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切手はどこへゆく【第二十一話】

練習は、あくまで練習なのだと、思い知らされたのは、高校生活最後の試合の日だった。

二回戦目で当たった高校は、ベスト8常連の強豪校だった。対戦表が発表された時から、ここが山場になると、予想はついていた。

対戦相手は、今まで公式戦では戦ったことはなかった。試合をしていなくても、噂話は入ってくるし、大会で試合の様子を見ていれば、強いチームだということはわかる。だからこそ、最後の最後まで、練習は怠らなかった。

試合が近づくにつれ、頭の中には中学の最後の試合が浮かんだ。わたしがシュートを外して、試合終了のブザーが鳴る。悪夢のように繰り返していた。練習で、何度シュートを成功させても、悪夢は消えなかった。

もう、わたしのせいで、試合を終わらせたくない。そう思いながら、何度もシュート練をしていた。試合当日は、みんなどこかピリピリしていた。部長はいつもより口数は少なかった。わたしは何度も靴紐を結び直していた。後輩たちも、そんな様子を見て、どこか深刻そうな表情をしていた。

「よし、みんな、今日も全力出して頑張ろう!」
顧問が試合前のミーティングでそう言った。いつものほほんとした口調の顧問も、今日ばかりは少し語気が強くなっていた。

「はい!」
みんなが声を揃えて返事をした。わたしは一つ深呼吸をして、コートに向かった。

深呼吸をしても、どくんどくんと心臓が動いている音は、どんどん大きくなった。試合はどんどん進んでいった。相手がリードしている場面がほとんどで、負けているのが悔しかった。

悔しさも相まってか、わたしは必死にシュートを決めていた。ここまで試合中にシュートが決まったのは、初めてなのではないかと思うくらい、調子が良かった。第3クオーターを終えて、10点差まで迫った。逆転する可能性は、十分あると思った。

最終クオーターに入る前に、部長が声をかけてきた。

「遥夏、調子いいね。」
「……うん。自分でもびっくりしてる。」
わたしがそう言うと、部長は笑った。そして、わたしの背中をばちんと叩いた。

「え、痛いんだけど。」
「その勢いで、勝っちゃおうよ。」
部長は、わたしの言葉を無視して、楽しそうな顔をしながらそう言った。

「……最初から、勝つつもりで試合してるんだけど。」
「いいね、やっぱ遥夏は頼もしいわ。」
部長はそう言うと、別のメンバーに声をかけに行った。

わたしは深呼吸をして、思考を巡らせた。最終クオーターでどうしたら逆転できるだろうか。試合前は強豪校だからと気後れをしていた。しかし、試合が始まったら、相手のこともわかってくる。点の取り方もわかってきた。あとは、試合でいかに、練習してきたことを発揮できるかだろう。

よし、と心の中で呟いてから、背中のひりひりする痛みを抱えたまま、コートへ向かった。最終クオーターは、点取り合戦になった。一度は逆転したが、また点を取られてしまった。焦る気持ちも、悔しい気持ちも湧かず、ただ、勝つためにどうするか、それだけを考えていた。頭が冴えている感覚だった。

ちらりと時計を確認すると、残り時間は1分を切った。得点板を見て5点差だと認識した。あと少し、勝てるかもしれない。そう思った瞬間に、ボールがわたしのところに来た。

ここからシュートすれば、3ポイント入る。
冴えた頭はそう判断した。ディフェンスも来ない、今しかない。

わたしの手から離れたボールは、放物線を描いてゴールに入った。
ちらりと時計を見ると、残り時間は、30秒を切った。ボールは、相手チームの手へと次々に渡った。ボールが手を離れた隙をついて、部長がボールを奪った。

そこから次々と、みんなの手にボールが渡った。相手に奪われそうになったボールは、宙を浮いて、後輩の手に渡った。練習の時と変わらない、真剣な表情をしていた。ボールは、するりと後輩の手を離れた。

ボールが、ゴールを弾いて、そのまま放物線を描いて床へ落下した。
試合終了のブザーが、コートに鳴り響いた。コートの半分に、相手チームが集まって、きゃあきゃあと歓声を上げていた。みんなは、歓声から離れるようにコートを離れていった。すすり泣く声が、歓声に混じって聞こえてきた。

わたしは、コートから体育館を見渡した。ベンチに座る後輩も、コートから出ていくみんなも、下を向いていた。

一人だけ、コートに残った後輩は、ただゴールを見つめて、立ち尽くしていた。

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