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僕と彼氏のメイ、ジューン、ジュライ①

↑前のお話

↑シリーズの基礎設定。オメガバースの進化編。



「初夏を聴く五月の終わりから、六月……? いや七月の最初の週くらいには、あの忌まわしい蒸し暑さが小さな島全体を覆うよな。なあ、覚えているか? 懐かしいよ。燃えるような蝉の羽音、タタミ敷きの平屋に、虫取り線香の薬臭さも。ああ、本当に懐かしいよ、懐かしい……。みんな、まだ十五歳で、無知なっ、子供で。……っ、すまない……、ッ、ど、どうしてこのナンバーに掛けてしまったのか、ハハ、分からないよ……。…………ああそうだ、初恋の君によろしくな。長い想いが報われる幸せを、心から祈っ」

『送信者のメモリ不足により、回線が切断されました。こちらからリダイヤルを致しますか?』
「……無用である。明日のメーライシャン少佐のスケジュール進行は?」
『順調です。本日の10時には、予定通りツアーに参加されます』
「わかった、確認を終える」
『イエス、マスター・ラグランジェ』

セルフィアイ端末のライトを落とし、銀髪碧眼の青年は太陽系統帥本部ビルのオフィスにて、椅子に深く座り長い脚を組む。上級将官にのみ許された漆黒の軍服が、彼の鋭利な美貌を更に際立たせていた。

「友の最期の励ましが途中切れとは、どうにもやり切れないものだな……」



2400年頃の小田原周辺。アルファによる再開発が進み、ミドル層向け高級ホテル温泉地化。



「初夏を聴く宴にいらっしゃいませんか?」

そんな軽やかな着信ボイスを落とし、セルフィアイ端末に届いた旅行会社からのメッセージ。

「オダワラか、城の改築も終わったらしいもんな」


天碼(あまめ)・シェンライア・メーライシャン少佐は27歳。23世紀に稀少絶滅危惧種とされるクスィー・セクシャルの一人だ。かつてアルファ、ベータ、オメガと「第二性別」は三つに分かれていたが、21世紀末までにオメガと識別されていた人々の多くは、残酷な性差別や虐待に耐えられず大量自殺をしたり、自爆テロにより純粋種はほぼ絶滅したと言われる。

優生遺伝子配合やクローニング技術で人類の頂点に君臨していたアルファ性の人類は、そのずば抜けた頭脳を継承させる為に、伴侶になるべくオメガと当然子供も手に入れられずに、男女共に深刻な少子化の一途を辿っていた。

だが23世紀初頭から、マザーAI「ヒュートラン」に厳重に保護されていたオメガ種の中から、精巣と子宮、卵巣を持つ新人類が自然受胎のみで産まれるようになり、少しずつだが数を増やしていった。天碼はそんなクスィーアンの一人だ。



14歳の頃の天碼、第二次成長期を迎えた頃。


ここ半世紀の研究により、クスィー・セクシャルの人々は、オメガ性の奇跡的な進化形態であると生物科学的に立証されている。発情期になれば性的欲望の飢餓地獄に陥り、アルファのフェロモンに服従しなければ生きていかれない哀れな人類。ベータからは侮蔑の唾を吐き捨てられて、アルファには性の奴隷として使い捨てにされていた。

彼ら彼女らは身体的にも貧弱で、内蔵器官や運動能力もアルファのハイブリッド・チャイルドには大きく劣っており、望まれていたのはひたすら強い妊娠率と繁殖力のみ。胎児はほぼ優生種アルファか、次なる増産力となるオメガ。

しかし、オメガから進化したと言われるクスィーには、性的欲望や恋愛思考がまるで無く、アルファを必要としない精神と肉体で自立し、未来を築き上げている。


オメガがほぼ死滅してしまった太陽系において、クスィーアンはアルファノイドにとって、唯一自分達の子孫を残してくれる希望。だが、その「運命のつがい」と認められた者は歴史上にもわずか数人のみ。結婚や出産に多額の報奨金を政府から保証されるにも関わらず、独身のまま生涯を終えるクスィーが圧倒的に多いからだ。


天瑪も例外なく恋愛や結婚、ましてや出産などに全く興味の持てない典型的アロマンティック・クスィーアンである。オメガ系クスィーだった母親は天碼をアルファ父との間に生み落とし、また親友夫婦に精子提供をした、遺伝子上の双子の兄の父でもある。いずれは兄達がその血を残していくだろうと、末っ子は幼い頃からのんびりと自由を堪能しきっていた。



リーデンゲイツァー・フォン・ラグランジェ侯爵。太陽系連邦の統合本部副長、中佐。



「天碼・シェンライア・メーライシャン少佐。余と結婚して欲しい。お互いにとってこれが最上の運命なのだ」


悠長に中流独身を楽しんでいたある日、天瑪の楽天人生に「マリッジ・ボム」を投げつけてきたアルファ・エリートが立ちはだかる。



太陽系社交界において、「蒼の君、ブルーハイネス」と、多くの男女からの憧れを独占するリーデンゲイツァー・フォン・ラグランジェ侯爵。彼が衆目の前で天瑪に跪いた日から、スムーズに進んで来た人生がおかしな方向へ歪み始めた。

彼に恥をかかせないようにその場では承諾の返事を返したが、「絶対に婚約も結婚もしない」と、ラグランジェ侯爵には断言しきっている。だがクスィーアンとして、これからも多々政府から押し付けられるだろう見合い縁談を回避するには、形だけでも二人で暮らすことが最適だ。

自然消滅への下り坂を転落し続ける人類へ、マザーAI「ヒュートラン」は、危機的な未来を回避させるべく、アルファノイドやクスィーアンに対し、大幅な減税に加えて、火星や木星移住費と永住権取得費の助成金を保証している。また貧しいクスィーに対しては奨学金の全額返金無効と、老後の安泰を確約していた。

それだけに、独身者に対しての強引なお見合いや顔見せ、ブリーディングに対しては半強制的な執政を行使している。当然、離婚した際のフォローも万全に整えられているが、一向に婚姻率は上がらなかった。

その義務に嫌々従う天碼に、悪魔アスタロッツァの如き甘やかな声でこう囁いたのが「蒼の君、ブルーハイネス」こと、ラグランジェ侯爵だ。


「余は、けして卿の悪いようにはしない。これを受ければ、明日からは無益な相手と会う必要も無くなる」

「気にいらなければ、そちらから余を離縁すれば良い。この手を取るのだ、頼む……、天瑪・メーライシャン少佐」


それから三ヶ月、太陽系連邦軍のアルファノイド・エリートである彼に相応しい海に浮かぶ城、ハヤマ・グランドセンチネルにて、奇妙な共同生活が続いている。



27歳の天碼・メーライシャン技術士官、少佐。



毎年、地球の旧日本領であったオダワラエリアへ、紫陽花と菖蒲の花、そしてクローン技術の結晶「イツワリホタル」を観に行くのは、インドア派である天碼の珍しいルーティーンだ。

富士山の近くには、ハコネ地区や伊豆半島など名湯の宝庫が転在。ワーカホリックな生活を重ねているせいで、溜まりきっている有給休暇消化にちょうど良くスケジューリングしている。

しかしながら、アルファやA級富裕層のベータ人種が同じく集まってくる季節とあって、カジュアルなホテルもツアープランも早めに完売してしまうことから、毎年混み合うエアトレイン・エコノミーの狭いシートにて、窮屈な往復を過ごすばかりだった。

「余の名前を使って、プレミアムシートを予約すれば良い。このような時こその利点ではないか」

形だけの婚約者が久しぶりに同席した、二人だけのランチタイム。電子チケットをシルクのクロスに滑らせてきた長くしなやかな指には驚いた。天碼の数少ない贅沢を、いつから調べていたのだろう。

「都合良く余を利用するべきだ。アルファの夫婦席ならば、警備も厳重になるだろう。卿は普段から働き過ぎている。ゆるりと数日休みなさい」

年代物の白ワインで唇を濡らし、バター蒸しムニエルを美しい所作で捌いている、相変わらず伝説のアポロニアスを彷彿とさせる「婚約者(仮)」をぼんやり眺めていた自分は、きっと寝不足だったのだと思う。

「……なら、共犯者の責任として僕と一緒に出かけない? 侯爵も対テロ演習がひと段落したら、ちょっとは休めるんでしょ?」

瞬間、完璧なテーブルマナーが、皿を叩くナイフの音で軽く弾けた。



天碼と侯爵が住む、ハヤマエリアの海岸。浮かぶのは二人の住むマンション。


「あ〜もう! 余計な一言だったよな〜、明らかに!」


シンジュク・ステーションの最上階にある、アルファ高級将官用のレストルーム。天碼は着替え終わった軍服をサイボット・コンシェルジュに預け、代わりに受け取ったイッセイ・プリーツのスポーティピースに袖を通し終えたところで愚痴った。

「応える気もない相手にこう……、兄貴達みたいに甘やかされると、末っ子体質としてどっぷり頼っちゃうんだよなあ。実際に便利だし、特権階級扱いでどこでも優先されるし」


そうでなくとも、超高級アルファノイドのみに許される海の城に「体験生活」として同居しているのである。バスルームもトイレも寝室もウォークインクローゼットも、全て一人ずつに分割された共働き夫婦用マンションなのだが、広いリビングとダイニングキッチンは共有だ。


「……居候だからって弁当作ってやったら、めらえっさビックリこきまろだったな、ブルー・ハイネスめ」


世間様の視線を誤魔化す為に「偽物の婚約者」を演じ切ろうと天瑪はそこそこ意気込んではいたが、元々の性格が誰に対してもオープンなので、同じ屋根の下に一週間もいれば惰性も出てきてしまう。

それまではボロボロの士官寮でなんとか食費を削るべく、毎日の昼ごはんは手作り弁当だった。中身はスーパーのセールだった冷凍食品や、前の晩に煮込んだカレー、シチュー、パスタの残り物。夜は半額になったコンビニ食品。

お互い軍務で、ラグランジェ侯爵は激務の統帥本部副長。天碼自身も、最近注目されるライディング・ユニット開発チームのリーダーとして多忙の日々だ。

しかしながら、無料でセレブレティ・エリアに住まわせてもらっている罪悪感がなんとなく偲びなくて、ある朝二人分の弁当箱をテーブルに乗せておいた。

アルファの成人貴族男性がどれほどの食事量を摂取するのか、好き嫌いや好みの味が何か全く不透明だったが、彼ら彼女らにはアレルギーもなく体質的な不安はない。

前の晩に作って一人で食べたアボカドハンバーグと、オニオングラタンスープ、雑穀米のライスに茹でたブロッコリーを適当にパウチバックへ詰め込んで、「良かったらランチに」とメモ書きして、先にマンションを出た。


セルフィアイにトーキングコールが入ったのは、15時過ぎだったと思う。

『食事を、どうもありがとう』
「どういたしまして、昨日の余りで悪いけど」
『また、余裕がある日に食べられたら、とても嬉しい。美味だった』

自炊をする者として、やはり料理を褒められれば誰でも嬉しい。仕事は忙しいが、特に趣味を持たない天碼にとってキッチンに立つ習慣は最大のストレス解消である。その日から、なるべく残業を減らし、17時にはオフィスを出るように心掛けた。

晩ご飯と翌日の弁当のレシピをバランス良く考えつつ、侯爵が「好きなように使いなさい。足らなければメモを」と仕入れていた豊富な食材で、思い切り腕を奮った。最高級のビーフ肉もラムチョップもワインも、調味料かつオリーブオイルも。そしてナイフや中華包丁、ブランドミキサーセットも初めて使うものばかり。

食材への出費を迷わなくなると、ひたすら身体的に良い肉や野菜、魚中心のメニューを並べられる。

使い捨てバッグに入れているので、侯爵が果たして本当に全て食べ尽くしているか確認はできないが、自分よりも三時間程遅く帰宅すると、「あのスープはまた飲みたい」「どれも美味いが、特にキャベツロールは好きだ」などと話してくれる。

そして気付けば天瑪自身も、コンビニや人造ミールを使用した脂濃い弁当を食べる日がなくなり、内臓脂肪が減って気になっていた血糖値も少し下がった。肌も艶が良くなり、生理中も爪が割れる事も無くなって、宗教上の問題で伸ばしている長い髪も枝切れしない。

二人の休みが合うように、侯爵はかなりスケジュールを細やかに調整していて、水曜日と土日には下階のリストランテにて、ブランチやディナーを食べる。

「疲れているなら、外で食べよう。それともデリバリーが良いのか?」


二人とも共通してよく食べる、休日のパンケーキ。


「友達付き合いとしてのルームシェアなら、最高の相手なんだよなあ……」


本来ならばラグランジェ太公家の六男として結婚式を強引に進め、天碼に初夜の儀式を命令させられる身分の持ち主である。後継者を必須とする名門のアルファ軍人として、家からも重圧を受けているだろうに。本当に誠実で優しく、思い遣りに溢れている男だとつくづく知り尽くした。出会った頃は「アルファのお坊ちゃん」と敬遠していたが、今は好意しか持てない。

だが、性的な相手として受け入れられるかは別問題なのだ。二人の間に、その価値観差が永遠の峡谷として横たわっている。


『エアロマンスカー、菖蒲号は間もなく発車致します。お客様はシートにお座りになって下さい』

全室オープンビューの個室に、アナウンスが流れる。

「今頃、弁当食べ終わったかな」

婚約者(仮)の彼は、有給を取った天碼を起こさないままに早朝、愛車であるアクアブルーのシトロエンを駆って仕事に出て行った。お互い、今夜は外食だ。こじんまりとした老舗温泉旅館に一泊、夜はご無沙汰の鰻重を予約してある。

「失礼する」
「あれ、えっ、どうしたの!?」

軽めのノックが二回、返事をしない間もなくプレミアムルームへと銀髪碧眼の、つい今も思い出していたリーデンゲイツァー・フォン・ラグランジェ侯爵が滑り込んできた。

いつも整えられている長髪は汗に乱れ、軍服から着替えたのか天瑪がプレゼントとして贈った、グレープリントTシャツにブルーデニム、蒼いハーフカーディガン姿。ただ一つだけ、足元に輝く漆黒の革靴だけが異様だった。アルマーニの牛革だろう、いつも見慣れたクラシカルデザインだ。

「すまない、突然……。葬儀が早く終わったのでな。まだ間に合うかと」
「葬儀!? 聞いてなかったけど……、その、もう良いの?」
「ああ、終わった」
「と、とにかく座りなよ。あんたが汗かいてるとこ、初めて見たよ」

今まで寂しいくらいに広く感じられたパーティーションが、彼の大柄な存在感で一気に華やぐ。不謹慎だが、ほんのちょっとだけ、はしゃいでしまいそうな高揚を抑えられない。

「その、魚……」
「なに? あ、このTシャツ? 気に入ったから結構着回してるよ」

少し前に、タケシタ・ストリートにてラグランジュ侯爵が天碼の着替え用に、家に買い溜めしておいた金魚柄の商品だ。コットン特有の吸水力も速乾性も感触も好きで、もう一枚自分で違う柄を購入しようかと考えている。あれ以来、店長ともすっかり馴染みになり、時々店内で珈琲やお茶を楽しむ仲だ。

「卿に貰った服だが、着こなしはこれで間違いないか?」
「大丈夫、髪の毛は鳥の巣みたくなってるけどね。ちょっと後ろ向いてくれる? あ、ハンドタオル使って」
「ありがとう」

胸元に「無敵の純愛男子!」と書かれたTシャツを着た長身の美丈夫が、苺プリントのタオルで顔から首筋の汗を拭う。天碼は普段からポーチに入れている折り畳みブラシで、その銀糸を解いた。芯がしなやかで、癖がかなり強くうねっているウェーブだが、彼の性格そのままに素直だ。

「AI、ニュースを」
『イエス、マスター・ラグランジェ』

最新型の液晶パネルから、慌ただしいマスコミドローンの映像が飛び出してきた。

『……未明、亡くなられたアルフォード・フォン・リストベル男爵は28歳。アルファの名門リストベル家の長男で一人息子でした。数々の武勲を上げられた英雄の突然の自死に困惑したのか、軍部も公式な発表をしないまま、先程身内のみの葬儀が終えられた模様です』


画面に幾つか映し出され、流れ去っていく軍曹姿のその青年の顔も髪も瞳も、そして何より冷涼な面差しも。目の前で汗を拭く青年とよく似ていた。

「ねぇ、この人ってさ……」
「従兄弟だ、父方の。一昨日、余の個人端末にこれが」

サイドテーブルに、彼がいつもの長い指でセルフィアイを滑らせる。


「初夏を聴く五月の終わりから、六月……? いや七月の最初の週くらいには、あの忌まわしい蒸し暑さが小さな島全体を覆うよな。なあ、覚えているか? 懐かしいよ。燃えるような蝉の羽音、タタミ敷きの平屋に、虫取り線香の薬臭さも。ああ、本当に懐かしいよ、懐かしい……。みんな、まだ十五歳で、無知なっ、子供で。……っ、すまない……、ッ、ど、どうしてこのナンバーに掛けてしまったのか、ハハ、分からないよ……。…………ああそうだ、初恋の君によろしくな。長い想いが報われる幸せを、心から祈っ」


プツリと、音源が切られて室内が灰色の沈黙に包まれる。

「……遺言、みたいだね」
「おそらくはそうだろう。何故、余にだけ残したのかが分からない。大学までは同窓だったが、この数年は直接会う機会も少なくて。アルは……、従兄はアルファ女性達と結婚も長く続いていて、五人も子供を人工授精に成功させていた」


天瑪は侯爵の長髪を軽めの編み込みにまとめて、自分が愛用しているヘアゴムで結び、ライムヴァーベナのヘアミストで少しだけ濡らした。リュックに入れていたウォーターボトルを手渡す。

「ご葬儀、お疲れ様でした」
シートに腰かけたままで、天碼がペコリと頭を下げると、
「いたみいります」侯爵もまた律儀に返す。


「恋愛結婚……、なわけないか。全員が親同士の決めた奥さん達だったの?」
「うむ、四回ブリーリングを成功させて男爵家も安泰と聞き、幸せだとばかり……」
「……結婚と子作りがスムーズだったからって、本人の幸せがそこにあったかは不透明だろ」

すぐ傍で話を聞いていた仮初の婚約者の言葉に、ラグランジェ侯爵は言葉を飲み込む。深いアメジストの瞳は真っ直ぐ、相手のスレートブルーを反射させていた。

「そうだろうか」
「さあ、人によるかな。でも少なくとも、僕は結婚イコール幸せという思考には同意しないね。そもそも、家同士の決めた相手と……、それも複数なんて。アルファにとっては当たり前かもだけど、僕なら絶対に嫌だし、なんだか」

……なんだか、赤ん坊製造マシーンみたい。

蒼の君、社交界のブルー・ハイネスは言葉を失う。すっかり沈澱した空気感に、黒髪の婚約者は「でも、侯爵が来てくれて嬉しいよ」と柔らかく微笑んでくれた。

「今日は、一人で食事をしたくなかったのだ」
「うん」
「すまない、卿はひとり旅を好むというのに」
「僕も、ちょっと寂しかったよ。三日間、ほとんど話していなかったもんね」


小さな指が、一瞬迷ってから銀色の前髪を解く。侯爵は驚いて肩を振るわせる。天碼が自分から肌に直接、触れてくれるなど。


『お客様、右手をご覧下さい。このトンネルを抜けると初夏の富士山がパノラマ状に眺められます。カメラをご準備の方はサンルーフ室へどうぞ。シャッターチャンスを逃さずに』

「僕、撮影しに行ってくるね。侯爵も落ち着いたら来てみて。今頃の富士山はとっても綺麗だよ」

咄嗟に、二回り小柄な背中に手を伸ばしたが、そのまま黒鳳蝶は飛び去ってしまった。まだ頬に彼の指の優しさが残っている。数分間、ラグランジェ侯爵は立ち上がれなかった。

「結婚や子供が幸せとは限らない」

その言葉は、深く自分の奥の何かを抉った。だが瞬時に癒しの体温が与えられたせいなのか、血が溢れる前に傷は治癒し乾いてしまう。

「それでも、この時間。余はとても幸せだ……」

名ばかりの婚約者の後を追うべく、銀髪の貴公子は光溢れる初夏の車窓へ、飛び出した。


【僕と彼氏の、メイ、ジューン、ジュライ】


すみません! もっと続きが描きたかったんですけど、早起きして山形県米沢市に向かわねばならんので、今回はここまで!! チェックは旅館でしますね!!
新幹線にて、上杉謙信公のお膝元へ行きます!!!

チェック、取り敢えず終わりました。今夜は米沢市の奥地にある、水田に囲まれた秘湯にて一泊。明日は高速バスで仙台へ行くかな〜。




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