見出し画像

猫とジゴロ 第一話

俺はアキラ、今年の7月で48になる猫好きのフーテンの身って所だ。フーテンの癖に偉そうな言葉遣いで本当に申し訳なく思う。そもそもなんで猫が好きかっていうとね、単純に「人間におもねる所がない」って所だね。そう、猫は人に媚びたりへつらったりしないんだ、自由気ままに好きなときに好きな事をするし、その事で飼い主の顔色を伺う事なんかない。そういう無頼なところが俺自身の理想、つまり「俺は猫のように自由になりたい」っていつも思っているんだ。今も浮間船渡にある大きな工場で「軽作業っていう名前の重労働」でコツコツ稼いている身だ。先輩のおじさんなんかさ、時給千円の仕事こなすのに2千円もするユンケルを飲んでいるよ。俺は内心「馬鹿だなあ」って思ってるけど、おじさんにしたら真剣に生きているんだよね、多分。だから大きなお世話と思って何も言わねえんだ。

そこへ(名ばかりで年下の)上司から喝が入る。「おいおっさんよ、何ぼっとしてんの?」「いや仕事一段落したしちょっと皆んなで休ませて貰っていたっていうか」「あ?何だよさっきの仕事終わったんだら言ってよ、何サボってんの?」「サボっているって…」「はい、これであの緑の機械を包んで」「ういっす」プチプチ潰せる緩衝材で丁寧に機械を包んでいく。中腰で大きな緩衝材のロールを動かして巻いて行くのは意外と労作業になるんだけど、こればっかりはやった事ないやつには分からないだろうな。ついでにこのテコでも動かなさそうな重機を運ばさせられるんじゃねえかとヒヤヒヤもんだったよ。実は悪い予感は的中しちまうんだけどね。そんで疲労困憊で、最後の(正式な)休憩時間になった。

俺だって一応、某有名大学出ているんだぜ、でも人生色々失敗しすぎちまってね、まあ今は底辺フリーターだよ。『毎日お仕事サイトジョブクール』っていうサイトが俺のお気に入りでね、条件に合う仕事がホイホイ送られてくるんだけど、どれも「軽作業」絡みだね。俺も手に職つけとくべきだったよ。そこへ後輩くんがズイズイと身体を寄せてきてスマホの画面を見せてきたんだ。「『レンタルおじさん』って知ってますか?これなんすけど…テレビドラマにもなったくらい有名で」「そんな有名なんじゃ競争率も高いんだろうな」「いやまあよく見て下さいよ。レンタルおじさんの横の募集っすよ。住み込み。猫の世話。給与応相談。」「何だこりゃ、面白そうだけどさ、めちゃ給料低いんじゃないの?」「アキラさん応募してみて下さいよ。ほらアキラさん「履歴書美人」だし。」「そうだなあ。」アキラはURLを送って貰ってチマチマ入力しだした。株式会社福六園か、何だお茶屋さんかな?まあいいや、善は急げだ面談希望日は「明日」と。

おーいバイトさん達、仕事だよ仕事!。俺はまた重作業のルーティンの渦の中で体力を奪われていった。

今日の仕事が終わって埼京線の駅まで結構な距離を歩く。季節は4月。桜の季節だったが、アキラにとっては良いことも悪いこともなく入学も卒業もなく、ただひたすらこの季節特有の心の移ろいを感じていた。アキラの家のある赤羽から面接会場の銀座までスマホで経路を確認する。所要時間30分か、まあ明日はバイトしないでこの面接にかけてみよう。福六園ねえ。まあ、お茶の知識要らないみたいだからね。緑茶は俺も大好きだ。とにかく今日まで「軽作業」5連チャンだったから体の節々が痛くって堪らない。スーツだよなあやっぱり、入るかなあサイズ。ってかさ、書類審査で落ちることが殆どだったからね、全面的に期待していないんだ。まあいいや、今日は寝ちまおう、もう本当に疲れているし。ビートルズの『A hard day's night』を口ずさんだ。カップヌードルを啜ってからふて寝と決め込んだよ。

アキラが眠りに落ちそうな時間にスマホが鳴ってメールが届いている事を知らせた。アキラはもぞもぞと目を擦りながら画面を見た。

「書類審査合格のお知らせです。明日の面接会場の住所と地図です。それではご希望の午前10時に。お会いできるのを楽しみにしています。福六園東京本店支配人/福六園祥子。」俺は予想外の苗字にびっくりしながらも神様に感謝しながら眠りについた。