モリに近寄って来たのかもしれない。
同時に、雰囲気が異なるだけで声を掛けようともしないフィリピン男性に歯痒いものを感じる。中南米のラテンの男性のような女性への飽くなき執着心を全く感じない。露骨にガツガツしたりせずに、奥ゆかしく、ただ遠巻きに「華」を眺めて愛でているだけなので、とにかく歯痒い。   
スペイン人の異性に対する貪欲なまでの血筋は、フィリピンでは既に退化してしまったのかもしれない。中南米男性のように「妻子が居ようが居まいがお構いナシ」と言う発想は霧散してしまったのだろうか・・。

「いいんじゃない?爺さんの相手するより、あの3人を構ってるほうがよっぽどいいんだろう」 自虐的に言い放って、モヒートを飲み干す。アジアのラム酒はどうしてもカリブ海産に劣る。ビールは美味しいのだが・・。

「まぁ、そうよね。珍しく北朝鮮からずっと一緒だし、来週もこのメンバーで陛下達をもてなすんでしょう?」

「うん。樹里のママは日本でお留守番だけどね」間髪をいれずに言って置かないと、この娘も仕事を部下に押し付けて、ノコノコとついて来るかもしれない。そもそも、樹里が何故マニラに来たのかが分からない・・プルシアンブルー社はスーパーとコンビニ以外の出資はしていないのに・・             
「陛下ご一家の南米ツアーの滞在地は、何処になるの?」その気が少なからずあるから、聞いてくるのだろう・・。           

「遊びじゃないんだぞ、ご一家にとっては重要な公務であらせられる・・皇后陛下と内親王のご要望で、イースター島とパタゴニアの氷河、南極上空のフライト・・それ以外はブラジルとベネズエラに滞在される予定だ」
「なんだ、やっぱり観光じゃない・・」樹里が目を輝かせているのは気のせいだろうか・・   
日系人にしてみれば、天皇皇后両陛下に拝謁する場は必要なのだ。ベネズエラに御用邸を建設したので、今後訪問の頻度も増えるだろう。  

「カラカスの御用邸の設計もヴィーちゃま が手掛けたの?」樹里の問いに頷きながら、ヴェロニカがモリのネクタイを直し始める。前回ネクタイ絞めたのは正月の賀詞交歓会以来だ。真新しいタイは下ろしたてでまだ型がこなれていない・・ 

「葉山と那須の御用邸の図面を貰って、空間は同じようにしてみたのよね。調度品はインカ帝国のイミテーションで統一感を出してみた。リマに建設中のホテルでも同じようなコンセプトを打ち出そうと考えてるの・・・ よし、これでOK」  

樹里の方を向かずに答えて、義父に向かって微笑んだ。「やっぱさ、夫婦みたい」ニヤついた顔で2人を茶化しに来る。     
「そうよ、この御仁はね、あなた達だけのものじゃないの」ヴェロニカがモリの腕を取って絡ませてきた。余計な方向にヴェロニカが転じたので、2人の顔をさり気なく確認する。笑い合ってるので考えすぎだったかな?と一瞬安堵する。   

「そうよね、あの3人組だって、先生の子供を産んだんだもんね。私達もだけど・・」  
樹里がニヤニヤしながら言い放った後半の言い回し「私達」に、ギョッとする。ヴェロニカの顔を見ると素知らぬ顔をして澄ましている。この娘はポーカーフェイスが出来る。しかし、だ・・樹里には明かしたのか、それとも他にも知っている者が居るのだろうか・・ 
マラカニアン宮殿内の綺羅びやかなパーティー会場の雰囲気に、2人が開放的になっているのかもしれないと思いながら、周囲を警戒する。何処に「耳」が潜んでいるのか分からない。    
女性の感情の移ろいや、同性同士の場合の思考性といったものが爺さんの歳になった今でも、よく分からない。溜息をつくと、ヴェロニカが耳に口を寄せて囁いた。
「今夜は2人で伺いますからね、宜しくねパパ」と。開放的というよりも、余りにも解放的過ぎる・・。
「何時までホスト役を務めなきゃならないんだ、オレは・・」と改めて溜息をついたら、2人がハモるように吹き出して、笑った。 
ーーー
旧満州の黒竜江省を視察後、フィリピン入りしたモリ一行を国賓待遇で受け入れる様がアジアのニュースとして流れていた。アジア、ASEANの中でも経済的に芳しくはないフィリピンを日本連合が大々的に肩入れしている。支援を得る立場のない国からしてみれば、羨ましい投資内容だった。中国が日本連合と同じ規模の投資が可能かと言われれば、不可と答えるしかない、次元の異なる内容だった。もし出資国が米中の何れかであれば、誇るように投資総額を全面に掲げるだろう。しかし、日本連合は意図的に金額の公表を避ける。「先端技術の施設が集中しておりますので、投資総額をお知らせするのは控えさせてください」と日本の外相が記者の質問に答えるので、機密事項に触れるのだろう、と勝手に解釈してくれる。  初回の有人打ち上げは日本の福島から行われるが、以降の有人打ち上げはフィリピン、スービック基地が月面基地との離発着を担い、フクシマはロボットの操縦による無人打ち上げ専用拠点となる。

ルソン島西部は有人シャトルの打ち上げ拠点となり、宇宙開発の研究学術都市へと生まれ変わる。雪が降らない常夏の島等の諸々の要件で合致したからこそ、拠点に選ばれたのだが、日本連合に取って最大の皮肉とも言えるのが、言語だ。  
各国の研究者達が集う場として、ガイジンに未だに免疫の無い日本や北朝鮮では都合が悪い。「国際化」という表現が多用される国家は極めて少ないが、日本や北朝鮮では未だに求められている。国内の外国人比率が異様なまでに低い環境であるのが要因となった。研究所や大学内でクローズされた環境では、外人も多いので遜色はないのだが、買い物などで敷地の外に出れば、日本語や朝鮮語が跋扈する環境は研究者達のストレス要因となる。専門技術を持つ科学者や研究者が、新たに言語を学ぶのはコスト的にも年齢的にも負荷が掛かるし、生産性の観点でも時間を割くのは無駄だ。翻訳AIを駆使すればいいのかもしれないが、機器を介在せずとも英語が日常的に使えるフィリピンならば、言語問題からは解放される。研究者が長期滞在する上ではストレスが掛からない土地として、スペイン撤退後、長年に渡って米国に統治された時代が、皮肉にもプラスに作用する。 
アジアにフィリピンがあったからこそ、研究学園都市、宇宙開発の拠点に適していると判断した。次なる候補地としてはグアム、サイパン、ハワイなど、アメリカが長年に渡って統治した島々くらいしか、思い浮かばない・・。
政府関係者の判断に、国粋主義者は異を唱える。先端技術の集中する拠点を国内に置かないのはオカシイと。 ならば、大多数の日本人が未だになし得ていない「国際化」に準じた環境を用意して見せやがれ、日本人よ、というブーメラン効果も狙ったのだが、彼らには理解出来ないかもしれない。    
日本の大学や研究所では海外からの研究者も増えた。 しかし、海外研究者が居住し、拠点とするのは分校や施設のある北朝鮮というのが定番になっている。老いた日本人に見られる排他的な一面が、海外研究者に余計な負荷を与えるからだ。統治時代から各国の留学生を集った北朝鮮の方が、ストレスを感じないと評価されている事実を踏まえてモノを言え、という話だ。日本政府が北朝鮮を「日本人に取っての他山の石」として育んで来たのはそういう側面もある。例えば、日本の南部のどこかの州が研究学園都市を建設すると掲げる時代がやって来れば、日本国内での環境つくりがなされて、投資が集中し経済的な恩恵を受ける・・かもしれない。
何れにしても日本政府の検討事項では無く、州政府の判断となる案件だ。海外の人々が長期滞在し、仕事に没頭できる都市というものを日本の都市は、今一度真剣に考える必要が有る。
プルシアンブルー社やベネズエラ企業の日本人社員の比率が少ない大企業の実情を踏まえるのもいいだろう。 日本人で構成された企業で、世界的に成功している企業が果してあるだろうか?という現実を踏まえて考えて見給えという話だ。国家が成熟し世界一となっても、構成員としての日本人は、全体で見れば一流であるとはお世辞でも言えるレベルに、未だ至っていない。 
諸島国家に共通する課題なのかもしれない。プライドばかりが先行して、自分たちの力量を見誤ってEUを離脱した英国、ASEANの中で孤立しがちな諸島国家フィリピン、元は中国領でありながら、琉球や日本文化に親近感を抱く台湾・・英国はプライドばかり重んじるので別格として、アイルランド、スコットランドは英国に虐げられて来た歴史から日本に近づき、台湾とフィリピンは日本経済の受け入れに寛容な姿勢を滲ませる。島国気質のような共通項で、互いに組みやすい相手なのかもしれない。                     ーーー                     「援助の様に見せながら、日本連合が実利を得る為の手段を講じていると見て良いのかな」マラカニアン宮殿内の立食形式のウェルカムパーティーの映像を見て、主席が言う。主席の執務室には梁振英外相が居た。主席にとって外交、取分け日本の状況を知る上では、梁振英の分析能力を最も信頼していた。たとえ、梁が日本に近い立場であろうとも、令和の日本政府は中国に対して、何らかの危害を及ぼした実例は無い。それでも閣僚達の中には「梁は日本のスパイ」と揶揄する者も居るが、梁の知識量・情報量へのやっかみに近い物言いでしかないと判断していた。 

「日本政府は狡猾です。嘗ての政権の様に無尽蔵な援助のバラ撒きはしません。今回の ルソン島の開発事業も全て紐付き援助で、開発に携わった日本連合の各企業は、精緻な収支報告をベネズエラに提出する必要があります。彼らはフィリピンの政財界を全く信頼していないのでしょう、金銭処理では完全にフィリピンを排他していると聞いております」 
      
「黒竜江省、吉林省の開発と同じと言う訳だ。我々が蚊帳の外となっている様に・・」    
主席が微笑みながら言うのが、せめてもの救いだった。
「そうですね・・。今の日本の政治家はとにかく賄賂やバックマージンと言うものを全く与えようとしません。アメリカの残した拝金主義思想、CIAが生んだ自滅党の利権ありきの姿勢を全否定した所からモリがスタートしているので、仕方がないのですが」
「清廉潔白を貫ぬけるのも、日本連合にしか出来ない事項ばかりなので、他国の事業が参入する余地が無い・・という事だろう?」

「羨むのと同時に至極残念なのですが、仰る通りです。これはあまり知られていませんが、モリの政党、今の社会党が発足した際に、党の幹事長だったモリが当選した議員達に課した誓約書が今でも存続しています。  
「悪事を働いた場合、もしくは疑わしき行為をしたものは、党から永久追放となり、議員バッチを剥奪する」と言った文言が書かれた用紙に、選挙の当選者達はサインを求められます。社会党の公認候補は徹底的に調査がされ、身辺がクリーンでなければ候補者には選ばれません。徹底的に調査されるので誓約書など、そもそも必要ではないのですが、議員となった後で変節した場合や拝金主義に傾く可能性も有り得るとして、継続しているそうです。社会党が議員に挟持を求めたのも、自滅党に寄生した日本の経済界にメスを入れる為だったとも言われています。与党の国会議員がバカ正直に徹するので、いかなる企業や団体であろうとも容赦しないという現れだったのでしょう。 経団連や経済同友会、法輪功のようなカルト宗教までも日本から消滅しました」

「北朝鮮の今度の選挙でも、社会党の候補者は身辺をスクリーニングされるのだろうね、韓国の議員にとっては、耳の痛い話になるだろう・・」        主席の返答に、梁振英が笑顔で返す。「我々中国に対する警告とならねばいいな」と思いながら。

国際間では些細な話として扱われているが、日中間では由々しき事態と捉える事態が生じつつある。そのー例として、日本における中華街が様変わりし始めている。横浜、神戸、長崎の中華街から、福建省、広東省、香港出身者の経営者が撤退を始めている。大型店舗も含めてだ。赤坂や品川等で台頭した台湾料理店が、中華街に進出し、中華街内の華僑勢力分布が様変わりし始めている。これまで日本に巣食っていた華僑のネットワーク網が寸断されつつある。台湾資本の中華料理店が主流となる理由がある。日本製のロボットが厨房に立って、料理を作るので各店舗の料理レベルが均一なものとなる。料理人の力量で左右される傾向にあった中華料理のレベルが、台湾資本の店舗では高止まりしたまま均一化されるので、既存の中華料理店との違いが顕著なものとなった。台湾資本の店舗にしてみれば、調理をロボットに任せられるので、最も重要視していた料理人の修行に費やす時間が不要となり、店舗を次々と出店出来た。   
スキルのある料理人の引抜きで成長してきた、これまでの中華料理店の勢力図が、ロボット調理師の台頭で破壊されつつある。台湾資本の店では料理人の給与や労働時間を気にせずに調理が出来る。また都市部ではドローンを使った24時間体制で自前で宅配サービスも行う店舗も登場し、「味とサービス」の2本立てで中国人経営の中華料理店を駆逐していた。
日本の韓国焼肉や韓国料理のチェーン店も、北朝鮮資本の店舗の台頭によって、日本国内での経営が成り立たなくなったと言う話も聞いている。 

まだ日本国内だけに留まっているが、日本と台湾が旧満州経済特区でタッグを組んで、中国人経営の商売や企業を圧倒し始めている。日本国内や満州の動きが世界中に拡がり加速すると、世界中に分散している華僑ネットワークが破壊されてしまうかもしれない。
梁振英外相は市民階層レベルでの中国資本の停滞も危惧し始めていた。日本資本が急増しているエリアが最も懸念される。北欧、スペイン、イタリア、中南米、そしてASEANに加えて、一大リゾート地でもある南太平洋諸国だ・・。
ーーー                     プレアデス社がロボットのレンタル事業を始めたキッカケが、モリ兄弟の5男の圭吾のクラブチーム移籍だった。昨年夏の移籍市場で、義姉がオーナーを務めるイタリア1部のクラブチームから、ドイツ・ブンデスリーガのトップチームに転じた。3男の歩がドイツの鉄鋼会社の会長職なので、ドイツの情報は人並み以上に手にれていた。モリ兄弟の唯一の懸念が、ドイツ料理ではなく、ドイツの食生活スタイルだった。「昼ガッツリ食べて、夜はライトミールで済ませる」という、生活様式を早々に否定し、改める必要に迫られた。プロサッカー選手なので、練習後の食事メニューも一般大衆とは大きく異なるのだが、練習の無い日が週に3日以上はあるので、そこは各自で摂取する必要が有る。ミユンヘンの街に出れば、夜にガッツリ食べれる店は限られていた。
姉のあゆみに前もって相談し、ベネズエラ製のロボットを借りる事に成功した。ケイゴの家でホームパーティーに参加した同僚の選手達が調理するロボットの存在を知り、レンタル提供をケイゴに依頼してきた。     
ありとあらゆる国の料理を調理でき、しかも美味しいと評価されたからだ。それもそのはず、ベネズエラのホテルやチェーン店の厨房に居るロボット達だ。5つ星ホテル、高級店並の食事が何時でも楽しめるのだから。  
ロボットがチーム内で浸透すると、クラブハウスの調理場でもロボットが導入されてゆく。ケイゴの兄のスペインのクラブチームの調理担当が、ロボットだと知ったからだ。各世代のユース選手もロボットの作る食事を歓迎するようになると、ドイツの最強クラブを支えているのは、ロボットだとニュースになりドイツ中のクラブチームでAIロボットが採用されていった。栄養はどのチームも平等でなければならないという発想だ。   
ドイツのクラブチームから、兄弟の居るスペインとイタリアのクラブチームにも拡がってゆくと、ビジネスにしようと姉と弟は考えた。    
ベネズエラのAIが使える国なので対象国は限られるのだが、2040年からは、旧満州経済特区とフィリピン、そして南太平洋諸国に開放された。ベネズエラのホテルと外食チェーン店が進出した地域、国となる。

そして、申し合わせたかの様にハワイ、グアム、サイパンのアメリカが統治している観光地で、それぞれ事件が起こってしまう。
(つづく)

違うだろ、これは「たこ焼き!」・・だろう?


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