「ロッテン・トマトのブーブウブゥ」
静寂を破る放屁の音が部屋中に響き渡った。それも一気に百人分だ。こりゃもう「おなら」レベルじゃねぇよなあ。
「どうにも私は、うつ伏せに寝るとおならが出てしまって。恋人や夫婦と同衾している場合は、どう対処するんですか?」
その可愛いワードをまともに聞いたのが初めてな俺は、一瞬絶句してから「その、ラグジュアリークラスのプロは、ベッドでガスを漏らさないよ。安宿だったら、まああったかな」と正直に上司へ答えた。本気の相手と寝た経験が無いので、一晩5枚コインで買っていたデリヘルを思い出してみる。使い捨て商品である彼ら彼女達も、「仕事」の前には性病予防に直腸洗浄を済ませていただろう。
そんな会話をリフレインさせたのは、眼前に広がる状況だ。軽犯罪者を収監していたアステロイドベルト空域に放棄された小型コロニーで、俺は空を仰ぐ。
『マンジー、なんとかなりそうか?』
「ん〜、全員が餓死して三ヶ月ってとこ。プラティカルスーツの遮蔽で臭わねぇけど、音が結構エグいんだよ」
『ティシューガスだな。コロニー全体もかなり古いし、引火しないよう気をつけろ』
「百人分の死体炭素ガスって、爆発レベルどうなん?」
『周囲に住居エリアも無いし被害はほぼゼロだろうが、尿便やウジが拡散するのは避けるべきだろうな。マンジー先生のキャリアを見込んで、適切な処分を頼むよ』
「わ〜ったよ、こっちの映像確認する? しばらくミートソースが食えなくなりそ」
『はは、勘弁してくれ。じゃ、本部でな』
あんにゃろう、オプション請求する前に回線を切りやがった。仕方ない、たかが可燃生ゴミの処理で、愛しの上司とのランチに遅刻するわけにいかねぇのだ。
ブウブウ〜ブブウブウ〜、もはや成形していない「元、人間」から溢れる、ご機嫌なヒップホップ。少年兵の頃には慣れていたけど、最近ご無沙汰な「お焚き上げ作業」に入る。コロニー容積が40トンクラスなので、ドローン達に外壁コーティングを任せ、乾燥まで15分待機っと。
この生ゴミは、貧困ベータ相手に詐欺や虐待を繰り返していたクズだが、殺人罪までには問われず、せいぜい禁固数年のチンピラ連中だ。不運にも何かしらのバイオハザードが生じ、太陽系連邦に放置されたってとこだろう。
軽犯罪者とはいえ、善良な貧乏人から卑怯な手口で金や土地を奪い、一家離散や無理心中、自殺にも追い込んでいる前科者。全く同情の余地が持てず、廃棄ステータスが終わると、俺はコロニーの外へ出た。木星から乗ってきた軽シャトルへ滑り込むと、着信メロディが弾む。おっと、ナイスタイミング!
『少佐、お疲れ様です』
「ボスもお疲れ〜。プロトタイプの調子はどう?」
『地球でのシミュレーション次第ですね。取り敢えず、基礎戦闘対応はクリアしましたよ。お昼ご飯の約束ですけど、ジュピトリアン・ステーションのお店で大丈夫ですか?』
「うん、13時だよね。余裕で行けるよん」
『今回はデブリの破砕依頼でしたっけ。私は待っても構わないから、気を抜かずに終えてきて下さいね』
「お、優しい〜! 了解しました!」
『ふふ、それでは、13時に』
「はいはい、後でね」
柔らかな会話に、自然と顔が緩む。さてさて、ドローンからオッケーランプが発進されたぞ。
「ほい、ブゥブブ〜!」
遠隔操作ボタンを押すと、ブシュッと一際大きな「おなら」が響き、小型収容コロニーは欠片も残さず消滅する。病原菌や腐敗遺体が宇宙空間に拡散しない、特殊焼却だ。
「ミートソースはパスかな〜」
敬愛する上司と会えるまで一時間ちょい。殺菌シャワーを浴びて、シェービングしないと。
今日も宇宙は、真面目なクリーニング業者に支えられているのだ。
【終】
1489文字
“rotten tomatoes”は「腐ったトマト」の意味で、「拙い演技に怒った観客が腐ったトマトなどの野菜類を舞台へ投げつける」という、映画や小説で頻出するクリシェを由来に名付けられた。
↑最初の話
↑その次の話
↑次の次のお話
↑スピンオフ漫画
↑スピンオフ漫画
↑スピンオフのお話
最初に、イメージアウトプットしたお話↑
↑またまた、スピンオフ。独立して読めます。
↑出会いのイメージストーリー。
↑
スピンオフストーリー
↑イメージイラスト
↑同世界の、別カップリング話。
↑
上のお話の続き。
↑上の話のスピンオフ。
↑全てのストーリーに共通する設定事項。
「僕と彼氏の」シリーズ①
↑「僕と彼氏の」シリーズ②
↑「僕と彼氏の」シリーズ③
↑「僕と彼氏の」シリーズ④
マダム、ムッシュ、貧しい哀れなガンダムオタクにお恵みを……。