『ロシコスの石碑』(超短編小説)
「ロシコス-ギ-アベヒ」
空に向かって突き出た石碑には、そう刻まれていた。
まるで夢を見ているかのようであった。ついに、幻の聖地にたどりついたのだ。気の遠くなるような長い旅を経て、私の体は痩せ細り、服はすりきれ、肌は日焼けでボロボロになっていた。
聖地ロシコス。この世界の誰もが死ぬまでに一度は訪れたいと願う土地だ。雪と氷河に覆われた3万メートル級の険しい山々を越えた先にある。
過去、多くの巡礼者たちが聖地ロシコスを目ざした。その道すがら、行き倒れた者も多くいたと聞く。聖地までの苛酷な道のりを歩ききった者だけがその石碑を拝むことができるのだ。
なぜ巡礼者たちは危険を冒してまで聖地を目ざすのか。それは、聖地の石碑に書かれた言葉を確かめたいからに他ならない。一説によれば、その石碑の言葉には世界を変えるほどの力があるという。
聖地と石碑のことは誰もが知っているが、その石碑を見たという者はほぼいない。ましてやその石碑に書かれている言葉を知る者などいない。そんな聖地などないと懐疑的な目で見る者もいた。聖地にたどり着き石碑を見た者のほとんどが苛酷な往路で体力を使い果たし、復路で野垂れ死んでしまうという。運良く故郷に戻れた者たちも、苛酷な旅で記憶を失ってしまうという。
私は半日ほどの間、石碑の前に突っ立ち、言葉を見つめ続けた。石碑が私に向かって何かを語りかけてくるのを待っていたのだ。
正直に話せば、石碑に刻まれた言葉が意味するメッセージがわからないのだ。さらに、その言葉を書いたのが誰なのかもわからない。「ロシコス」が聖地の地名を指していることだけはわかるのだが、どこの国の言葉なのかすら検討もつかない有様であった。
なんとか意味を得ようと石碑を見つめていると、私のすぐ後に聖地に到着した身長240cmの大男が話しかけてきた。
「すみません、ちょっといいですか」
「はい、何でしょう」
「私は文字が読めません。しかし石碑にはすごく大切な人類の叡智のような言葉が書いてあるのは間違いありません。何と書いてあるのか教えてくれませんか」
「・・・ロシコス-ギ-アベヒ、という文字が刻まれています」
「ありがとうございます。ロシコス-ギ-アベヒですか」
「はい。でもどういう意味かはわかりません」
何を思ったのか、大男は急に歌いはじめた。
1、2、3 石版たたけば 1、2、3
1、2、3 石版ずれたよ 2、3、1
「何の歌ですか?」
「私の故郷に古くからある子守歌です」
「変わった子守歌ですね」
「その昔、聖地ロシコスから帰った村の英雄が作った歌だと伝わっています。もしかしたら、石碑の言葉を読み解く手がかりになるかもしれません」
「へえ、興味深いですね」
「私も含めて、故郷の村人たちはみんな、この歌の意味がさっぱりわかりません。へへへ・・・」
大男は、苦笑いをしながら、水筒に残ったわずかな水を喉に流し込んだ。
「うーん、どういうことだ」
「この子守歌、何かのヒントになりそうですかね?」
「最後の『2、3、1』の部分がなんだか引っかかるのです」
「確かに最後だけ『1、2、3』ではないですね」
「あっ、そうか!この数字を当てはめて並び替えをすると・・・」
「あっ!」と大男は声をあげた。
(了)
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