カイクジェンナ
見知らぬ草原にいる。
なぜここにいるかは分からない。
夢だろうと考えるにはあまりにも感覚が刺激される。
足元ではしっかりと土を感じる。
吹く風は皮膚を優しく撫で、心地よさを感じる。
顔を上げると見渡す限り緑の草原、連なる黒がかった深緑の山々、その後ろにたたずんでいる巨大で雄大な入道雲、それらを全て包むただただ広い青。
鼻から空気を思い切り吸う、緑の香りが全身を巡る。
耳を澄ますと、風がなびく音が聞こえる。
不快感というものを全て排除し、全身で心地よさを味わっている感覚だ。
ここはどこだろう、ついさっきまで休日を謳歌すべくベッドの上でスマホを眺めていたはず、計算された美しいルーティーン。
それが今やどうだ、周りは急変し自分がいた場所とは異なる場所にいる。真反対だ。
今の自分は、布団の中とは異なる種類の心地よさを堪能している。
自分の姿を見下ろすと先ほどまでベッドの上にいたそのままの姿である。
しかし、この突然降りかかった変化は内面には変化を与えなかった。不安や心配はなく、そういうものだと腑に落ちる感覚だ。
とりあえず歩こう。前へ歩を進め始めた。
道中は安寧と解放の道だった。
歩を進める最中、先ほどはなぜか気づかなかったかわからないほどの街が目に入った。
山の麓のその街は不自然なほどに人工的で、激しい建物が立ち並ぶ。その塊は周りの景色とは対照的でどこか異質であった。
自然と足を踏み入れていた。
そこは赤、青、緑、黄色。激しい色で構築された喧騒そのものであった。
ただ喧騒とはわかるが、それがなんなのか自分にはわからない。
街の中ではそれまで感じていた全身の心地よさが消え、激しい刺激を目と耳で感じるようになる。
そこからは全身を高揚を包んだ。
たくさんの人が歩いている。頭の上から爪先までその全てが黒。だけども身につけているものは多種多様、その全てがきらびやかだ。その黒のせいかわからないが、つけているものはとても美しく、惹かれる。
ふと自分を見下ろすと何もない、自分も黒である。ただし黒のみである。
つい周りを見渡すと、色だらけ、自分だけ何もない。
うすらと、羨ましい。
そんな綿に包まれながら、その街の中で揺られる。その中で感じるものは高揚と、嫉妬のみ。それらしかない。
さっきまで感じていた感情はどこへ。気づきも考えもしなかった。
ただ歩を進める。
徐々に人と人の間が狭くなってきた。しかし、そんなことに気をかけるには余裕がない。
ふと周りを見渡すといつの間にか他が見えないほどの人だかりの中にいた。
ジャラジャラと人が身につけているものが肩に当たるほどの距離感だ。
それらはどこを見ているか、どこを目指し歩いているかわからない。
上を見ると空は青いままであるが薄暗さを感じるようになっている。
自分は半ば流されるようにその人だかりのなかで揺蕩っていた。
少しの圧迫感を感じながらも、むず痒い安心感がある。その安心感は高揚と快適を兼ね備えるようなもの。ここまで歩いてきた道中では味わえない変化、刺激、快楽。それらをひとつにしたものだ。
自分はもう抜け出せないと感じる。
揺蕩う。
どれだけ流されただろう。あまり時間がわからない。いつの間にかただ暗く狭いこの塊の一体として存在していた。
それまで感じていた嫉妬も、刺激も薄れてきた。
このままではダメと頭では理解するが、すぐにこの快楽に身を任せていたいという欲求に呑まれてしまう。
欲求に逆らおうとすると、凄まじい倦怠感が身を襲う。もう抗えない。頭が働かない。
何も感じない。
心地がいい。
この繰り返しだ。
この繰り返し。
このまま抜け出せないのだろうな。
身を任せよう。
長い間、揺蕩うただの塊となった。
突然
押し出される感覚を覚えた。
気がつくと草原に倒れ込んでいた。
振り向くと黒く高いビルがある。
ついさっきまでいた街がそこにはあった。
初め見たときとは違う、色などはなく、ただただ黒いだけの四角い塊のような街であった。
それまで感じていた快楽は存在せず。はっきりと全身の感覚を認識できている。
そこには確かに、撫でる風、土の香りが存在している。
新たに生を受けたような清々しさがある。
姿は街へ入る前の姿に戻っており、心は平穏を保っている。
ただ、どこか寂しさを感じ再び街へ入ろうとする。しかし、その塊にはもう触れない、触りたくない。頭がそう声を出す。危うさを感じる。
目の前には山々がある。とりあえずそこへ向かおう。
歩みを進める。
道中は安寧と解放の道であった。
目を開くとそこは、いつも通りのベッドの上だ。
目の前には寝る前に見ていたスマホがある。そこからは山の自然音が機械的に流れている。
体を起こし、カーテンを開ける。
外には青、赤、緑、黄色。
清々しいほどに刺激的だ。
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