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切手はどこへゆく【第二十三話】

もう引退しているはずなのに、土曜日に学校にいくのが、なんだか不服だった。

部長からの「部室の片付けを土曜にして、みんなでそのまま打ち上げしよう」というメッセージを、わたしが見逃して、みんなが盛り上がっていたから、文句のひとつも言えなかっただけだけど。

不服な感情が、行動にも表れてしまったようで、寝坊した。はあ、とひとつため息をついて「遅れます」と連絡をした。あくびをしながら伸びをして、洗濯物の山の一番上にあったジャージを着た。わたしが自転車にまたがった時間は、みんなとの集合時間だった。

学校について部室に向かうと、みんなの笑い声が部室から漏れていた。部室のドアを開けて入っていくと、部長がわたしに気付いて「遥夏遅い!」と一言だけ言った。その様子をみんなが見て笑った。

「……おはようございます。」
「起きるの遅いし!先にごめんなさいでしょ!」

「……ごめんなさい」
「ま、部活じゃないし、別にいいよ」
別にいいなら、なんで言ってくるんだか。部長とわたしとのやり取りは、またみんなの笑いを誘ったみたいだ。

楽しそうなみんなと一緒に、適当に片づけを始めた。荷物が沢山詰まっていたロッカーが、なにもなくなっていくのが、不思議だった。

部室はきっと、また誰かの荷物で埋まっていくんだろう。わたしが使ったロッカーは、次の誰かによって、また違う表情をしたロッカーになるんだろう。次のロッカーの持ち主も、少しでも、良い表情をしてくれていればいいなと、小さく願った。

部室の片付けも終わって、みんなで打ち上げ会場に移動することになった。

「遥夏、あっきー先生に『片づけ終わりました』って挨拶してきて。うちら先行ってるから。」
部長にそう告げられて、はーいと適当に返事をして、みんなと一緒に部室を出た。

楽しみでふわふわした様子のみんなは校門へ、眠気でふわふわしてきたわたしは、体育館へ向かった。

体育館では、後輩達が部活をしていた。ボールの音と、靴のきゅっと鳴る音が、心地よかった。顧問はいつも通り、入り口近くでみんなの様子を見ているようだった。

「先生、部室の片づけ終わりました。」
「稲村さん、わざわざありがとう。片づけお疲れさま。」
そこから少し顧問と雑談しながら、練習をする後輩達の様子を見ていた。

1週間くらい前まで、わたしもああやって一緒に練習していたのに。今日目が覚めるまで、土曜日に学校行くのは面倒だなあとか思っていたのに、練習をしている後輩たちを見ると、土曜日の学校も、悪くない気がしてしまう。

そんな気持ちで様子を見ていると、後輩たちと何度も目が合った。不安そうな目をした後輩もいれば、怪訝そうな表情の後輩もいた。ついこの間、引退したばかりの先輩がいると、どうやら気まずいらしい。

「……じゃ、わたし帰ります。ありがとうございました。」
「そう、そろそろみんな休憩入るから、みんなにも挨拶していけば?」

「……いや、いいです。恥ずかしいです。」
またまた、と言いながら顧問は笑っていたけど、どうも先輩です。なんて挨拶したら、偉そうと思われそうでいやだった。

「稲村さん、また遊びに来てね。みんなも喜ぶよ。」
顧問は、穏やかな笑顔でそう言った。

後輩の目線は、わたしと顧問の間では、どうやら感じ方が違うらしい。顧問に会釈をしてから、体育館を離れた。

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