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切手はどこへゆく 第二十八話
どさっと大きな音を立てて、日記帳を置いた。その風圧で真っ白な封筒が少し動いた。動いたところで、切手が出てくるわけではない。
意味が分からなかった。手紙は、切手がないと届かないらしい。じゃあ、この切手のない手紙は、どうやって家に届いたのか。誰かが直接、郵便ポストに入れたのか。翠からの手紙だから、翠しか考えられない。でも、翠は山梨にいるはずなのに。どうして。
机の上に放り投げていた携帯電話を手に取って
切手はどこへゆく 第二十七話
どのくらい時間が経ったのか、考えるのを忘れるくらいに翠と話を続けていた。話す頻度が減っても、顔が見えていなくても、ずっと話をできるのは、翠しかいないんじゃないだろうか。お互いくだらない話で笑い合ったあと、翠が唐突に話を変えた。
「そういえば、遥夏ちゃん、手紙書いてくれた?」
「あ~……手紙……」
「絶対書いてないでしょ。返事待ってるのに。」
翠に不意を突かれて、わたしはたどたどしい返事しかできなか
切手はどこへゆく【第二十六話】
菜々と別れて、自転車をこぎ始めた。
予備校とか、進学塾とか、今まで派手な色だな、としか思っていなかった看板が、こんなに自分の身近なものだとは。文字としてだけ認識していたそれが、情報になってわたしを襲ってくる。駅前は情報量が多い。ため息が出そうだった。
派手な看板から目をそらして、自転車をこぎ続けた。
高校受験をしたときは、どうしてたっけ。受験勉強をろくにしていなかったわたしを見かねて、母が、
切手はどこへゆく【第二十一話】
練習は、あくまで練習なのだと、思い知らされたのは、高校生活最後の試合の日だった。
二回戦目で当たった高校は、ベスト8常連の強豪校だった。対戦表が発表された時から、ここが山場になると、予想はついていた。
対戦相手は、今まで公式戦では戦ったことはなかった。試合をしていなくても、噂話は入ってくるし、大会で試合の様子を見ていれば、強いチームだということはわかる。だからこそ、最後の最後まで、練習は怠らな
切手はどこへゆく【第二十話】
蒼太さんはこの前と変わらず、切れ長の穏やかそうな目をしていた。
小さく会釈するわたしを見て、優しく微笑んだあとに、古谷の方をちらっと見て、少し不思議そうな顔をしていた。
古谷を見ると、愕然とした表情をしていた。人の顔を見て、いきなり「え?」は失礼だろう。愕然としたいのはこっちの方だ。
蒼太さんの前で失礼なことをするなんて。一言言ってやりたい気持ちもあったが、蒼太さんの前で文句を言うところを見
切手はどこへゆく【第十九話】
三上の提案に乗ったわたしと古谷は、自転車を押しながら駅前まで歩いた。三上は、古谷の自転車のかごに荷物を載せて、ずいぶん身軽な様子だった。
「チャリ通、楽でいいよなあ。電車乗らなくていいし。」
「電車乗らなきゃ行けない高校選んだの、自分だろ。」
「お、なんだ喧嘩売ってんのか?」
はあ、とわざとらしい古谷のため息が聞こえた。また二人のふざけた会話が始まったので、黙って横を歩くことにした。
「ま、こ
切手はどこにゆく【第十七話】
古谷を待つまでの間、わたしと三上はそれぞれ、ウォームアップをしていた。
脱げないように靴ひもをきつく結んで、アキレス腱を伸ばしてみたり、部活前よりは、緩めの準備をしていた。
三上も準備体操が終わったのか、シュート練習をしていた。男子とバスケをするのも、久々かもしれない。
高校に入ってからは、体育の授業も部活も、男女別で行われることがほとんどで、古谷とは中学生以来だ。三上にいたっては、体育館の
切手はどこへゆく【第十六話】
今日は、良い天気だった。
窓から入る日差しのせいか、いつもより多く寝たからか、いつもの日曜日より早く目が覚めた。二度寝をしてもよかったけど、二度寝をするには目が覚めすぎている気もしたので、起きることにした。
ベットから出て立ち上がったまま、大きく伸びをしてから、部屋を出た。部屋を出てリビングに向かおうとすると、キッチンからほんのり甘い匂いがしてきた。
「遥夏、ちょうどよかった。一つ味見してく
切手はどこへゆく【第十五話】
学校が休みの日の部活は、いつもより時間が長いけどあっという間だ。
空腹が通り過ぎた頃に部活は終わり、体育館の隅っこで、後輩たちがモップ掛けをするのを眺めながら、ストレッチをしていた。
今日は、悔しい思いをした。
最高のタイミングで来たボールを、シュートした瞬間に、後輩に弾かれてしまった。いままで簡単に入れられていたはずなのに、あのタイミングで弾かれたこともなかったはずなのに。
なぜ決められなか
切手はどこへゆく【第十四話】
携帯電話を机に置いて、明日の準備でもしようと立ち上がったところで、通知音が聞こえた。
画面を見ると部長からで、同い年の部活のメンバー全員あてに、ご丁寧に明日の練習予定が送られてきた。
2年生がどうとか、1年生がどうとか、部長の聞いてよオーラ全快につづられた文章はスルーして、練習予定の中に、試合の文字があるかだけを確認して、画面をオフにした。
部長みたいに誰と合う合わないとかが、まったくないわけじゃ
切手はどこへゆく【第十三話】
三人で並んで校門を出てから、三上は古谷に、藤崎さんの話をした。古谷はあまり興味なさそうに話を聞いていて、それに気づいたのか気づいていないのか、三上は時折、古谷を茶化していた。
それに対して、古谷がいちいちむっとした表情をするので、どうやら三上はそれが面白いらしい。三上がだんだんと饒舌になっているのが、ぼんやり話を聞いていたわたしでも、気づくくらいだった。
「そういや、藤崎って、高塚とも仲良かっ