見出し画像

僕と彼の、サービスマリッジ。



この目立つビジュアルでは、「学園の蒼の君、ブルーハイネス」と呼ばれるのも当然だろうな。カシミアの黒いロングローブを背から滑らせた彼が正面の椅子に深く腰を下ろし、白銀の髪から碧い瞳が覗いた瞬間、天瑪(あまめ)はそう感じた。

天瑪(あまめ)・シェンライア・メーライシャンは、書類上ではクスィー・チャイルズではあるが、母は地球の経済崩壊した島国の末裔で、古くから続く血統に人工遺伝子を混ぜる生態科学を否定してきた家柄だ。曽祖父母から祖父母は絶滅危惧種のアルファ+オメガの子孫、そして母もナチュリアなうえに希少なクシィー・セクシャルに属する。

健康な精巣も卵巣も体内に兼ね備えた母には、天瑪の他に双子の男子もいて、彼らにとって自分の母は「父親」である。生殖能力が低く、長年不妊治療をしていたハイブリッド夫婦に精子提供をした事情からだ。

瓜二つの顔を持つ兄二人は天瑪をとても可愛がってくれたし、天瑪もまた二人を慕った。祖父が残した借金の返済に追われていた実家の経済状態から、天瑪はフルブライト奨学生だったが、出身校も兄達と同じマサチューセッツ工科大学だ。

理系マニアな話題にも盛り上がれるし、三人でいまだに食事やショッピングによく出かける。木星にスターズトレインが通過した五年前には、手分けしてチケット争奪戦を潜り抜け、ファーストシートで二日間の旅をしたのも良い思い出だ。

双子の兄はどちらも完全な男性体を持ったアルファクラスとして生まれたが、甘瑪は母のDNAを強く受け継ぎ、クスィークラスとして二つの性別認定を受けている。だから男のハイブリッダーとも見合いを何回か交わしたし、仲の良い女性達ともデートのようなお茶会を重ねた。

西暦2204年の太陽系では、ハイブリッダーもクシィー・ヒューマンにしろ、とにかく連邦政府から子孫存続に繋がる婚姻や出産、卵子精子提供への圧力をかけられる。こんな冷め切ったテーブルに二人、会話もまるでなく向き合い椅子を温めているのもそれが原因だった。



2204年の横浜。


「…………なんでこうなるんだ……」
「余も、相手が卿とは聞かされていなかった」

広大な空中英国式庭園には春の薔薇が咲き誇り、少しだが八重桜と藤棚にも淡やかなパープルグラデーションの色彩が残っている。花弁を重く濡らす雨がなければ、地上75階の82番テラス席からは最高の眺望だったはず。「和やかに」と言う意味でこのシートは、こうしたお見合いの予約が殺到し、リザーブする専門の業者に頼み込む親達も多いと聞く。今回は天瑪自ら馴染みの支配人からのお伺いに、そのまま承知するメッセージを返した。

駄目だ、もう何回目か忘れたけど、相手の名前も確認せずに適当な会席を承諾するなんて……。先月のコンペ戦線に疲れ切っていたんだよな……。

昨日は自分のデザイン案が通過したCADの最終見直しをしたまま寝てしまい、家のヘルパーロボットに起こされたのは、このホテルに入る30分前。慌ててシャワーを浴び半濡れのままで、気に入りのコムデギャルソンのコットンレースシャツを肩に引っ掛けつつ、ドゥカティ400ccを京浜高速33号に滑り込ませて辿り着いた。

まだ約束の相手が到着していないと知り、ホテルラウンジのソファ席で腰まで伸びている黒髪をタオルで拭っていたが、顔馴染みのボーイに案内されたテラス席で待っていたのは、子供の頃から因縁深きこのアルファ・ハイブリッダー。

「卿は、いつもこのような席に顔を見せるのか」
「いつもって言うか、僕はクシィー・フォロアーだから。一か月に二回はお見合いに出席しないとならなくて」
「エンゲージ会員契約をすれば、遺伝子提供リストから外されるからか」
「奨学金も返金免除のうえで、木星移住の税金も大幅免除になるし。老後積立も三割負担してもらえるからね」
「現実的なのだな、卿は。学生時代とは変わったようだ」




ちくしょう、その話題がやっぱりきたか。忘れていてくれたらと思ったが、現実はそんなに甘くはない。さすがに並いるハイブリットの優等生達を退け、王立大学院から主席で続き士官学校を卒業した男の記憶力だ。

「十二の夏に」

苦々しい過去のトラブルを思い出した天瑪の表情を読んだのだろう、「蒼の君、ブルー・ハイネス」は、美しい所作でムニエルを捌きながらバリトンボイスで淡々と告げる。カトラリーを操る陶器のような白くて長い指に、自然と視線が吸い込まれた。

天瑪と同じ場所に独特の胼胝と肉刺が固く落ち着いているのは、彼が前線配備の軍人として生きてきた証拠だ。両肩や腕にも柔術高段者としての、筋肉の張りが目立つ。

「余が組み手の授業で手加減した事を怒っているのか、それとも卿が余を殴った時に、右手の指二本を骨折した怪我について恨んでいるのか」
「………もう忘れたよ。お互い、いい加減二十七歳の大人でしょ」

苛々する感情を押し殺し、天瑪がラム肉のハーブ焼きを切り刻みながら応える。緩やかなウェーブの長髪を肩で揺らしている白銀の貴公子は、一度その彫刻のような唇を開きかけたが、空気を察したらしく黙り込んだ。

なんだよ、やっぱり手加減してたって認めるのか。


確かにクスィーはアルファ・ハイブリットの高い身体能力や頑健さに届かないかもしれないが、それでも女性よりはずっと筋肉も強靭だし、骨格も頑丈だ。

「僕の名前を見合いリストに見つけて、そんな昔話をしにきたの? リーデンゲイツァー・フォン・ラグランジェ侯爵、それとも中佐と呼ぶべき? 長く天王星でツタンカーメン家に騎士奉公していた貴方が、そんな暇とは意外だな」

こんな、こんな喧嘩腰の台詞を並べるつもりはないのに、朝からの低気圧で偏頭痛が疎ましいからか、そろそろクシィーとしての生理周期が近いからなのか、天瑪自身にもよく分からない。

「今回は響・ツタンカーメン公爵が、余に実家に帰るよう進言下されたのだ。将来は太陽系連邦の行政府に連なる立場なら、子孫を残すのもまた義務の一つだと。卿は寝不足になる程の多忙のようだ。でなければ、因縁浅からぬ余の名前を見逃すはずが無い」


そうだよ! おっしゃる通りでございますよ、サー!!

何故、どうして子供の頃からこの美丈夫に、こんなにも神経を地味に逆撫でされるのか考えてみる。原因は間違いなく、彼が幼少時代から天瑪を社交界の令嬢扱いしているからなのだろう。「麗しのブルーハイネス」に選ばれる為に化粧をしてドレスを仕立て、必死に媚びるあの雌の集団と同じく。そう考えてしまうとどうしても言葉の節々が癪に触るし、態度がいちいち攻撃的になる。

アルバイトの一つだって体験していない財閥の御曹子、お前が相手なら男女誰でも喜んで股を開くとでも思っているのか。確かに木星外務省のいち事務官である父や、戦闘人型メカ・ナイファスの技術下士官に過ぎない母は、貴族位も持たない庶民層だ。しかし、ハイブリッダー貴族連中に見下されるような生き方は何一つしていない。



気まずい無言が数分続き、正直うんざりした天瑪は席を立ちたかった。だが規定のカップリング会席なので、約束の90分は少なくとも顔を見合わせていなければ仲介者の顔に泥を塗る。

「疲れた顔だ」
「へ? 僕?」
「ずっと徹夜仕事か? ナチュリアには堪えるだろう。好きなだけ食べるといい」
「……いや、でも……」
「余には構わず、食べなさい。……ゆっくりと、よく噛んで」
「……では、お言葉に甘えます」

黙って頷かれ、じゃあ遠慮なくとばかりに黙々とチキンサラダを口に運ぶ。

一昨日から仕事場に詰めきりで固形フードしか口にしていない身には、一流シェフが仕込んだイタリアンの味は涙が滲むほど美味だ。とにかく栄養と水分を補給する為に、前菜からトマトチャウダー、そしてメインの皿を綺麗に平らげる。正面に氷の美貌が座っていなければ、焼きたての輝くパンをリュックに数個突っ込みたかった。

黙り込んでいる二人の険悪さを見事にスルーしたプロのスタッフが、空になった皿を片付けて、一礼する。さすがにアルファ・ハイブリッダー御用達の一つ星ホテルだ。人員不足の太陽系でもヨコハマ区域ではまだ、ベータヒューマンのボーイやコンシェルジュが働いている。

木星まで離れると、裕福層のほとんどは庶民のベータクラスなので、働き手はロボットや厳しく躾された三級ビースターしかいない。太陽系連邦政府のお膝元としてのプライドが、まだ地球の片隅には人間そのものとして残っているのだろう。

「……なんか、見られてるね」
「そうか?」

……嫌だなぁ、なんでみんなこっちに意識を集めてるんだよ。自分らのお見合いに集中しろっての。

五階分まで吹き抜けになっているガラス張りのホールには、自分達と同じように交配ブリーリングデートに興じる男女がさざめき合っていた。見るからに華やかなハイブリッド・アルファクラスらしい長身と体格に、面長の端正な顔。それぞれが少しでも相手への印象を良くすべく、上物のスーツやアフタヌーンドレスに身を包んでいる。コットンシャツコーディネートの天瑪と、長い脚にブラックジーンズを履いた、アイボリーニットスタイルのラグランジュ侯爵は特に目立った。

「ねえ、あの二人……」
「六男坊とクスィーの東洋系じゃないか」
「ミスター・ブルーハイネスとバンビちゃんか。なんとも珍妙なカップルだなあ」


ほら〜、これだから嫌だったんだよ〜! 異種格闘技戦の凸凹コンビみたく笑われるのがわかってたから〜!!


この男と並ぶと、昔からから奇異の目で眺められる。生まれた家も環境も、身体の作りも外見もまさに全てが真逆なのだ。これだけ正反対な存在が家庭を持つなど、それ以前に交配相手として認知される可能性はほぼゼロだろう。今日のお見合いセッティングをした担当は何を考えているのか。

「………あのような連中の目を気にする必要は無い」
「あんたと違って僕は気にする」


ラグランジェ侯爵の六男坊はイタリアンローストのホットコーヒーを、東洋系バンビである天碼はローファットミルク多めのティーラテをコースの締めとする。残り時間はやっと、30分を切ってくれた。

どうせ会話もないのだし、ここは試合終了までマイペースで運ばせてもらうか。

「悪いけど、仕事をして良いかな。なるべく明日までに書き出しておきたいメモがあるから」
「卿の好きなように」

ノートパッドを出してセルフィアイと連動させると、自分がチーフとして進めている最新型ナイファスの設計CADが立ち上がる。これは上司である憂・キャスバリエ大佐から直々にオーダーされた特注の仕事だ。憧れの天空騎士に信頼された案件を、完璧に組み上げていきたい。

一度集中モードに入ると、外界の景色はシャットダウンされる。黙々とセルラーペンを走らせていると、デザートのコンポートが運ばれてきた。若きラグランジェ侯爵は事前にそれを断っていたらしく、芳醇な香りのコーヒーだけを含んでいる。

「メーライシャン少佐、休憩したら如何か。特別に取り寄せた天然の桃だ」
「……いただきます」

あれ、僕の好物が桃だって知ってたのか?

食べ物に罪はないし、何より出されたメニューを残すのは天瑪の倫理に反する。シャンパンゼリーにコーティングされたピーチクリームが、甘く緩やかに口中で溶けていく淡麗な味覚。さすがに上官相手に無礼を過ぎたかとテーブルの向こうを見ると、氷の貴公子は感情の乗らない紺碧の瞳で天瑪を眺めている。その視線には侮蔑も退屈も諦観もなく、ただひたすら深い海の色だけが沈澱していた。


「……今日さ、」
「なにか」
「軍服じゃないんだ。ラグランジェ家の六男坊ちゃんは、オフでも詰襟着込んでるかと思ってた」

ちょっとした冗談のつもりでジャブを投げ込んでみた。特に意味はない、ここで友人同士なら「そんなことあるかい!」とツッコミが入るし、親兄弟ならば「そんな可哀想なネタ、生真面目なエリートに飛ばすなよ」と苦笑しつつ末っ子を嗜めてくるだろう。


「…………今朝はかなり暖かいのでクリーニングに出してきた。卿は軍服が良かったか?」

『違う違う、そうじゃ、そうじゃな〜い』

脳裏で父が大好きな21世紀のアーティスト、マサユキ・スズキが朗々と歌う。そうでなくとも羨望を集める男と意味深なこの席で二人きり。そんな羞恥地獄は望んでいない。

「違くて。いくらなんでも休みのデートランチにアレで来られたら、僕だって引くよ」
「…………」
「その、よく似合ってるよ。オフはそういうカッコしてんの?」

なんだよ、その重い無言と深く考える顔は。軽く無視すりゃいいんだよ。

「白いニット姿とか初めてだから、驚いた。あんたもジーンズとか履くんだ」
「卿と会うのなら、この服装が良いと勧められた。好みなら僥倖」
「別に好きってんじゃないけど。ザ、お貴族エリート!的なオーラが半減して、まあ、なかなか良いんじゃないかとは思うよ」
「なるほど」

間が、間が全然持たない。ああもう帰りたい、軍の独身寮になっている狭いマンションへ、一分一秒でも早く!

焦るままにデータリンクに視線を落とすと、「少佐」と呼ばれる。アルファクラス特有の美しいバリトンボイス。仕方なくブルーのそれと視線を合わせた。

「余にそんなにも敵愾心を抱くのは、やはりクシィーの黒歴史があるからか」
「ああ? ……ああ、オメガ・セクシャルの話? あんたらアルファがオメガを食い物にして飼い殺しにしたり自殺に追い込んだりとか、もう200年も前だろ」

何を言い出すのかと拍子抜けする。アルファとベータ、オメガという性別区分けによる差別悲劇があったのは21世紀後半までだ。

自分達の望まない発情期やヒートに苦しみ、それによってレイプされたり売り飛ばされたり、「運命のアルファ、つがい」以外の子供を妊娠したまま自殺する男女の家畜オメガが溢れていた歴史がある。

そもそも、「産み増やすためだけの存在、オメガ」の人達は虚弱故にほとんどが死に絶え、その子孫である天瑪たちクスィー・ヒューマンが社会の表舞台へと台頭して100年になるのだ。何の抑止力も持たずに虐待され、保護も受けられず社会から見放されたオメガ・ヒューマンは、かつて自爆テロや集団自決を繰り返すようになった。

見かねた太陽系連邦政府の一部の良識ある政治家や、特に天王星を支配するツタンカーメン家が中心となって彼ら彼女らを保護し続けた結果が、クスィーという新しい性別だ。


「それに、あんただってオメガやクシィーヘイターってわけじゃないだろ。そうやって顔突き合わせたら、悪意を持ってるかどうか俺にはすぐわかるよ」
「クスィーの直感能力とやらか」
「まあ、そうだね」

膝上に置いていたナプキンで口元を拭い、「蒼の君」が天碼を正面から見つめる。複雑な虹彩が混ざるアクアマリンの中で、黒髪の自分がなんとも気まずい顔で座っていた。


「卿は、この見合いが終わっても次の交配候補者には困らぬのだろうな。次回は来月か?」
「……なんで? 関係ないでしょ」
「関係無くはない。余はこれから卿に、人生でただ一度の許しを乞うのだから」

何を、と天瑪が口を開くよりも早く、蒼の王子様と社交界で多くの羨望を独占する長身が、椅子から優雅に立ち上がる。

「余も、今日の卿の服装は好ましい。いや、今だけではなくいつも似合う見立てをしている」

んんん? なんだこの人。なんだかおかしなコトを言い出したぞ。しかもかなりの長台詞、こんなに喋れたのか、「蒼の君、ミスターブルーハイネス」!

「十二だったあの日も、卿は真っ白な服を着ていた……」


何か、とてつもなく嫌な予感がした。子供の頃から自分の第六感は的確なのだ。ひんやりした汗が自分の首筋を流れていくのに、天瑪は息を飲んだ。眼前にいつの間にか周り込んで来た長身の美丈夫が、ダークレッドのカーペットに膝を付いている。

あ、これ昔の映画配信でよく見た。すっごく心当たりがある。

「天瑪(アマメ)」

…………初めて呼ばれた、ファーストネーム……。

いやいやいやいや、違う! これはヤバい!ヤバいヤツだ!!!

「天碼・シェンライア・メーライシャン少佐。余と結婚して欲しい。お互いにとってこれが最上の運命なのだ」


その眼前の風景は、どこか白昼夢をみているかのように天碼にはまるで現実感が無かった。自然にそっと握られた自分の手を、二回り大きく逞しい白い指が包み込んでいる。

「やっちまった、あいつら!」
「マジかよ、アルファがクシィーを射止めたぜ!?」
「何年振りだ? マリッジ・ボムなんて!」

周囲から響く嬌声は、あんぐりと口を開いて硬直する天瑪・シャリング・メーライシャン少佐の鼓膜には全く届いていなかった。



【僕と彼のマリッジボム 第一話 終】

続き!↓



以前、なんとなくこういうインテリなお堅い青年を描きたいな〜と、練習してみた絵をAIに任せたら、とてもキャラクターのイメージ通りに仕上がってくれた「ブルー・ハイネス」ことラグランジェ侯爵↓FFの主役みたいな雰囲気だなあ。

またまた「創作大賞」の応募がスタートしたので、自分の中でまとめるべく、キャラクター原案の小説を書き出してみました。プロットなのでここから形を変えて投稿することになると思います。


天瑪に笑うと、こういう顔になる。

元絵はこれ↓



スキやコメントをいつもありがとうございます。偶然ここに辿り着いた貴方も、是非ごゆっくりお過ごし下さい。そしてお気に召したらフォローやオススメ、またはそちらのnoteにてご紹介などをよろしくお願いします。


この記事が参加している募集

私の作品紹介

マダム、ムッシュ、貧しい哀れなガンダムオタクにお恵みを……。