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切手はどこへゆく【第十四話】

携帯電話を机に置いて、明日の準備でもしようと立ち上がったところで、通知音が聞こえた。
画面を見ると部長からで、同い年の部活のメンバー全員あてに、ご丁寧に明日の練習予定が送られてきた。
2年生がどうとか、1年生がどうとか、部長の聞いてよオーラ全快につづられた文章はスルーして、練習予定の中に、試合の文字があるかだけを確認して、画面をオフにした。
部長みたいに誰と合う合わないとかが、まったくないわけじゃないけど、部活をやるうえではそんなに気にならなかった。
明日の部活ではどんな試合にしようかと、思考を巡らせながらカバンを開けると、水筒と弁当箱が入ったままな事に気付いて、思考が完全に止まった。
ため息を付きながら水筒と弁当箱をカバンから取り出して、キッチンへ向かった。

キッチンからリビングを見ると、母がドラマを見ていた。
真剣な表情をしてドラマ見る母を、邪魔をしないように、息をひそめていたはずが、気づかれてしまった。
「遥夏、ごめんお菓子取って。」
「どのお菓子?」
「今日、蒼太くんがくれたやつ。」
母は画面から目を離さないまま、わたしに声をかけた。
わたしはキッチンに置かれた箱を手に取って、小さい桃のお菓子を2つ取り出した。
1つをキッチンのカウンターに置いて、もうひとつは母の視界に入るようにテーブルへ置いた。
視界にお菓子が入ったのか、どうも、と言いながら母はお菓子に手を出した。
「ねえ、遥夏さ、どうするの?」
「なにを?」
「なにをって、大学よ大学。あんた進学したいんでしょ。」
「……まあ、そうだけど。」
母はドラマから視線を外して、さっきより少しだけ真剣な表情をして、わたしを見てきた。
「ちょっとは、考え始めてもいいかもよ。なんか蒼太くん見てたら、私色々考えちゃったわよ。」
「ふーん。」
母に背を向けてキッチンの冷蔵庫を開けた。
麦茶をグラスに注いで、カウンターに置いたお菓子の封を開けた。
進学だ、受験だ、大学がどうとか、周りも言い出すようになってきたけど、まだ実感がなかった。
進路を決める、ということが、いまいちよく分からなかった。
「まあ、私も今時期はそんなにちゃんと考えてなかったかもな~。部活引退してからかなあ……懐かしいなあ高校生……」
「お母さんはさ、進路ってどうやって決めたの?」
「う~ん、そうだなあ……」
母は悩んだ表情になったまま、お菓子を口に放り込んだ。これ美味しいわね、なんてのんきにわたしに向かって言ってきた。
相変わらず母はころころ話が変わる。もう慣れたけど、たまについていけなくなる。
「お母さんはね、海外に行きたかったのよ。そっから学部とか大学とか、いろいろ考えてたかな。」
「そうなんだ。……海外。」
「そそ、もともと海外ドラマ好きだった、っていうのもあるかもねえ。吹き替え版じゃなくてもドラマ見れるってかっこいい感じするじゃない。
 それもあって、留学して英語とかしゃべれるようになって、海外で働けるような仕事に就きたくて、国際なんとかみたいな学部を調べてた。」
「……ふーん」
楽しそうに話をする母を見ながら、わたしはお菓子を口に放り込んだ。
進路を決めれるくらい好きなものが、わたしにあるんだろうか。
「まあ、今は部活がんばってもいいんじゃない。片手間くらいで進路も考えてほしいけど。」
あはは、と大きな声で笑ったあとに、母はまた目線をドラマへと移した。
母のいい加減さが、居心地が良いときもあるけど、今日はなんだか居心地が悪かった。
いっそのこと、ああしなさいこうしなさいと、道を指し示してくれた方が、少しは気が楽なったかもしれない。
わたしはもやもやした感情を、ごくんと麦茶で流し込んだ。

部屋に戻って携帯電話を確認すると、翠からのメッセージが入っていた。
翠のメッセージはいつだって居心地がよい。
『お兄ちゃん、元気にしてた?』
『うん、バイト前にわざわざ来てくれたらしい』
『そうなんだ~よかった! お兄ちゃん、約束守ってるじゃん』
翠からの返信に、わたしは首をかしげた。疑問をそのまま文字にして翠へ送った。
『約束って?』
『この前、山梨にお兄ちゃん来てて、お土産送るから、遥夏ちゃんに渡してって頼んだの』
「まじ?」
文字にする前に、声が先に出た。
翠の優しさなのか、蒼太さんの義理堅いところなのか。
どっちにしろ、わたしのところに届いた桃のお菓子は、どうやら高塚家の人情にあふれていたようだ。
なんだか嬉しくなってきて、にやにやしながら翠への返事を送った。
『まじか~ ありがとう!めっちゃ嬉しい!』
『それ、お兄ちゃんに会えたのと、お菓子食べれたのと、どっち?』
『どっちも笑 いいな、大学生って気軽に山梨まで行けて』
『そうだね~お兄ちゃん結構バイトもしてるっぽいし。 遥夏ちゃんも、こっちに遊びに来てよ』
可愛らしく微笑む絵文字と共に送られた文言に、一つため息をついた。
「山梨、ねえ。」
翠が引っ越してから一度だけ、山梨までの交通手段は調べたことがある。
最寄り駅から乗り換えが3回、しかも特急も使っても2時間半くらいかかるらしい。
交通費は、特急を使っても片道5,000円かからないくらいで、その気になればいけそうだな、とは思った。
でも、ちょっと前までは、自転車で10分走ったら、すぐに会いに行けたのに。
そう思ったら、山梨がとても遠く感じてしまう。
山梨ですら遠く感じてしまうというのに、母はわたしと同い年の時に海外に行きたいと思っていたなんて。
周りがまた、どんどん遠い存在に感じてきてしまった。

『山梨ね、いつかは笑』
煮え切らない返事を送ったら、瞳がうるんだ絵文字と一緒に『来てよ』と送られてきた。
申し訳なさと、なにを言ったらいいのかわからず、土下座する人の絵文字を送って、画面を閉じた。
わたしは、いつまで地元で、じっと生きているのだろうか。


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