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切手はどこへゆく【第十三話】

三人で並んで校門を出てから、三上は古谷に、藤崎さんの話をした。古谷はあまり興味なさそうに話を聞いていて、それに気づいたのか気づいていないのか、三上は時折、古谷を茶化していた。

それに対して、古谷がいちいちむっとした表情をするので、どうやら三上はそれが面白いらしい。三上がだんだんと饒舌になっているのが、ぼんやり話を聞いていたわたしでも、気づくくらいだった。

「そういや、藤崎って、高塚とも仲良かったな。」
「そうなの?」

「あ、稲村も知らない? ふたりとも吹部で、よく話してるの見たから、わりと仲いい方だと思う。」
「……ふ~ん。そうなんだ。三上詳しいね。」

「まあ、俺の隣に、高塚のことが、気になって気になってしょうがない!って奴がいるからなあ。自然とな。」
そういいながら三上は、わざとらしく、にやにやとしながら古谷の方を見た。古谷はその目線に気付いたのか、三上の方をじっと睨み返していた。

「……なんだよ。」
「なんでもねえよ。」
不満そうな古谷の顔を見て、三上はまた楽しそうに笑っていた。

古谷は不満そうな顔のまま、わざとらしく「ふん」と言ってから、三上から目線を外して、真正面を向いて歩き出した。耐えられなくなったかのように、三上は吹き出していた。二人の様子にわたしもつられて笑った。

古谷の方をちらっと見ると、必死に笑うのをこらえているように見えた。その様子を見て、わたしはさらに笑いが止まらなくなった。

へらへらと笑いながら歩いていると、交差点までたどり着いた。学校の最寄り駅へ向かう横断歩道の赤信号が変わるまで、三人で立ち止まっていた。

「じゃあな~」
信号が青に変わると、三上はひらひらと適当に手を振った。

「おつかれ~」
「またな。」
わたしと古谷も、適当に手を振った。

三上が横断歩道を渡り切るあたりの距離まで進んだ。それを確認したのか、古谷が自転車にまたがったので、わたしもつられて自転車にまたがった。

別に一緒に帰る必要はないはずだが、帰り道が途中まで同じだから仕方ない。お互いを確認するわけでもなく、自転車を漕ぎ出した。

古谷を抜かすことも、引き離されることもなく、自転車を無言で漕いでいた。わたしと古谷の家の分岐点のT字路の近くまでくると、古谷はわたしの方をちらっと振り返った。

「明日、女バス部活あるよな?」
「うん、午前中。」

「……わかった、明日、話すわ」
「え、なに?」
わたしの問いかけに答えることはなく、古谷は「じゃあな」とだけ言ってT字路を右に曲がった。

なんだかもやもやが増えてしまったが、ぶつける相手はもう随分と小さくなってしまったので、大人しく左に自転車のハンドルを切った。家の前に着くと、玄関に人がいるのが見えた。自転車を置こうと玄関に近づくと、玄関口で母と背の高い男性が話していた。

「遥夏、おかえり。」
母の声に気付いて、男性もこちらを振り返った。

「はるちゃん、久しぶり。」
聞き覚えのある声に、心臓が高鳴った。

心臓の高鳴りが抑えられないまま声の聞こえた方を見ると、切れ長の穏やかそうな目が、こちらをにこやかに見ていた。

「……蒼太さん。」
名前を呼ばれて穏やかに微笑んだ。

もう、二度と会えなくなるかもしれないと思っていた人が、目の前にいる。その事実が嬉しくてたまらなかった。嬉しくて、わたしもつい微笑んだ。はにかんだ、の方が正確かもしれない。

蒼太さんは翠の二つ年上のお兄さんで、小さいときから翠と一緒に遊んでもらっていた。わたしが最後に会ったのは、翠たちが引っ越しをする前に、最後に翠の家へ遊びに行ったとき以来だった。

あの時はすでに、少しずつ部屋に段ボールが積まれていて、蒼太さんが部屋に段ボールを運んでいるのを見た記憶がある。いつもの穏やかそうな表情で、「翠と離れても仲良くしてね」と言われたことも覚えている。

言われなくてもするつもりだったが、蒼太さんに言われたら仲良くしないわけにはいかない、という気持ちになったのを思い出した。わたしはやっぱりどこか単純だ。

「……お久しぶりです。あれ、翠と一緒に引っ越ししたんじゃ……」
「引っ越しするにはしたけど、俺は一人暮らしなんだ。大学こっちの方だから山梨まで行っちゃうと通えないし。」
「そう、なんですね。」
驚くわたしに、蒼太さんはまた微笑んだ。

「蒼太くん、ママさんとパパさんから荷物届いたからって、うちにおすそ分けしに来てくれたのよ。ちゃんとお礼言ってね。」
母が玄関口からにこにこしながら声をかけた。母の方に目線をやると、紙袋をこちらに見せてきた。

買ってきたばかりかのような綺麗な紙袋は、最近流行りのメンズアパレルブランドのロゴが入っていた。わざわざ蒼太さんが紙袋に入れてもってきたのだろう。そういうところもちゃんとしていて、さすが蒼太さん、と内心誇らしいような、嬉しいような、気持ちになった。

「ありがとうございます。」
「いえいえ、一人じゃ食べきれないし。」
そういってまた微笑む姿に、また心を掴まれた気がした。

「じゃあ、俺はここで。」
「あら、帰っちゃう? よかったら晩御飯食べていかない?」

「お気持ちは嬉しいんですけど、これからバイトなんですよ。お誘いありがとうございます。」
「そっかあ~。じゃあまた今度ね。」
母がわたしには見せない楽しそうな表情をしているので、なんだかこそばゆい気持ちになった。蒼太さんには、そういう魅力がある、ということなのだろう。

「じゃあ、はるちゃんもまたね。」
「はい、……バイトがんばってください。」
「ありがとう。はるちゃんも部活がんばってね。」
蒼太さんは、いつにもまして穏やかな表情で微笑むと、わたしの横を通り過ぎて駅方面の道へ向かって歩いて行った。

どんどん小さくなる後ろ姿を見ながら、振り向いてくれないかな、とか、「また」がすぐ来てくれることを期待している自分に気付いてしまった。

自分からは近づけないのに、あちらからくることを期待してしまう。わたしは、蒼太さんに対して、ずっとそんな感情を抱いていて、それを変えることもできなかった。

母と晩御飯を食べ終わって、部屋に戻ってから翠にメッセージを送った。
『今日、蒼太さんきたよ!お菓子おすそ分けしてもらった!』
メッセージを特に見返さないでそのまま送って、浮かれたうさぎのスタンプを送った。

翠からの返事を待つ間に、蒼太さんからもらったお菓子を食べた。桃を小さくしたような形の和菓子は、あっという間に口の中からなくなった。

このお土産は誰が選んだのだろうか。桃が食べれるようになったと言っていた翠が、これを選んだとしたら相当桃が好きになったんじゃないか、とかなんてことのない想像をしていたら、一人でつい笑ってしまった。

少しだけ、引っ越しをした後の高塚家の様子を感じ取れて、なんだか嬉しかった。

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