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オリジナル連載小説 【 THE・新聞配達員 】 その96


96.   『自分の物』


ブーン!キキー!
カタン!
タッタッタッタ!

目が覚めた!
ここはどこだ!
真っ暗だ!
時計があるはずの壁の位置に顔を上げた。
ん?なんか違うぞ。
こんなに壁は近くない。
時計もない!
真っ暗でも文字が緑色にうっすらと
光っているはずのお気に入りの時計がない!


やばい!きっと遅刻だ!
朝刊に遅れてしまう!
なんで誰も起こしてくれなかったんだ!
竹内!坂井!


紐がふら下がっていたので引っ張った。
電気が点いた。
実家だった。


そうだ!
実家に帰って来たんだった!
実家の自分の部屋だったところが
自分の部屋ではなくなっていて、
廊下の狭い空間にかろうじて布団を
敷いて寝たんだった。


狭い団地の実家。
ちょうど受験生の妹が
この家の主役になっていた。
こうしてだんだんと自分の帰る場所は
無くなっていくのか。


私は私の居場所を
新しく自分で作り上げて
いかなければいけないんだな。


いっちょカナダで城でも建てるか。
そして馬で移動しよう。
広大な庭でぶどうを作って
ワイン農園でも始めよう。


今、何時だろうか?


確か夜行バスが明け方に大阪に着いて
まっすぐそのまま家に帰って来て
眠たすぎてそのまま泥のように
眠ってしまった。


膀胱がはちきれんばかり。
破裂していないのが不思議なくらい。
トイレに行こう。


おや、トイレの小さな窓から見た外が
真っ暗ではない。
明け方のような感じ。
いや夕暮れが過ぎたくらいだろうか。
そうでないとおかしい。
私は明け方帰ってきたんだ。
そして寝てしまったんだ。
今明け方な訳がない。
24時間も経つはずがない。
きっと夜になりかけてるんだろう。
それにしては家族が静かすぎた。
誰も居ないのかな。


ゴトン!


ビックリした!
玄関のドアから音がした!
この音は(金属の分厚い団地の玄関の)ポストに
新聞を刺した音だ。
間違いない。


私は昨日まで新聞配達をしていたんだ。
耳がまだ覚えている。


この音は毎朝、私にも奏でることが出来た音だ。
どれだけ頑張って音が鳴らないようにそっと
新聞を入れても無駄。
絶対にゴトンと音がしてしまうのだ。
そういう仕組みだ。


それでも出来るだけ家の人が新聞を取りやすいように
奥まで突っ込んであげるのだ。



よしっ!確認しよう!
私は玄関の電気を点けて
玄関のドアの金属のポストを開けた。


ほらっ、新聞が刺さっている。
しかし、あまりこちら側まで刺さっていないようだ。
思いやりのない新聞配達員のようだ。


新聞を配ればそれで良いタイプで
配達が終わればさっさと自分の部屋に戻って
ビールを飲むんだろう。


自分が良ければ他はどうでも良く、
新聞がポストに半分刺さっていようが
80%刺さっていようがどうでもいいタイプだな。


私はどれだけ、酔っていても80%差しと決めていた。
でないとお客さんが抜くのに困るだろう。



どれ?
新聞を引っ張った。
ゴトン!
ほらっ!
こちら側から抜くのにまた音が鳴ってしまった。
これではダメだ。
80%差しなら音は鳴らずにスッと取れるはずだ。


一体どこの新聞屋さんだ。


『新聞屋さん』か。
私にとってはもう特別な響き。


あー。
もう東京のお店に遊びに行きたいなー。


モヤモヤと頭の中に
お店の風景が蘇る。


みんなが笑っていて食堂から良い匂いがする。
おっさんの機械の音がうるさくて
2階からベースギターの音が内臓を揺さぶる。
優子さんがみんなに言う。
『おかえりー!今日は唐揚げだよー!』


ガラッ!


「おはよう直樹。玄関で何やってんの?どっか行くんか?新聞か。いやー、しかしよく寝てたなー。全然起きてこーへんから心配したで。まぁ、起こしてはないねんけどね。えへへ。」


母だった。


私は朝帰って来て
翌朝まで寝て
朝刊の配達の音で目が覚めたのだった。


24時間経っちまった(T . T)!!
何をやってるんだ!!
早くアルバイトしなければならないというのに!


これで1日分の日当7千円が消えた。


あと何日あるのだろう?
計算しなければ。
その前に常磐木氏に会わなければ!
ゆっくりしてられないぞ!
お、そうだ!
この家には風呂があるんだった!
汗を流そう。



共同のお風呂
共同のトイレ
共同の台所、リビング、テレビ。



全て共同だと今頃になって知った。
実家だが『私の物』などひとつもないのだ。
父と母が共に作って築き上げた城で
世話になっていただけなのだ。
そのことに気づけたなんて、
東京に行った甲斐があったというものだ。



「おかん、メシは?」なんてもう言えない。
でもお腹は空いた。
何か買ってこよう。


「直樹、昨日の晩のおかず残ってるで。食べるか?」


な、なんて幸せな!
母親というのはまず
ご飯の心配をしてくれるものなのだな。
これが当たり前だったのだろうか?


んー。
美味い。


「あっはっはっは!」


テレビを見て笑う母。


「あー!お兄ちゃん起きたんやー!おはよー!」


妹だ。
7歳年下だから14歳。
4月で中学3年。
高校受験か。


「お兄ちゃんの部屋はもう私の部屋に改造したから。入って来んといてや。なんせ受験やからな。邪魔せんといてや。」

「改造って、どんな感じに?」

「いやー、もう、すべて。」

「す、すべて?」

「そうやで直樹。もうあんたの部屋は無いで。廊下かベランダしか空いてないわ。ははは!」

陽気な母親と歳の離れた妹。


実家はもう冗談ではない狭さに
なっていた。


「いや俺言ったと思うけど、次、カナダに行くねん。」

「次っていつ?」

「来月」

「またどっか行くん?お兄ちゃん」

「次は世界や」

「日本はもう攻略したん?」

「いや、これっぽっちも・・・」

母がチョコレートを食べながら言った。


「もう帰ってこんでええで、直樹」

「そんな!殺生な!」

「いや、ホンマもう家狭いから帰ってこんでええわ。けど、まあ、たまには遊びにおいで!なんてね!ははは!」



どこかで聞いたことのあるセリフ。

優子さんと同じだ。

『もう戻って来たらダメだからね。でもいつでも遊びにおいでよね。』



そうか。
私はドンドンと前に押し出されるように進んでいる。
自分の道をひた走れるように
周りがギュッギュと私を押し出し導く。
私が早く巣立つように
みんなが私の背中を押してくれている。



そうかそうか。モグモグ。


母と妹と三人でカナダの場所を
世界地図で確認した。

「えらい遠いな。今度は荷物送られへんで。どうする?こたつとか。」

「いや、こたつは要るな。んー。向こうで自分で買うわ!今度こそ裸一貫!一から自分で築き上げていくわ!」

「なんかカッコええ事言うやんか。」

「お兄ちゃん、カナダでこたつ作るん?家具屋さん?」


人は自分のことにしか興味がない。
さて前に進もう。


常磐木氏の家に電話した。
おばちゃんが出た。


「あらぁ〜!真田くん!東京から電話くれてぇ〜!電話代高いのにぃ〜!」

「いや、すいません。今もう大阪に帰って来てまして、常磐木くんに変わって欲しいんですけど、、」

「えー?聞いてない?あの子今京都に居てるんよ。ひ、と、り、ぐ、ら、し。」



なんと!予定外!
京都の大学だから
京都で一人暮らしはわかるが、
もうすぐカナダに行くのに、
引き上げられるのだろうか?
それとも・・・・行かぬつもりなのか?


でもカナダに行くのを辞めるとは聞いてない。
テレパシーで伝わっても来てない。
きっと、行くつもりのはずだ。
ビザも取れているはずだ。
空気でわかる。
世界中どこに居ても。


「あの子の部屋には電話はないから、下宿先の大家さんの川口さんの代表の電話番号やけど、掛けてみる?黒い電話やで。」

「あ、はい。掛けてみるので教えて下さい。あとその京都の住所って分かります?」

「住所?分かるよ。えーっと、書いた紙がこの辺に。ちょっとお父さん!直樹くんやで!直樹くんの住所どこ?」


いや、私の住所は大丈夫だ。私は知っている。


「あったあった!言うよー。鉛筆持った?ポールペンかいな?」

「お、お願いします!」

「京都市右京区〇〇西入ル?る?なんやのこれ?お父さん?」

「あ、なんとなく分かったんで大丈夫です。連絡してみます。」

「あ、そう?直樹くん帰って来たんやね。あの子も早く帰って来たらええのに・・・・ちょっとお父さん!」


電話を切ってすぐ電話をした。


「はい、川口です。」

「えーっと、『たのし荘』の代表の大家さんの方ですか?」

「あーそうですが。『たのし荘』に繋がる電話はまた別の番号なんですが、隣なんで声掛けてきますよ。どなたさんに用事がありはるんです?」

「203号室の常磐木という友人に・・・」

「ときわぎさんね。ちょっと待って・・・」



ガチャ!
プープー・・・・


切れたではないか。
向こうは私のことなど知らないはず。
また掛け直す私。


「あー。さっきの人。なんで電話切りはったんです?」

「いえ、僕は切ってないんですけど。」

「まあ、いいです。どなたさんに用事でした?」

「常磐木さんに。」

「ときわぎさんね。少々お待ちを・・・」



ガチャ!プープー・・・・



おーい!
なんで切るんだーい!


さて、もう電話は諦めよう。
この住所を頼りに行くとするか。


私は玄関の横の物置を開けた。
あった。
父親の『関西詳細地図マッスル』だ。
この分厚い地図さえあれば
どこにでも行ける。


いざ京都へ。



〜つづく〜

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