最後のウイルス ① 「連載小説」

感染1日目
2199年 12月1日 この日、全人類が未知のウイルス 「Zウイルス」に感染した。この段階では誰も感染には気づいていなかった。記録によるとこの日ほぼすべての人間に花粉症のような症状が出たそうだ。人類が涙を流した最後の日だった。

感染2日目
花粉症のような症状はひどくなるばかりだった。涙は一日中、止まらず目の不快感は増す。症状の酷い者の中には目を開けることができないというものも出てきた。この日の終わりくらいから交通、医療、教育、サービス、社会機能は完全に停止していく。家に帰って休むしかなったのだろう。街には誰一人存在せず、あまりにも静かで不気味である。この日の深夜、全人類は一睡もできないほどの強烈な耳鳴りに襲われる。人は自身からくる強烈な音に一晩苦しめられた。反対に自然界は人類始まって以来一晩だけ静寂を手に入れたとも言える。

感染3日目
幸太郎は朝いつも通りの時間に目を覚ました。時刻は7時ちょうど。彼は昨日一昨日とも何の症状もなく生活していた。感染しなかったのである。たまたま風邪で寝込んでいたのでこの二日間世間で何が起こっていたのかも知らない。今朝になり体調も戻ったようだった。水でも飲もうと一階のリビングに向かう階段を降りていく。
リビングのドアを開けると向かい合わせに座る形で父と母が席に着いていた。

「幸太郎?」
母は毎朝のおはようの代わりに不安そうに名前を呼ぶ。
「おはよう母さん。父さんも一緒だけど、どうしたの?」
幸太郎の父はいつもこの時間には家を出ている。二人が一緒にいること、重たい雰囲気、母の不安そうな声色で幸太郎には二人の間にただならぬことが起こったんだということはわかっている。これから二人が打ち明ける話を自分は受け入れることができるのだろうかと思った。気持ちを落ち着かせようとしたその時

「父さんと母さん、目が見えなくなったの。それに耳もおかしくなったの」

「落ち着いて聞いてね、、、」震える母の声

「幸太郎は寝込んでたから知らなかったと思うけど、ここ二日間くらい目の調子が悪かったの。それで今日起きたら父さんも母さんも目が見えなくなっていたの」
「それとね耳もおかしいの。よく聞こえないとかそういうわけじゃないの。母さんには幸太郎の声も父さんの声も男の人の声じゃなくて知らない女の人の声に聞こえるの」
これを聞いた時、幸太郎はすぐには理解できなかった。
すると今まで黙っていた父が話し始めた。
「父さんの耳もおかしいんだ。母さんの声が知らない男の人の声に聞こえるんだ。ただ母さんの聞こえ方と違うのは幸太郎の声は父さんには知らない男の人の声に聞こえるんだ。」

幸太郎は何が何だかわからなかった。
「僕の声は父さんには知らない男の人の声に聞こえて、母さんには知らない女の人の声に聞こえる、、、」
「父さんにとっては母さんの声が知らない男の人の声のように聞こえて
 母さんにとっては父さんお声が知らない女の人の声に聞こえる、、、、、」

半ば放心状態でつぶやきながらソファーに倒れこむように腰を下ろした。

二人の話によると今朝目覚めた時に二人は何も見えないことに気がつきお互いの名前を呼びあったそうだ。ところがお互いを呼び合う声は聞いたこともない他人の声であり尚且つ性別が同性なのだ。お互いが第一声を聞いた時は家に見ず知らずの者が侵入したと思ったらしい。
父にとっては男性の声で「あなたどこ?」と聞こえるのに
母にとっては女性の声で「かおりどこにいるんだ?」と聞こえている。
二人は目の見えない状態でいろんなことを言葉だけで確認し合ったらしい。
それでようやくお互いを認識し合い状況を把握したそうだ。
もし自分が両親のような状況になっていたと想像したらパニックに陥っていたと思う。幸太郎は言葉だけで確認し合えた二人の関係を見て心強く感じた。
二人だけで一緒にこれまで歩んで来ることで共有してきた感情、思い出、お互いだけが知る秘密、その総和がお互いを認識し合う絆となった。

「テレビ付けっ放しだね、、、」
「そうなの他の人の声はどう聞こえるのかなと思ってテレビつけてみたけど、どこもやってないの」
テレビ画面はどのチャンネルも砂嵐の状態で合った。
砂嵐の映像とその時のザラザラする音は3人の気持ちをさらに嫌な気分にした。

               続



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