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ユニクロ ヒートテックを支える「東レ」の組織 〜イノベーションを生む組織の特徴とは? 15000字〜

イノベーションを生む組織とはどのような企業、組織、文化を持ち合わせているのだろうか?

イノベーションは永続的な企業成長を継続するために必要だ。

我が国のイノベーションは諸外国に比べて不足し、不十分と、メディアは煽り立て、ベンチャーの若者たちに発破をかける。

果たして本当にイノベーションは生まれていないのだろうか?

イノベーションを創出できる組織とは、

「企業理念に基づき、新しい価値の継続的な創造」をビジョンとして掲げ、それに合致した戦略の立案・実行を通じてチャレンジを奨励する文化を育んでいる組織である。

このような組織・企業になるべく、ベンチャーだけでなく、大企業がその責を全し企業努力を続けているのではないか?

今回は、ユニクロとの協業著しい「東レ」にスポットを当て「イノベーションを生み出す組織の特徴とは何か?」について迫りたい。

ビジョン、戦略、文化の形成と浸透により、イノベーションの芽が育つ環境を作るのは、トップリーダーの最重要課題である

企業・組織でマネジメントをしているリーダーや、団体・グループに関わる全ての人にぜひご覧頂ければ幸いです。

東レ(TORAY)とは

東レ株式会社(とうレ、英称:Toray Industries, Inc.)は、大阪府大阪市北区中之島に大阪本社、東京都中央区日本橋室町に東京本社を置く、合成繊維・合成樹脂をはじめとする化学製品や情報関連素材を取り扱う大手化学企業。

三井グループの中核企業の一つとしてその名を知られており、コーポレート・スローガンは、「Innovation by Chemistry」(化学による革新と創造)。社名にあるレは再生繊維のレーヨンを意味する(旧社名:東洋レーヨン)が、同社は現在、レーヨンの生産は行っていない。
by Wikipedia 

東レとユニクロの近況

ファッションの世界に関心のある人なら東レとユニクロの強力なパートナーシップについて知っているかもしれない。両社の協働は18年目を迎えている。ヒートテックやエアリズム、ウルトラライトダウンといったヒット商品は、そんなコラボレーションのなかで生まれた画期的な高機能製品だ。

LifeWearという新しい服のカテゴリーで、人々の生活をより豊かに快適にしていくユニクロと、高機能素材でイノベーションを起こし、社会を変えていく東レの戦略的パートナーシップは年を重ねるごとに進化してきた。

昨年10月にはニューヨークで、今年3月にはパリで世界のマスメディアに向けたイベントを両社で共催し、世界に向けて、ユニクロのLifeWearを支える東レのイノベーションとテクノロジーを紹介し大きな反響を得た。
参照:https://www.toray.co.jp/saiyou/fresh/project/project03.html#/

なるほど、大企業ファーストリテイリングのユニクロの陰に、素材大企業メーカーの東レがある。

今回のイノベーションを起こす組織について、東レの核心に迫る。東レは最初からイノベーションを生み出せる組織だったのだろうか?

それとも何のきっかけがあり、イノベーションを支える企業へと変革したのか?順を追って見ていこう。

エグゼクティブサマリー

経営環境の変化の激しい現代・将来において、イノベーションなくして組織が存続・発展することはできない。イノベーションを創出できる組織の特徴を理解するため、本レポートではまずイノベーションの成功・失敗の実例を分析した。その結果、イノベーションの創出には以下の点が重要であるとの考えに至った。

・環境変化の認識と対応
・イノベーションのための明確なビジョンに基づく戦略、組織構造
・変革のリーダーシップ
・組織学習によるイノベーション創出能力の向上

しかし、過去の成功の模倣のみでは今後のパラダイムシフトに適応していくことはできない。

停滞に苦しむ日本の大企業には、予測不能な変化に適応し、自ら変化を創り出すための柔軟性とチャレンジ精神が必要である。これを実現するため、本レポートは次の提案をする。

・不変の価値を掲げた企業理念と変化を志向する組織文化の形成
・柔軟性が高く知の創造に優れた組織構造
・継続的な進化・変革を可能にする目標管理と組織学習・リーダーシップとその連鎖

1. イノベーションの成功・失敗事例

そもそも、イノベーションとは何か?

若干個展ではあるがイノベーションの成功例として富士フィルム株式会社と東レ株式会社、失敗例としてEastman Kodak 社をとりあげる。

1-1. 富士フィルム株式会社

Eastman Kodak社をベンチマークに獅子奮闘してきた富士フィルムは、自社のコアディスィンクティブコンピテンシーである写真フィルム技術を活用し、古森重隆社長の陣頭指揮のもと自らがデジタルカメラ市場に参入する破壊的イノベーションに成功した。

社内ベンチャーを促進させライフサイエンス事業ではスキンケア商品「アスタリフト」と、メディカル事業ではオンデマンド画像表示メカニズム「SYNAPSE」のイノベーションを創出し見事に多角化を果たした。

結果、2兆2000億円近い売上高の企業へと成長した。

 自社を『第2の創業期』と位置づけ、写真技術(フィルム、現像、画像処理、処理に必要なナノ化技術等)を軸に、社内イノベーションを創造し多角化を実現。見事、写真フィルムメーカーからスキンケアやメデイカル事業企業へのリポジショニングを成功させた。

同社の企業理念である「QOLの向上」をもとに、企業/社会(患者や利用者)/買い手(病院)の3者におけるWin-Winの関係を構築、この思想を軸に自社収益と社員のモチベーションの源泉とした。

更に、経営資源を自社のコンピテンシー強化に継続的に集中させることで新規事業領域への礎を築いた。

1-2. 東レ株式会社

東レは「深は新」即ち技術の深耕が新たな発見につながるとの考えに基づき、コア技術である合成繊維関連技術を長年深耕し続け、多様な技術の融合により、先端素材の技術イノベーションを創出してきた。

例えば、ユニクロとの共同開発による機能性肌着「ヒートテック」、シェア世界一を誇る炭素繊維、環境分野で期待の高まる水処理膜等は、従来の素材の駆逐や新市場創出につながる破壊的イノベーションであった。

こうしたイノベーションが奏功し、2012年3月期営業利益は1077億円と過去最高を記録した。

同社には長期にわたるコア技術深耕の方針とともに、技術融合促進のための研究分野横断型の組織構造やプロセスがある(東レ、2011)。

また、チャレンジを奨励し失敗を許容する組織風土や研究者の自由を認める「アングラ研究」(研究者が一定時間を興味のある研究に割当てることを認める東レの社内制度)(山口、2011)、ユニクロやボーイングといった顧客との共同開発は、新たなアイディアの創出に寄与してきた。

段階的な資源投入により新しいアイディアや技術の事業化を図る社内システム(東レ、2011)、

下位市場で収益を得ながら研究開発を続け上位市場を攻略する戦略(青島・川西、2005)など、

大規模組織の中でも「小さく試して大きく育てる」という起業家的な柔軟性とチャレンジ精神が奨励され支援されている。

1-3. Eastman Kodak 社

イノベーションのジレンマに陥った代表企業である。

破産申請をした原因は、主力事業であるフィルム事業の収益が大幅に悪化し、2000年には1兆700億円であった売上が2010年には3600億円まで悪化し、2年連続最終赤字を計上し、資金繰りに奔走した結果である。

破産申請に追い込まれた原因であるデジタルカメラ技術は、同社が一番最初に開発した商品であり、現在でも多数の特許を取得している。

Eastman Kodakは自社商品とのカニバリゼーションを恐れ、フィルム事業からデジカメ事業へ移行するに当たり利益率が大幅に低下することを恐れた。この二点から、参入機会を逃し日本勢に大きく差を付けられる結果となり衰退を招いた。

同社には十分イノベーションを起こす力はあったはずだが、同社の既存事業の前ではデジカメの振興技術は小さく、既存事業を破壊する危険因子と判断してしまった。かつ、フィルムの改良のみに目を奪われ「環境変化には気がついていたが組織内で変革を起こせず」破産申請となった。

2. ケース分析と考察

2-1. イノベーションの成功・失敗要因

前項でとりあげた成功および失敗の要因を以下の通り分析した。

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2-2. 考察 - 変革のサイクル理論の適用

上記で挙げた要因について、金井 一賴 (博士)による組織変革のサイクル理論(変革のサイクルⅠ~Ⅳ)をイノベーションのサイクルに適用し、以下の通り考察する。

2-2-1. 変革のサイクルⅠ:トリガーイベント・変革の必要性の認識

富士フィルムと東レはリーダーシップおよび適応力のある組織文化により、環境変化のシグナルをとらえ、イノベーションの必要性を認識することができたと考える。

環境変化に対し、富士フィルムはコアコンピタンスとなる技術を応用し多角化に成功している。

成功要因は古森社長が環境変化の脅威を認識し、対応できたことに起因する。また、多くの国内繊維メーカーは90年代以降の繊維事業の伸び悩みを脅威と捉えたのに対し、東レはこれを機会と捉え、未来を見据えて繊維事業への投資を続けた(東洋経済新報社、2012)。

榊原社長(当時)が環境変化の中でも自社のコア技術の可能性を信じ機会を見極めた好例であろう。

 一方、Eastman Kodakはイノベーションのジレンマに陥り、過去の成功体験と目先の利益に追われ、環境変化の波を掴みながらも変革を実行できなかった(湯之、2012)。

Eastman Kodakがパラダイムシフトできなかった要因として、組織文化の逆機能に陥った可能性を指摘する。組織文化を「組織を構成する人間に共有された価値観、考え方、思考パターン」と定義するならば(金井、2003)、長期的に安定成長を続けた企業においては、組織文化も成熟する。

その結果、組織内部の問題として、思考の均質化により環境シグナルに対する感受性が非常に鈍くなる。また、一度定着した組織文化を変えることは難しく、思考の硬直化を招き、企業活動の停滞に繋がる

このため、環境変化を捉えたとしても、実際に社内でパラダイムシフトすることは容易ではないと考えられる。しかし、富士フィルムや東レもEastman Kodak同様に長年定着した組織文化を持つ安定成長企業であり、組織文化の逆機能のジレンマにあったはずである。

だが両社には強力なリーダーシップ(詳細後述)と変革に適応できる文化があったことによりパラダイムシフトが可能になったものと考える。

2-2-2. 変革のサイクルⅡ:変革の方向性の設定と連携の構築(ビジョンの設定)

イノベーションの成功には、それに向けた組織のビジョンが重要な役割を果たす。

富士フィルムのビジョンは「オープン、フェア、クリアな企業風土と先進・独自の技術の下、勇気ある挑戦により、新たな商品を開発し、新たな価値を創造するリーディングカンパニーであり続ける」であり、このビジョンの下、分野横断的な研究開発センターを変革のエージェントの中枢と位置づけている。

東レは先端材料のイノベーションで社会に貢献することを組織の目的としていることが企業理念から窺える。これに従い「深は新」「極限の追求」という研究重視の方針を貫きコア技術を極めるとともに、分野横断型の組織構造によって技術融合を促進してきた。

ビジョンの実現へ向けた強力なリーダーシップと、それらに合致した戦略、組織構造により、イノベーションの方向性の設定と連携の構築がなされている。
 一方、Eastman Kodakは「富士フィルムはアメリカの企業、コダックは日本の企業のようであった」(湯之、2012) と揶揄されたように、変革のエージェントたるべきミドル層が動けなかった。

富士フィルムは研究開発を強化せず、足りないや必要な技術は外部から買収するという発想があり、技術を中心に競争優位を磨き続けるという日本企業の典型とは対照的である。

2-2-3. 変革のサイクルⅢ:変革の実行(リーダーシップ・スタイルの違い)

富士フィルムおよび東レでは、変革の実行に際し、変化に対するコンフリクトや抵抗勢力をおさえるために、リーダーが覚悟を持ち組織の再構築や人材配置の見直しなどを行っている。

富士フィルムと東レの2人の社長は、なぜ当時正しいと思われる判断ができ、なぜ変革を成功させることができたのか、その信頼を勝ち得た彼らの人間性、リーダーシップの方法に共通項はあるのか考察したい。富士フィルム、東レ、Eastman Kodakの順に記載する。

a-1: 富士フィルム 古森社長のリーダーシップ

富士フィルムは、古森社長の英断でビジネスモデル再構築、知的構造改革などを実施し、混成集団(産官学、M&A、外部連携)によるイノベーションの推進も成功している。

古森社長のリーダーシップを考察する上で、経歴から思考や哲学が見て取れると考え、彼の経歴を取材し、以下2点(a:外部環境に合わせ挑戦し続ける、b:変革の執行力)にポイントがあると考察する。

a.1: 外部環境に合わせ挑戦し続ける

古森社長は幼少5歳の時、奉天(現瀋陽)で終戦を迎え、力がないとどれだけ悲惨な目にあうかを目の当たりにし、「自分で実力を養う」と心に決めたという。

大学時代はアメフトに魅せられ「力とスピード、戦略の重要性を実感した」とコメントしている。ここに古森社長のリーダーシップの原点である、度胸や根性等という精神を垣間見ることができ、ここに富士フィルムが実力(技術)を大事にし挑戦し続ける精神の根底があると考えられる。

また、経営企画室入社後営業に転進し経験を積み、57歳でドイツフジフィルムヨーロッパ社長として欧州に赴任し挑戦を続けている。「欧州では外国人と徹底的にコミュニケーションをする」と宣言し、語学力の乏しさを熱意で補ったようだ。

カンブリヤ宮殿の村上龍氏のインタビューにて「コダックには無くて、富士フィルムに有ったのは何か?」との問いに対し、古森社長は「チャレンジャー精神」と即答している。第一にチャレンジャー精神を上げていることから、富士フィルムが常に環境の変化に伴い、変わり続けようと挑戦している姿勢、企業文化がうかがえる。

a.2: 変革の執行力

古森社長は、周囲を巻き込んでいくためには、意識を共有することが絶対条件と肌身で感じており、東洋経済で以下のようにコメントしている。

「社内はもちろん、外部の市場の状況も分析し、どの方向に行くべきか構想を立る。その実施計画を社員に説明したうえで、リーダーである自分が真っ先に飛び出す。そうすれば、部下はついてくる。ついてこない社員がいたら、力ずくでも引っ張っていく。それがリーダーシップだ。」

古森社長自らが強いリーダーシップを発揮し現場を率いる姿勢が力強く現れている。

b.1: 東レ 榊原社長のリーダーシップ

東レでは、技術センターが分野横断的な研究開発機能統括としての役割を果たし、研究開発機能の横のつながりを維持している。

榊原社長からは、以下2点(1:技術と夢の力、2:長期的視点で先端材料研究)のリーダーシップスタイルであることがわかる。

b.1.1 技術と夢の力

榊原社長は高校時代に、自らの人生を決める雑誌の記事「『夢の新材料 将来は飛行機の材料に!』という、アルミより軽く、鉄より強い炭素繊維発明」に出会た。 

将来はアルミに代わって飛行機の材料になるかもしれないというその記事に、「自分も技術者になって、炭素繊維でできた飛行機を飛ばしたい」という夢を持ったという。ここに榊原社長が技術の夢で会社を引っ張るリーダーシップの原点がある。

大学時代は工学部で化学を専攻し、繊維会社である東レでは炭素繊維の研究に没頭、アクリル繊維を蒸し焼きにしてできる炭素繊維は、分子をナノレベルで整列させることで、鉄の4分の1の比重で、10倍の強さを実現している。その後、技術の夢を持ち続けた結果、飛行機への適用を実現させている。

b.1.2 長期的視点で先端材料の研究に挑戦

榊原社長によれば、東レには一時的に儲からなくても、やるべきことはやるというような文化がある。

長期的な視点を常に持ち、外部環境の変化を意識しながらも、コアは常に先端材料の研究に特化し、新しい課題に挑戦しようという東レの体質がある事が伺える。ここが榊原社長と東レの共通点であり、コアがぶれずに研究をし続け、長期的な視点を常に持ちながら時代や環境にも適応している。

c-1: Eastman Kodakにおけるリーダーシップ

富士フィルム、東レのリーダーシップとは対照的に、コダックではCEOが頻繁に変わり、リーダーの覚悟が見受けられなかった。

組織体制についても横断型の組織の存在は読みとれなかった。社内政治的プロセスへの対処についても、CEOが頻繁に変わるため、上手く対処できていたとは考えにくい。

デジカメの振興技術が既存事業の脅威となり、トップ含めミドル層でも組織的抵抗を乗り越えられなかったことも大きな敗因であろう。

 富士フィルム、東レ共に、基幹となる要素技術を研究し続け、それらを応用をすることでイノベーションを生みだした企業であるが、異なるリーダーシップで組織を率いていたことが分かる。

古森社長は、戦後の体験から、熱血漢、ラガーマンであり、ぐいぐいと周囲を巻き込んでいくリーダーシップスタイルである。古森社長によって創られたビジョンや、組織形態、変革力に刺激され、富士フィルムは見事に変革を起こしイノベーションを起こした。

榊原社長は常に技術を信じ、夢の力で社員を率いている。自らが技術者であり、ものづくりに魅せられた経験から、専門性の力で社員を率い、長期的な目線で東レをイノベーション成功企業に導いている。 

上記のとおりリーダーシップスタイルは異なるが、両社長の共通点は「変革を実行するのに一貫した姿勢を貫き、果敢に挑戦を続けているところ」である。

リーダーシップの一つの重要な要素として、新たなものに挑戦し続ける力というものが必要であると考察する。

 以上、変革の実行における成功要因としてリーダーシップを上記で考察したが、実際の現場では特定の個人に依存した変革は長続きしない。

変革に持続性を持たせるためには、社員一人一人が変革に対して主体性を持ち取り組む組織文化を構築する必要がある。富士フィルム、東レの両社は、経営者の強力なリーダーシップを基に、社員の変革に対する「主体的」な取組み「両者の責任とコミンットメント」の2両輪によるリーディングチェンジによって、変革に成功したと考察する。

2-2-4. 変革のサイクルⅣ:変革の定着化

破壊的イノベーションを断続的に創出するためには、イノベーション創出過程に関する組織学習のフィードバック・ループを回し続けイノベーティブな組織としての思考・行動を定着させ進化させていく必要がある。

富士フィルム、東レともに技術を重要視し、その技術を革新し続ける点においては現状既に学習のサイクルが定着化していると推測できる。革新的組織は類似した文化を持つことが多く、この2社からは、実験を奨励する、失敗を許容し失敗から学ぶ、などの要素が挙げられる。

Eastman Kodakは意思決定から行動までのスピードが遅く変革の定着化に必要なフィードバック・ループが回っていなかったと推察される。

一方、東レの個人研究→グループ研究→技術センターへの移管というような社内評価に基づく段階的な事業化の過程は、必要な診断と修正が行われるフィードバック・ループとなっており、組織学習のサイクルに沿って組織知識が蓄積されていることが読み取れる。

3. 企業に求められる柔軟性とチャレンジ精神

東レや富士フィルムをはじめとした成功企業や自社の成功体験から学ぶべき点は多い。しかし、技術や社会の変化が急速かつ不連続で、予測のしにくいものとなった現代、企業は過去の成功の模倣のみによって存続と発展を目指すことはできない。前提となる状況・パラダイムがいつ根底から覆されるか分からないからである。

将来にわたり存続・発展するため、企業は不確実性の中で「自ら進化と変革を繰り返す有機体」として、新しい価値を社会に提供し続ける必要がある。

多くの大企業には、イノベーションを育む知識や技術、能力は十分に存在すると考えられる。しかし、Eastman Kodakの例に見られるように、組織の硬直化や変化の拒絶、過去の成功に基づいた盲目的状況判断、リスクへの過度のアレルギーが、イノベーションの芽を摘み取っている事が多々あると考える。

このような現状を打破するため、現在停滞に苦しむ多くの日本の大企業に求められるのは、これまでにないレベルの柔軟性とチャレンジ精神から生まれる、

・「環境変化への適応能力」・「自ら変化を創り出す能力」

である。 

これら能力を向上させ、イノベーションを創出し、それを自社の競争優位へと昇華させるための重要な素地は、

①企業理念と組織文化②組織構造③システム④リーダーシップとその連鎖

である。この4点について、前項までの分析を基に考察する。

3-1. 企業理念と組織文化

「企業理念」は、組織の戦略や構造が変わり続ける中でも、不変の拠り所とすべきものである。

理念は従業員に社会的意義や誇りを感じさせ、それを守るために試練を乗り越えようと思わせるものでなくてはならない。

 人は厳しい課題に直面した場合、または変化への対応を迫られた場合、往々にして目をつぶってしまう傾向にあり、企業規模の拡大に伴いその傾向は顕著となる。問題に蓋をし、過剰投資や借入、余剰人員や硬直化した組織を放置する事により、企業は取り返しのつかない危機に直面する可能性がある。
 このような事態を防ぐため、理念以外の部分は柔軟に変えていくことを組織の方針とした上で、

・明確なビジョンの共有・コミュニケーションの活性化・思考の転換・チャレンジを支援し失敗を許容する組織文化の再構築

が必要となる。

それにより、改善や変革の必要性とアイディアを、全員が考え発信できる組織になれば、環境変化を見逃す危険性を未然に予防できる。

即ち、過去を守り留まるのではなく、変化を繰り返し未来を創り出すことを志向する文化を形成することが、イノベーティブな組織の土台となると考える。

3-2. 組織構造

フラットで有機的な構造

企業の成長に伴い組織は肥大化する。そのマイナス要因は、

・部門間の非生産的コンフリクト・報伝達の遅延、歪められた情報の伝達・役職や職群の増加に伴う責任範囲の不明瞭さ・複数レイヤーによる意思決定速度の鈍化・更には緊張感の欠如

が考えられる。

このようなマイナス要素はイノベーションの芽を埋もれさせてしまう可能性がある。それを防ぐ為、組織構造は可能な限りフラットで有機的な形態とし、意思決定を迅速化すべきだ。

つまり、

・不要な役職や職群を省き・管理職や個人の責任範囲を明確にし・異質な情報・知識の交流を活性化する

即ち、緊張感、使命感、危機感を維持出来る組織を構築する必要がある。現状に安住せず、敢えて次なる課題を設定し挑戦しようとする組織が、イノベーションを萌芽させ、育み、開花させるものと考える。

両手利きの組織

成長期・成熟期の事業と新事業創造では、異なる思考・行動・プロセスが必要で、新事業創造においては起業家精神やベンチャー起業に似たプロセスが必要となる。

実験と失敗を前提とし、小さな成功に満足しながら大きな事業を育てていくという考え方やプロセスは、大企業の成長・成熟事業の価値観とは大きく異なるため、同じ組織構造や人材で両方の事業に対応することは矛盾も多く難しいだろう(クリステンセン、レイナー、2003)

このため、両手利きの組織、即ち、

「既存事業を効率的に行う部門」と、「新たなイノベーションの種を探す部門」とを、別組織のように分けた組織構造とすることで、安定した収益を得ながら環境変化を見逃さず、次なる収益源を創造することができると考えられる(O’Reilly & Tushman, 2004)

この二つの組織は、トップリーダーが大局的観点で統合し(O’Reilly & Tushman, 2004)、時に既存ビジネスを破壊するような経営判断をも的確に下すリーダーシップが必要となる。

また、既存事業に従事する者からも、新たなアイディアを掬い上げる仕組みがあれば、組織全員がイノベーションの必要性を認識し、大きな変革を必要とするトップの判断も受け入れやすくなると考えられる。

組織間ネットワークの活用

社外組織との効果的な連携も重要課題である。

「世にないものを作ろう」を合言葉に始まった東レとユニクロの「ヒートテック」共同開発は、他社の知識や経験を活用し、自社の資源の限界を超えた好例である。

近年このように、複数組織の協働がイノベーションを生む例が急増しているが、これまでの日本企業には「まず日本、それから世界市場へ」「企業のコアの活動拠点は日本に、それから世界に目を向ける」という傾向があり(石倉、2012)、国境を越えたネットワークの活用は今後の課題と言える。

世界で戦える製品やサービスを生み出すため、今後は産業や国の境界をも超えた組織間ネットワークによる研究開発を模索する必要があるだろう。

これまで以上に多様な背景を持つ人々の緊密な協働により斬新なアイディアの創出が期待できるが、そこでは生産的コンフリクトを前向きに受け止め活用していくことが成功の鍵となる。

日本人はハイコンテクストな文化背景を持ち、また和を尊びコンフリクトを嫌う傾向にあるが、今後は単なる語学を超えた高度なコミュニケーション能力やコンフリクト・マネジメントに長けたグローバル人材の確保、育成が急務である。

3-3. 社内システム

目標管理(MBO)

 大規模組織においてトップ・リーダーが大きく舵を切った際、組織全体をそれに追従させるためには、

・第1に、リーダーの変革のビジョンを社員へ伝播し、
・第2に、業務上でそれが実行される仕組みがなければならない。

ビジョンが組織に浸透し、その実現に向けて組織が一丸となって行動するためには、ビジョンが部門・個人の目標とタスクに確実に落とし込まれている必要がある。

これは目標管理(MBO)の効果的な活用によって実現できると考える。MBOは個人の目標達成が組織の目標達成につながることを前提としているからである。

また、個人の目標は上司が一方的に定めるのではなく、関係者の合意をもって決めるため、変革に対する個人のアカウンタビリティが自ずと生まれることが期待できる(ロビンス、2009)。

変革においては迅速なアクションが重要だが、MBOでは目標達成の期限を設定するため、組織末端の各業務においてもスピード感が損なわれることがない。さらに、タスクの進捗状況について関係者間で随時確認することにより、問題が発生した場合も早期の修正が可能となる。

但し、これらの効果はMBOの目的と仕組みをトップから現場の従業員までが理解し、確実に運用した場合に期待できるものである。目的と手段が逆転し、書類作りなどの手続きに終始するような事態は避けなければならない。

 MBOには上記のように、業務をシステマティックに管理する側面があるが、それに伴い上司と部下の間やチーム内のコミュニケーションを活発化させる役割も期待できる。

組織変革への抵抗要因の一つは、コミュニケーション不足や情報不足による誤解の発生であるが、MBOによりコミュニケーションが活性化されている組織においては、こうした誤解による抵抗も軽減されるのではないだろうか。

学習する組織

ビジョンの実現に向けた思考と行動のプロセスから個人と組織が自律的に学習し、知識を蓄積・活用していくサイクルが定着すれば、変化に適応する組織能力が高まっていくと考えられる。

チャレンジを奨励すれば当然失敗も多く発生するが、その経験からの学びを組織知識として蓄えるため、学習する組織の特徴を備えることが有効であると考える。

即ち、

・ビジョンを共有し、その実現のためなら考え方やプロセスを大きく変えることも厭わない・現状の思考やプロセスを客観的に見つめ、環境との不適合を見逃さないための対話を組織内で継続する

ことなどである。

このような努力は、これまでのイノベーション成功企業でも行われてきたものと推測するが、今後はそれを更に一歩進め、学習する組織を目指すことを組織のビジョンや戦略として盛り込み、組織内のすべてのチームで意識的に学習のサイクルを回すことにより、変革に必要な柔軟性を格段に高めることができると期待する。

3-4. リーダーシップとその連鎖

イノベーションを創出できる組織とは、

「企業理念に基づき、新しい価値の継続的な創造」をビジョンとして掲げ、それに合致した戦略の立案・実行を通じてチャレンジを奨励する文化を育んでいる組織であると考える。

ビジョン、戦略、文化の形成と浸透により、イノベーションの芽が育つ環境を作るのは、トップリーダーの最重要課題である。特に、夢のあるビジョンを語り、強い意志をもってそれを実現しようと行動するリーダーの存在が、自信を失いかけている企業には不可欠である。

また、新しい知識や技術は市場で価値を認められて初めてイノベーションとなるため、Strategic Windowが開いた時を見落とさず、すかさず市場を獲得または創出してイノベーションを開花させる必要がある。

その為リーダーには、組織全体が持っている可能性を無限に引き出し、その成果物に対して、市場の機会を読み取るスキルが求められている。

ただ、これらすべてをトップリーダーの孤軍奮闘で成し遂げるのは不可能なため、ビジョンを業務目標やタスクに確実に落とし込み、ビジョン実現のための情熱と思考と行動を組織内に伝播させる必要がある

こうした「リーダーシップの連鎖」により、イノベーションを育み開花させる組織能力が飛躍的に向上するものと考えられる。

おわりに

東レのイノベーションについて組織の観点から深耕し、イノベーションを生み出す組織の特徴に関して分析を試みた。

・コア技術の深耕による多様な技術の融合により、先端素材の技術イノベーションの創出と、研究分野横断型の組織構造やプロセス

チャレンジを奨励し失敗を許容する組織風土や研究者の自由を認める「アングラ研究」と、アイディアや技術の事業化を図る社内システム

・大規模組織の中でも「小さく試して大きく育てる」という起業家的な柔軟性とチャレンジ精神が奨励するカルチャー

上記に加え、役員人のリーダーシップで、「企業の成長の節:5段階企業成長モデル」の変革のサイクルを見事達成しイノベーションを続けている。(下記)

・また、学習する組織を構築し、リーダーシップの伝染する組織・文化を構築することで、マネジメントのリーダーシップのみならず、現場からも挑戦を続けることで、組織が強くなる過程を学習した

「5段階企業成長モデル」とは、ラリー・E・グレイナーが1979年にハーバードビジネスレビューに発表した論文「企業成長の”フシ”をどう乗り切るか」に記載されている企業の発展モデルだ。

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グレイナーによると、企業の成長サイクルには以下の5段階がある。・創造性による成長とリーダーシップの危機・指揮による成長と自主性の危機・権限委譲による成長とコントロールの危機・調整による成長と形式主義の危機・協働による成長と新たなる危機引用:https://www.fastgrow.jp/articles/company-phase-greiner

前回の記事、「なぜ、サイバーエージェントの人事組織は強いのか?」にも記載した通りだが、イノベーションを生む組織でも役員のリーダーシップが大きく寄与する。(下記記事を読み、R25のCEOがコメントをくださいました。R25はサイバーエージェント系の子会社ですが、実際に中の方も、役員人全員がカリスマティックなリーダーシップがあるそうです)

イノベーションを生む組織には、大企業・中小・スタートアップ関係なく、強いリーダーシップが必要なのは間違いない。 

結局は企業は人。在籍社員・役員が熱意をもち、イノベーションという全員が予期できない核心を追い続けられるかが肝のようだ。

編集後記

「イノベーションの源泉は、人。」

長くなりましたが、ご覧いただきありがとうございました。

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参考文献

富士フィルムウェブサイト(2012/12/1閲覧)
企業理念
Wikipedia 古森社長(2012/12/1閲覧)
東洋経済オンライン(2012年8月2日)「将来の布石を打った」(2012/12/1閲覧)
東洋経済: 2012/12/1閲覧:「明日への投資に10%の利益率は必要」
日経adnet: 2012/12/1閲覧:「今、若者たちへ」第18回 古森重隆・富士フイルムホールディングス社長兼CEO
BS ジャパン: 2012/12/1閲覧:直撃!トップの決断
TV Tokyo: 2012/12/1閲覧:カンブリヤ宮殿「奇跡の構造転換で復活 「攻め」の経営とはこういうことだ!」

以下、東レについての参考文献
東レホームページ東レ :2012/12/3閲覧
Wikipedia 東レ: 2012/12/3閲覧

経済ジャーナリスト:財部誠一2012/12/3閲覧
経営者の輪「利益は長期的な視点の中にこそ存在する」
創造性の行く成熟夏合宿2009 : 2012/12/3閲覧
President Online: 2012/12/3閲覧:韓国事業の成功呼ぶ「攻心為上」
東洋経済: 2012/12/3閲覧: 航空機向けと自動車向けの拡大が課題
富士フィルムホームページ(業務効率化の進展と労使関係の推移):2012/12/4閲覧
東レホームページ(人権推進と人材育成):2012/12/4閲覧
湯之上隆(2012)「コダック倒産と富士フイルム躍進 鍵はパラダイムシフトへの対応法」Electronic Journal 2012年6月号 P42-44 :2012/12/4閲覧
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