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(8) 自爆装置作動、前夜(2023.12改)

ベトナムでPB Motors社の中古車が売れている報道を、メディア各社が伝えている。

モータリゼーション進行中と形容されるベトナム庶民の足は、実際はミニバイクが大半を占めており、自家用車は一般庶民にはまだ高嶺の花だという。
農耕バギーのレンタル事業で急成長を遂げたPB Motorsのベトナム法人は、バギー車の125CCハイブリットディーゼルエンジンで新たにオートバイ生産を行ない、中国企業が幾つも参入し、開発メーカーが飽和状態になっているバイク市場に敢えて参入した。
同時に、欧州車を扱うホーチミン市とハノイ市に店舗を持つ中古車店を買収・傘下に収めると、中古車販売を始めた。

そんな状況下で奇妙な噂が市民の間で広まっているとベトナムのメディア各社は伝える。

タイでも台湾のネットジェン社の車両で似たような事例があったっけな?と、自動車業界の関係者はフト思い出し、過去の記事を一斉に検索し始める。すると検索エンジンのトピックスに、過去のバンコクの英字紙バンコクポスト記事も再掲載された。

英語・仏語・スペイン語でもニュース発信している国営ベトナム通信社、Vietnam News Agencyのニュースが世界中の検索エンジンで掲載、紹介されていた。「事故を回避した奇跡の車」というタイトルが付けられた記事を参照してみよう。

1日午前、ハノイ市内の国道が交差する交差点で、薬物摂取で混乱状態にあった男性が信号無視して交差点内に侵入し、対向車が止まっている左車線を逆走した。

この時 交差点内で右折レーンの先頭車両にいたタクシー会社の車両が、交差点内に侵入してきた犯人の車両と対峙し、衝突直前で急ハンドル急発進で、車体が片輪走行しながら右に回避して衝突の難を逃れた。この交差点の映像が世界中に流れ、タクシードライバーのメットさんは「とっさの事で覚えていないが、無我夢中でハンドルを切った」という。しかし車両に搭載されていた日本製のドライブレコーダーは事故前後の映像が写っておらず、メットさんの神技とも言える操縦技術が記録されていなかった。

また、逆走して来る犯人の車両を事前に察知したような動きをした別のタクシー会社の車両があった。チャットさんの運転していた車両は交差点から1km手前で休憩中で清涼飲料水を飲んでおり、ハザードを付けて停止していた。チャットさんの証言によると、「危険です。逆走車が前方から来るので、左の退避地に車を寄せてしてください。繰り返します。右の路肩・歩道側ではなく、左です」とNaviが数分前にアナウンスしたので、半信半疑だったがついでに一服しようと停止した。でも、そのおかげで事故に遭遇しなかったので感謝している」と述べた。尚、チャットさんはたまたまドラレコのスイッチをOFF状態にしていた。ハノイ署交通課の担当者は「ドラレコが可動していないのに、事前に検知したというの下りは解明できていないが、日本製のAIがドライバーを守ってくれたのかもしれません」とコメントした。
この2台のタクシー車両がPB Motorsのドイツ社の中古車両だったので、ニュースを知って買い求める人も少なくない・・そんな記事だった。

隣国メディアの記事を見たカンボジア国王はほくそ笑む。

「ベトナムのタクシー会社で売れている」とモリがネット越しで言っていたのを思い出した。
PB Motors社の車両を使っているタクシー会社がハノイ市民、ホーチミン市民の間で人気を得ているという。Uber,GRUBなどの個人事業主に委託する私設タクシーも、PB Motorsの車両に乗っているドライバーの方に指名が集中するのだという。

同社のハイブリットディーゼルエンジンは燃費も優れているので、タクシー会社も個人事業主にも確かに喜ばしいだろう・・。

「ハッサンを呼んでくれないか」

部屋の隅で待機している執事に伝えると、国王はプルシアンブルー製のPCを立ち上げる。

「アイリーン、プノンペン市内のタクシー事業者のリストを印刷してくれないか?あぁ、ついでにシェムリアップとバッタンバンの2箇所の事業者も頼むよ」
フランス国籍の母に育てられ、幼少期はフランスで育った国王は仏語、英語が堪能だった。

「了解しました」
ものの数秒でプルシアンブルー製のプリンターが印刷を始める。

「なるほど。小遣い稼ぎにはもってこいだな」
国王は努力したのだが、笑いを止めることができなかった。

ーーーー

バッタンバンのフランス統治時に建てられたコロニアル様式のホテルの屋上のバーで日本人達が飲んでいた。屋上でもルーフバルコニーになっていて雨の心配は要らないようだ。
この日は乾季に転じたばかりで大気も澄んでおり、星が瞬いている、そんな晩だった。

「第二の都市って言っても、星が結構見えるんですねぇ・・」些か酩酊しつつある志木佑香が「もののついで」とばかりに、星座を教えてよーとモリに絡みだす。

「都内にいるとオリオン座と北斗七星くらいしか見えないから、星座は知らない。ましてやここは南国だ、緯度も全然違うし、尚更分からないよ」

「そういうときはアイリーンですよね」玲子がタブレットを取り出して、アイリーンの簡易版に現在時刻のカンボジアの星座を読み上げさせる。

「凄いなぁ、ゲ○グルよりラクですね。外務省で使わせて頂けないでしょうか?」

外務省の櫻田がプルシアンブルー社のゴードン会長に訊ねる。

「アルファべットトロ社も生成AIを開発中らしいですから、間もなく、じゃないですかね?」

「アイリーンみたいに、会話できますでしょうか?文字でチャットするのが関の山だと思うんです。それじゃあツマラナイですよ」

「さて他社の製品なので、どうなるんでしょうねぇ・・」

「一人暮らしなものですから、ア○ゾンのアレ・クッサーが対話相手なんですけど、的を得ない反応ばっかりで疲れちゃうんですよ・・いいなあ、アイリーン」

「直に学習してスムーズに遣り取り出来るようになりますよ」ゴードンが心にも無い発言をするので、モリが下を向いて笑いを噛み殺している。

「学くんならどうでしょう?商品じゃないんですよね?」

11月からプルシアンブルー社社員に内定している専用機パーサーの吉田 圭が言うと、モリがヤメてくれと目を瞑るサインを吉田嬢に送った。ヤラカした!と吉田は自重モードに転ずる。

「商品じゃないものなんて提供できませんよね。スミマセンでした」と縮こまった。

「学くんって、なんですか?新しいAIの名前とか?」櫻田がゴードンに縋る。ゴードンは玲子に説明を託すように手を差し出した。

「あの、私たち養女が作ったお試しのAIなんです。大学、高校受験用にいいかなって思って開発しました・・」

玲子がタブレットに学くんのライト版高校受験編を表示して、インナーフォンとマイクを付けて櫻田に渡す。タブレットを受け取った櫻田は操作を始めて、一旦一同と袂を分かつとAIに没頭し始める。

その間、吉田嬢はモリに詫びているが、モリが中国語を発すると吉田嬢が真っ赤になり、志木佑香が笑い転げている。中国語が分からないゴードンと玲子は、キョトンとした顔をしていた。

「也请抱紧我!(私も抱いてください!)あ?・・っと、ソレはさておくと致しまして。
あー、えっと、そのお、学くんでしたっけ?凄いですねぇ。コレをお借りするのはダメでしょうか?」

中国語が分かる3人は櫻田の中国語に呆然とし、蚊帳の外のゴードンと玲子は日本語発言の箇所の相談を始める。

自分自身の突発的な発言に驚き、モリに直視されてアタフタし始める。場を誤魔化すために櫻田詩歌は焦ったように喋りだした。

「国連の推奨プログラムに、このAIを申請するんです。えっと、UNICEFとUNCTAD? あたりかなあ、そーですね、そのあたりがやはり良いでしょう。
つまりですね、学くんを世界中の少数民族の教育支援プログラムの一貫として、国連の認定ツールにするんです。少数民族の教育環境って必ずしも十分じゃないですよね?
タイやミャンマーの少数民族はタイ語ミャンマー語の教育を受けるので、やがては自分たちの言語を使わなくなって、少数民族の貴重な資産である言語も文化も衰退していくんです。あ、忘れてた。アイヌだって同じですよね。アイヌ人であるのを隠して生活している人達が結構いるんです。なんとかならないのかなっていつも思ってまして・・
あー、あれなんでしたっけ。ええっと、うーんと、あっ、そうだ、そうでした。
あのですね、ベトナムの工業化発展のツールになるかもしれません。子供達全員ですとコストも膨大なものとなってしまうので、高校2年3年生がこのAIを使って学習すると大学生の学力も自ずと上がって、工業化も進むんじゃないかなーって・・・あの、富山の高校生でお試しなんてどうでしょうか!」

櫻田がマシンガンのように喋って真っ赤な顔をしたまま、呆然としているモリを見る。やはり自分の失言失態に照れて、下を向いてしまう。

ゴードンがモリと視線を合わせるまで待って、2人が頷きあって意見を共有した。

「櫻田さん、そのアイディア検討させて下さい。

国内での活用方法、富山とアイヌでの適用は我々で考えますが、世界の少数民族の学習プログラムとして国連が介する為にはどうしたら良いのでしょう?」

ゴードンが俯いてモジモジしている櫻田に声を掛けると、頬は赤いままだが真面目な顔付きに戻っていた。

「日本の国連大使がコロナ期間中なので外務省に駐在しています。
先ずは大使にプレゼンする場を設けたいと思います。先住民が居る各国の国連大使が集う場・・ネット会見でも良いのでしょうが、接点となる場を設けて、開発者の玲子さんや御社の方々が説明するのです。各国大使の気運を高めて共同提案として援助プログラムとしての是非を問う議題に上げるのです」
中国語の下りを理解していないゴードンが力強く頷き、開発に携わった玲子は目を潤ませている。突然対象プログラムがワールドワイドに広まる可能性を有したからだろう。

「日本に戻り次第、該当のAIとシステムを外務省に貸与し、開発に当たったエンジニアを東京に派遣します。日程など改めてご相談させて下さい」ゴードンが拳を招き猫のように顔まで上げると、櫻田が「分かりました」と言って2人はグータッチをした。

「该怎么办? 受欢迎的男人?  (それで どーするのよ、モテ男さん?)」

「嗯,只有天知道吗? 我想感觉就像(さて、どうだろう、神のみぞ知る?って感じかなぁ)」

志木佑香とモリが中国語でやり取りを始める。吉田 圭が2人の会話の行く末を追いながら、時折櫻田の顔色を伺う。

玲子は櫻田に親近感を抱いたのか、プログラムを開発したのは大学1年生なのだと熱く語り出し、玲子がサチを褒め上げているのをゴードンがウンウンと聞きながら頷いている。

玲子から開発の経緯の説明を受けながらも、櫻田のリアルな焦点は モリと佑香の北京語と台湾語(?)の遣り取りに当てられていた。状況としてはプチ・カオス的な場になっていたと言えるだろう。

ーーーー

中国とベトナムハノイ近郊の国境・友誼関を越える車載トラックにはプルシアンブルー社の車両4台が積まれていた。

購入者はベトナム人だが、ナンバープレートは外されてベトナム陸運局では「廃車扱い」になっていた。上海郊外の人民解放軍のIT部隊に引き渡されて、徹底的に車両を検査する予定だった。

エンジンが止まっていても、サブバッテリーで搭載AIは可動している。国境を越えた時点でハノイのプルシアンブルー社のエンジニアは自爆の指示を出した。
自爆と言っても、搭載しているメモリーストレージ内の大容量プログラムを完全消去して、電装系パーツをバッテリー電源でショートさせ、焼き切るだけだった。
この自己破壊により、人民解放軍がどんなに有能なハッカーやエンジニアを抱えていようが解析はできないし、そもそもエンジン自体が動かない。ディーゼルハイブリッド用のプログラム、電装系プログラム等の全てが破壊されたからだ。

何しろ、勝手に廃車扱いにされたのだから、搭載AIであるアイリーンは何のあと腐れも感じていなかった。寧ろ憤慨していた節もあるとエンジニア達は汲み取っていた。
アイリーン​231号を始めとする「4人」をエンジニア達が解析、検証する術はもはや無いのだが。​​

「Ok・・let’s go till the end 、Thanks dear our friends,you are our parents,we think. And, we hope to send our love to you. Continue countdown ・・3.2.1 Zero, Fire!」

プルシアンブルー社ベトナム法人代表の有賀侑斗は、たまたまAIとエンジニア達とのやり取りの場に遭遇した。
「ベトナム人スタッフにも理解しやすい言葉を選んで散りやがった・・」
感傷的になってしまい、一人目頭を押えた。

感情を持つAI,アイリーンは 自発的に自己を破壊する世界初のAIとして消去プログラムを可動させ、中枢となる主要電子部品の破壊を実践してみせた。

(つづく)



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