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《死の謎を解く》に頂きましたコメントへの返信

■死の謎を解く

先ず、上、過去記事お読みいただきますようお願い申し上げます。
有難くコメントを頂戴いたしました。返信が規定の文字数を超えてしまいました。或いは返信する内容を省略して申し上げようかとも考えましたが、折角の機会ですので、十分に説明をつくすことを心がけまして、こちらに改めて公開いたします。ご理解くださいませ。


宇宙生命論様より 2023年12月10日 08:48


ふと目に留まったタイトルから記事を読んでコメントしました。

ーーーーー引用始ーーーーー

【心】【意識】【精神】【魂】【霊】という言葉の指示する対象を明示して、用語を混乱から救い出すことが、やはり求められています。
今のところ、未整理ですが概略として

【心】とは「意識の入れ物」
【意識】とは「物質の対義的存在としての非物質」という「物理存在(実在)」つまり「時間」
【精神】とは「言葉のある状態の意識」
【魂】とは「範囲の未定義な心」
【霊】とは「物理存在」

として使用するようにしています。

ーーーーー引用終ーーーーー

個人的には以下のように整理しています。

【心】力学的・動的な精神作用
【意識】磁気的・静的な精神作用
【精神】意識や心の活動形態
【魂】肉体の周囲を囲む自己アストラル場で心の焦点
【霊】天空に存在する自我アストラル場で意識の本体

【肉体】物質:非物質(アストラル)=3:7の混合物
【物質】原子核の周りを電子が周回することでできる「場」を持つ
【非物質】上記「場」を持たないすべてのもの(光・重力・素粒子)

陰陽原理に基づく宇宙観・自然観を大切にしています。


■返信 宇宙生命論さま

コメント、誠に感謝いたします。

存在の方程式」という「疑いようも無く正しい命題」を大前提に採用し、そこから順に論考を重ねることで「疑いようも無く正しい」【宇宙論】を導くことを目的とした推論を進めております。(詳細はリンク先から是非)

その際、必然的に言葉の定義の見直しが求められる訳ですが、それらは存在全体を無矛盾で言語表現可能たらしめるものでなくてはなりません。現代の【宇宙論】に散在する矛盾や説明不可能な所を無矛盾で説明可能たらしめることのできない【宇宙論】では全く意味が無く、逆に、そのような過てる【宇宙論】には必ず語義矛盾や何らの根拠を持たない、万人に共有のできない(根拠を欠いた)言葉が「絶対に」含まれております。

特に、再現性がなく、また、認識の普遍性に乏しい対象(つまりここで問題になっている【心】や【魂】など)は「科学」が扱うことが困難であります(ありました)。このような「科学の対象として扱うことの難しい」現象を「科学」で扱う為にも「言葉の再定義」を模索しております。

残念ながら、貴殿の示された「定義」を与えた「言葉」を無矛盾で「科学の言語体系」に組み入れることは不可能です。

例えば仰るように【心】を力学で指示するのであれば、【心】という言葉で、例えば熱力学や量子力学を無矛盾で説明可能にしなければなりません。

或いは、今ある科学法則とは別の無矛盾な言語体系を持つ説明原理を提示することを求めれますが、貴殿の説明にはそれがございません。(要するに「間違っております」)

【非物質】という言葉をお使い頂いておりますから、多少は弊社の説明原理をご理解くださっているのだと拝察いたします。

折角ですから、是非、言葉を他の言葉と無矛盾、かつ、その言葉自体が語義矛盾を起こさないようお使い頂きたく思います。

【スピリチュアル】だけではなく、【哲学】や【科学】でも究極の場面では「無はあるのか?」とか「光は粒か波か?」といった【宇宙論】とは「不整合」な、説明の出来ていない部分、或いは、矛盾した場面に遭遇いたします。

ただ、貴殿らのお使いになる言語体系はそれ以上に、整合性を欠いております。反証不可能である事象を、矛盾と無根拠を物ともせずに語っているというのは、頂きましたご意見からも明らかです。

「言葉の意味が曖昧である」ことと「言葉の抽象度が高い(一貫した多義性を有する)」ことは一聞似ておりますが、言語の普遍性・汎用度に於いて全く意味が異なります。

因みに弊社知見から導かれた【非物質】という言葉(概念)は既存の【物質】と対峙させることで「無が有る」という語義矛盾を回避することに成功しております。

【非物質】という「存在」は「有」においては「無」となる、

言い換えますと

「有(【物質】界)に於いて、有にあらざる(【非物質】)が有る」という理解において語義矛盾を回避することが叶うのです。

宇宙存在が「有」という【物質】界だけではなく「有に於いて非ず」という【非物質界】が実在するからこそ、無矛盾が保証されうるのです。

即ち語義矛盾と論理の整合性は、正確な【宇宙論】を手にすることで回避でき得る、と、いうことになります。

【光は粒か波か?】という問題も

宇宙(存在)は「自己を介在とした【有】と【無】で在り得る」

という理解が即ち

「自己を介在とした【物質(粒子)】と【(波動という)非物質】で在り得る」

と分かれば【量子】という現象も平易に理解可能たらしめる、ということになります。

つまり【宇宙論】に語義矛盾や論理体系に整合性が求められなければ、そもそも【宇宙論】自体が整合性を欠いているという当たり前が理解出来きるのです。

詳細は是非「あおいのきせき」本編と弊社noteをご参照ください。

更に加えますに、

建設的な議論は歓迎いたすところですが、他者の言説(この場合は「言葉の定義」)に疑義を挟む場合には、ただ己の見解を披瀝するだけでは「信仰(無根拠な定義を正しいとして採用すること)告白」と「お気持ちの表明」にしかなりません。そのような言葉の使い方は結局、「信仰」を持つ、言い換えますと歪な論説体系を共有する為の閉鎖的集団・組織への帰属が前提になります。(そうではありませんか?)

しかし、そうしたところで、「信仰」では、実際の宇宙のありよう(真の【宇宙論】)とは相容れない現象が必ず生じざるを得ず、その現象(現実)と信仰の乖離を埋め合わせるために「あなたの信仰(お布施)が足りないから」といったこれもまた無根拠な言説を集団内で採用するという「無限ループ」に陥ることになったりするのです。(科学者界隈も他人事ではございません。
"お布施"を"科学の知識"に替えれば同じです)

こちらのnoteでは、根拠を提示した上での論考を重ねております。コメントは大歓迎ですが、他者に文句を言う訳ですから、相手の文脈を共有した上、或いは共有を妨げると思われるような不正確な部分がお相手(こちら)の文脈(論考)にございましたら、その点をご指摘頂く事でしか、建設的な議論は成り立ちません。

今までであれば、貴殿方は、「うちはうち」「そちらはそちら」というやり方で、このような場面をやり過ごすことが常であったと存じております。

しかし「存在の方程式」という【真理】の登場したからにはそれが通用いたしません。その根拠は弊社noteをよくお読みいただきますと判然といたします。

貴殿方におかれましては折角先陣を切ってその波に遭遇することが幸運にも叶った訳ですから、今から備えられますのが為である、と最後に御忠告申し上げる次第であります。

お題目を如何様に唱えなおされたところで、間違いからはなんら新しい知見はうまれません。

残念ながら、

弊社知見との比較により、すでに「嘘」はばれております。「誤魔化しはききません」

今後とも、

弊社並びに弊社noteを是非、ご愛顧くださいませ。

誠にありがとうございました。

【真理】が明らかになる、ということの意味を是非一刻も早くご理解頂きたく願います。端的に「お為ごかし」がまったく通用しなくなるということです。

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