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『2125年』(超短編小説)


「ったく最近のジジイは・・・」

    座席をもっと詰めたらあと一人座れるのは間違いないのに、大股広げて踏んぞりがえってスポーツ新聞を広げ不機嫌な顔で座る50代後半くらいの背広男に言ってやった、心の中で。皮肉にも新聞の見出しは「若者の日本離れ」であった。

   それに比べて、その隣に座る髪がピンク色の若者は体を極力小さく折りたたみ大人しく夏目漱石を読んでいる。股も閉じて最小限のスペースで誰にも迷惑をかけないように気を遣っているのがみて取れる。

   「最近の若者は・・」や「若者の◯◯離れ」といった言葉で、マスコミや偉そうな学者たちが若者をいじめ続けた結果、日本から20歳以下の人間はほぼ消えてしまった。ある若者は日本を飛び出し、ある若者はどこかの地下社会に隠れてしまったという。そのせいもあって、日本のテクノロジーや技術の革新スピードは世界最低水準にまで陥り、21世紀初頭と大して変わらない社会構造が残っていた。

   その一方で日本の平均寿命は飛躍的に伸び、男は120歳、女に至っては130歳まで伸びた。超高齢化社会で日本の人口は激減すると言われた時代もあったが、老人が死なないのだからその数字は劇的に変化してはいない。統計上、未成年は全人口の3パーセント以下にまで落ち、政府与党は成人の定義を40歳まで伸ばすという案を国会に提出したという。

   いつの時代も、年寄りや学者が、まだ反論力に乏しい若者たちを好き勝手言ってビジネスのネタにしていじめる構図は変わらない。ある時代には「草食男子」「ゆとり世代」などといった言葉で、年寄りたちは言葉遊びのように幼稚きわまりない人権侵害をしていたという。よくよく考えてみれば、今の時代においても、自分たちが若い頃に年上たちにされていたことを、年下たちに対して繰り返しているだけなのかもしれない。気がつけば、超絶高齢化社会となり、街で若者を見かける確率は、ブラジルで日本人を見かける確率ほどになってしまった。相変わらず若者いじめの犯人たちは権力の中枢にいる。

   ピンク色の髪の若者が肩身を狭そうに座っていると、背広男が若者に何かを言った。
「おやおや、こんなに若い人を見るのは久しぶりだな。そんなピンクの髪をして、近頃の若者ってやつは・・・」
   背広男が言葉を投げ捨てるようにそう吐いてさらに5cm股を広げると、若者は何も言わずに席を立ち、向こう側の車両に行ってしまった。

   背広男は「ちっ、ひ弱なパン食男子めが」とぼやいて鼻くそをほじってブツをピョンと飛ばした。そのブツが俺のズボンの膝あたりに降下して張り付いた。さすがの俺も頭に来たので、「おい、おっさん、いい加減にしろ。お前みたいなのが日本をダメにしたんだよ」と、そう啖呵を切って胸ぐらを掴んだら、背広男は顔色を変えて「ひええ、ごめんなさい」と言ってどこかに早足に逃げていった。口ほどにもないやつだ。

   えっ、俺が何歳かって?俺は98歳。昨年、玄孫が成人したばかりだ。もうすぐ紀寿を迎えるが、まだまだピンピンしている。これからフットサルだ。電車のシルバーシートなんて死んでも座らない。

(了)

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