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(5) 新手のキャッチセールスか、 新形態のハニートラップ? (2023.11改)

金曜の議会を終え、オフィスで私服に着替え、被りものや眼鏡で変装し、マスクを付け西新宿駅へ向かう。
東横線直通列車で文庫本を読んでいれば、間もなく横浜駅に到着すると AIがスマホとタブレットを振動させる。時間を争うのでワンメーターだが駅前のタクシーで家へ移動する。

あゆみと彩乃に絡まれながら荷物や鞄を車へ積み込み始めると、やはり帰宅を察知した蛍が家から出てきて「もう少し待って欲しい」と突然懇願し始める。
厚木基地まで向かわねばならず、時間に猶予は無い。待つ理由を聞くと、大森からやって来る数名を鹿児島へ連れて行ってほしいというので理解に苦しむ。
「おかしいな、今朝はそんな話は聞いてないよ。先週の鹿刈りとはレベルが違うんだ、クマより危険かもしれない」
ガォーと両手を上げてあゆみと彩乃を追うと、2人が逃げ惑う。そのスキに軽自動車に乗り込み、エンジンをかける。

家の敷地から出ようとした所で、見慣れた2ボックスカーが家の前に現れた。玲子の運転で助手席が翔子で 後席が従妹の真麻さんと母親の由紀子さんだ。・・とっとと出掛けるべきだった

翔子が助手席から降りて来て「すみません、母と真麻を連れて行って下さい」と頭を下げる。2人も翔子の後ろで頭を下げている。
「怒るべきだ」と分かっているのに、長年の婿生活で染み付いた「お人好し」の自分が出て来て、車から降りてしまう。軽自動車のリアハッチを開けて自分の荷物をゴルフに移し始める。銃の入ったケースは助手席に置いて、シートベルトを掛ける。そう言えば魔改造後の自分の車を運転するのは今日が初めてだ。それはそれで楽しみだ。

「ありがとうございます」と玲子に頭を下げられて「軽自動車くんを宜しくね」と言って頭を撫でる。ついでにあゆみと彩乃の頭も撫でる。

「さ、急いで下さい。参りましょう!」と宣言して運転席に座る。ここまで4人が車中で話していた録音内容をメールに転送するようにタブレットでAI Naviに指示していると、2人が「申し訳ありません、宜しくお願いします」と恐縮しながらそれぞれ後部座席に乗り込んで来た。

「あんまり怒らないでね、2人を宜しく」蛍がドア越しで言うので、
「出るから離れなさい」と伝えて、出発した。

R16保土ヶ谷陸橋から環状2号線に乗り入れる。そこで20時。AIナビに公共放送を流すように伝える。ここまで7,8分で何も話していなかった。いつも通りに右レーンを走って保土ヶ谷バイパス合流で右折レーンで信号を待つ。バイパスは既に空いていてスムーズに移動する。R246も渋滞は解消しており、フライトには間に合いそうだ。

「アイリーン、志布志市の宿で空いてる部屋を探してくれないか?」と言うと、青いランプが光った。知らない二人が乗ってるから話すのを控えたのだろう。

「あの、先生さえ宜しければ私達は同室でも構わないのですが・・」由紀子さんが言うのだが、それは自分がソファー寝、確定を意味する。許容出来ない・・
「大丈夫です。多分どこか空いてると思います」と返答してから、AIからの応答が無い。

「アイリーン、周辺市内のホテルも駄目なの?」

「データ上は幾つか有るのですが、どの宿もフロントに繋がりません。夕食対応等で忙しいのでしょうか、コロナで人手不足だと聞いてますし」

「引き続き、宜しくね」

「了解です」

「あの、私シュラフを持っているので床で構いませんよ」
真麻さんが言う。そう言えばdeuterの50リットルがトランクに入っていたのを思い出した。

厚木基地の衛兵のような守衛さんに免許証を提示してリストと照らし合わせたのだろう。入ってよしみたいな仕草をしたので、先週と同じような場所に停めた。3人で荷物を取り出す。由紀子さんはキャリーバッグ、真麻さんはバックパックを背負った。荷物は各自で運べそうだ。所定の待ち合わせ場所へ向かう。
陸自の皆さんが到着していないので、2人が突然参加となった経緯を確認しようとタブレットにイヤホンをつけようとして身内からのメールが届いている表示を見て、開いた。
翔子と志乃からのメールだった。志乃は別件だろうと思い、連絡を見て驚いた。2人には生物の居場所を特定する能力があるようだ、と結論から書かれていた。

厨房で2日続けてGブリを見つけて処理する由紀子さんを見て、娘の翔子が「ご協力ありがとうございます」と頭を下げていたらしい。まだ真新しい厨房で誰も見た事が無いGを、由紀子さんが捕え何事も無かったように新聞紙で叩き、その紙で包んでゴミ袋へ入れた。
叩く音に気づいた志乃が「Gがもう出たの?」と何処から侵入してきたのかアレコレ考えていたら、今日も由紀子さんが同じように捕えたらしい。

また、大井ふ頭から飛んでくるドローンを説明しようと由真と真麻の姉妹と屋上へ上がると、真麻の肩に飛んできたシジュウカラが止まった。志乃が驚いていると姉の由真から「源家には希に出るの特異体質者が、今は叔母と真麻の二人だけ」と説明があったようだ。

「獲物を捕捉できたら、狩りに役立つのでは?」と志乃は考えたらしい。翔子からのメールも同じような内容だった。

「翔子さんからのメールでお二人の参加の理由を理解しました。今日はホテルではなくて小さな別荘の予約が取れましたのでそちらで宿泊となります」と伝えて席を立ってトイレに向かった。

「生き物の居場所を察知する。鳥が集まってくる・・」そんなマンガのような話が、現実にあるのか?と半信半疑に思いながら、疑いの視線で見ないように席を外してみた。洗面台の鏡で見ても釈然としない表情をしてるのが分かる。
問題は2人の能力を確認する為に、常に3人が帯同した状態になる必要が出てくる。イノシシが相手だけに離れるわけにはいかない。
単独行動をしたいのと、イノシシの攻撃力を勘案して志乃とサチの参加を見送ったのだが、何の武器も持たない2人を放置できないので、狩猟は制限せざるを得ないと決める。

かなりガッカリしている自分が、鏡の中に居た。

ーーー

「哨戒用途のドローンみたいね・・」

「ドローンはサーモレンズで動物の熱を感知するけど、母に言わせれば熱感知の要素は無くて、気配のようなものを感じるんですって。厨房でアレを察知して殺めているのを志乃さんに見られて、オフィスの屋上で真麻の肩に小鳥が留まるのを志乃さんが見て、それが出来るのなら先生を支えられないだろうかって発想に行き着いたの」

「そう考えちゃうか・・翔子さんと玲子ちゃんには本当に無いの?そういう感覚?」

カラスやハトのフンが頭や肩に命中したのはあったか、鳥が留った経験はない。しかし、不思議な状態に遭遇した事が何度もある。
本妻の蛍と母親の前で「安全日の性行為時にそうなる」とは口が避けても言えなかった。
あの状態で私が役に立てるのだろうか?と玲子は思う。暖かな体液がお腹を満たし、何度も出し入れされた突起物の残存感と共に、舞い上がったままのハイな状態で、隣近所一帯の人の存在を情報のように把握してゆく独特な感覚。

また、お願いしよっとと一人密かに玲子は企むのだった。同じことを祖母と真麻が企んでいるとは露知らず、2人は大勝負に挑もうとしていた。

ーーー

鹿屋飛行場に着陸して、一行の乗ったバスを見送ると、モリと3人だけがレンタカー店に向かい、志布志湾沿いにある予約したての貸し別荘へ向かう。
飲食店もスーパーも開いていないので、コンビニで買い物して宿に入った。

平屋作りだがまだ築年数も然程経っていない。
ベッドのある寝室2つと、押し入れのある和室が一つ、カウンターキッチンのある居間にトイレシャワールームと、ベランダを経由して温泉掛流しの家族風呂がある。
露天ではないのが残念だが、管理人の居ない貸し別荘なので冬場のリスク軽減に傾いたのだろう。

2つの寝室を女性陣に委ねて、押し入れから干した匂いのする布団を取り出して敷くと、空腹を満たす為にモリは居間へ向かった。

明日は食材を買って来て夕飯を作ります、と由紀子さんが言うので、
「余興で猪肉料理を2品作ります」と返して、コンビニ弁当と惣菜、それにビール、ワイン、日本酒を夕飯としながら、由紀子・真麻両名の話を聞く。重要な話のようで、2人の顔が急に改まっているので息を咽んだ。

「志水の家に嫁ぐ事が出来たのは、下の弟の能力がきっかけでした」
由紀子さんがいきなり本題から話始めた。
「弟は小さな頃から海が好きで、父親に付いて漁に度々出るようになります。
雄司が船に乗った日は不思議と大漁になると父が良く言っていました。今でこそ魚群探知機で魚の居場所が分かりますが1960年代にはありませんでしたが、弟は魚が居る場所が何となく分かったそうです」

「イワシやサンマの群れであれば海面にいるプランクトンを捕食するので、群れを狙う水鳥が舞うので分かりますが、源の家は戻りガツオの一本釣り漁がメインでしたので、水深がイワシより下の水域になります」
真麻さんが補足してくれる。カツオを狙う水鳥は日本沿岸には確かに居ない・・

「我が家も雄司だけの能力だろうと思っていたのですが、網元の志水の家が雄司が何時から魚の居場所が分かるようになったか興味を持つようになりました。要は、弟が性に目覚めた頃ではないかと推測したのです」
由紀子さんの顔に諦めの表情が浮かんだ。

「網元は私を40を過ぎた長男の2人目の嫁、側妻にしたいと父に申し入れて来ました。5つ下の妻との間に子が居ないのもありました。実は志水の家にとっては、子孫というよりも実験的なものに重きを置いていました。父も母も勿論私も、そこまでとは思いもしませんでした。
高校卒業後、私は輿入れし、直ぐに船に乗るようになります。「弟の様に分かるか?」と船長に言われる日々が続きました。幸い船に酔うことはありませんでしたが、異様な状況であるのは数日で分かりました。陸に上がれば、旦那様に手を引かれ明るいうちから抱かれて、夕食を作る事もなく食べて早寝して船に乗る。暫くそんな日々が続きました」

全く想像もしていなかった展開にモリは驚く。
黙って話を聞いているしかないのだが、頭の奥で小さな警報が鳴り出しているのを察知していた。

「数カ月経って、実はどのあたりに魚が居るのか分かったような気がしていましたが、私は黙っていました。妹の啓子が居たからです。ここで魚群探知機の様になれば、妹も同じような扱いを受けると思ったからです」

「由紀子さん、もうやめましょう。十分に分かりました。お二人は狩猟に出ずにここで温泉に入ってゆっくりなさって下さい」
これ以上踏み込んではいけないと頭のアラームが大きく鳴っていた。思わず畳に手をついて頭を下げていた。

「いえ。先生にはどうしても話を聞いていただく必要があるのです。翔子の父親は志水の家の者ではないのです」

全く話の展開がまた見えなくなった。聞く必要があるとすれば話の流れから「子づくり」に関する事項だろうと思えた。由紀子さんの目を見据えて頷き、聞く決意をする。

「私と真麻の意見が一致したのですが、先生は獣の居場所が朧げながらでも分かる方なのではないですか? 翔子と志乃さんからも、尾行者を特定するのがとても早いと聞きました」

「尾行者の方は予測してるんだと思います。
道を歩きながら自分だったら何処に隠れるか、道のどちら側を歩くか考えていると、同じような動きを後方でしているのが分かるのです。
動物もそうです。自分だったら何処を住処にするか想像を膨らませながら、山の等高線を眺めてゲオグルマップの拡大写真と照らし合わせて判断しています。気配、とはちょっと違うと思います」

「そうですか。先週の鹿の狩猟の映像を拝見すると「見えている」ように私は思いました」
真麻さんが言う。

「私が嫁いだ相手はどこか精神が歪んでいたのかもしれません。2年経っても妊娠の兆候が見られないので、漁から戻っていた弟を呼んで来て、実の姉を抱けと命じたのです。
翔子は弟との子になります。その前後を意図的に開けているので、間違いありません。弟も私も、夫の目前で泣きながら命令に従いましたが、私の能力はその時に最も覚醒したように思います。弟の言う感覚と私の感覚が似通ったものになったからです。
私はこの事を弟以外には黙っていました。翔子を身籠ったので私は船に乗らなくなり無用の長物となりました。

夫が晩節に狩猟を初めて、荷物持ちで私も付いてこいと言われました。
夫に猟を教えた年配の猟師が居るのですが、老人には獣が何処にいるのか確かに見えていました。船に乗っていた時の感覚とは若干感覚が違いますが、猟師が進む方向は的を得ていると思いました。実際獲物は取れたのです。夫が私を山に連れて行った理由は、お察しの通りで、猟の途中で老人に抱かせる為でした。

醜悪でしかありませんでしたが、その後、弟との行為の後と同じ感覚になったのは驚きました。山全体の動物の息吹を感じるような鋭敏な感覚で山を歩いていました。
猟に出たのも半年程度でした。夫は持病の糖尿病を悪化させて足を切り、間もなく他界しました。翔子が同じ網元の同級生の漁師に嫁いでおりましたので、私は実家に帰りました」

「「鋭敏な感覚」の今の状況は、どんな感じなのでしょう?」

「恐らくですが、動物発見能力のある男性と行為をしないと鋭敏にはならないと考えております。真麻にも確認したのですが2人共同じくらいボンヤリしたレベルです」

「先生にお願いしたいのが今夜、私で試して頂きたいのです。もしもの話ですが、叔母が言う鋭敏な感覚になれば、索敵ドローンを飛ばす範囲もかなり限定したものとなり効率は上がると思います。因みに今週末は安全日です。2つ目のお願いです。北米で月の物が重なると私もどうなるか分かりません。叔母も同行させていただきたいのです」

「おばあちゃんで申し訳無いのですが、万が一の時の保険です。私からも1点、先生に確認したいのですが、翔子とは常時避妊してますよね?玲子に対してはどうなんですか?」

「実はお話を聞いていて、身に覚えがあります。何回かあの子は違う反応をしたのです・・」

「目を開けていても焦点が合わないとか、意識が別の場所にあるように視えたりしましたか?」

「まさにその2つが具現化した様です・・」

「翔子が気仙沼を出たのは、志水と源の両家の相続人でもあるので婚姻話が降って湧いたからです。震災から逃れて、横浜で先生に巡り会えたのですから、2人にとって結果的に良かったのですね」

「つまり、先生には何らかの因子があって、翔子さんも避妊しなければ覚醒するかもしれない?」

「そうね、その可能性は残ってるわね・・」

2人共 随分前向きなのだが、当方は半信半疑だ。
何か新手のトラップではないか?と疑いながらも、この2人なら騙されてもいいやと思っているチョロい自分も居たりする。

女性の妊娠最高齢が何歳なのか調べてから考えようと思った時点でゲームは詰み、終局だ。

ビールを飲み干して、冷蔵庫に新たな缶を取りに行った。これが酔わずにいられようか・・

(つづく)


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