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猫とジゴロ 第二十五話

マダムは俺の様子を伺っている。「あのマダム、俺はね誕生日だの血液型だの占いって大嫌いなんだ。だってさ、そんなチマチマしたことで人生が決まっちまうなんて如何にもこうにも解せないと思わねえかな。俺はまっぴらごめんだね、そんな不条理な人生の水先案内は」「そうね。確かに生まれた時期で宿命が決まっているなんてあなたのおっしゃる通り理不尽なことだわ。でもあなたは宿命ってものは信じていらっしゃるのかしら」「うん。そいつはある程度は信じてる世の中には色んな渦が巻いていて、求心力っていうんだっけ?何だかその渦に巻き込まれちまうやつと悠々と泳いで行く奴と二通りの人種がいるって気はするね」マダムは一切俺の目から視線をずらさずに言った「求心力。」それは詰将棋で確実に勝利へと駒を進めていく華麗な棋士の一手に思えた。マダムは数十手先まで駒の動きを読んでいる。むしろ渦を起こして俺を術中に嵌めようと目論む才覚さえ匂わせている。俺は睨めっこは強い方だけど、今回ばかりは白旗だ。俺はナイフとフォークを置いて続けた。「だってさ、例えばカラスの子はさ大抵は5、6月生まれだろ。そしたら皆んなおんなじ宿命を背負って産まれてくるってことになっちまうだろう。そんなヘンテコな話はないよ。人間くらいだろう年中発情して子作りしちまうのは。」するとマダムはクイっと食前酒を開けると、再び左手を上げた。

斉藤さんが飛んできてまだ何やらマダムが指示を出している「ワインを飲みませんこと?あなたはお酒がたいそうお好きそうだし。違うかしら?」「うん肉にはワインだね。赤だな。」「フェウド・アランチョ・シラー。シチリア島のワインよ。ラムをよく食べるのはフランス人だけど、珍しいワインをあなたに試して欲しいの。」「いいね」そう答えたものの、俺はシチリア島は南イタリアにあると言うことくらいは分かったが、イタリア人がラムを好んで食べるのかは皆目見当がつかなかった。マダムはまた頭の中で将棋の続きをやっているように、眉間に皺を寄せたり、たまに瞳を閉じてフォークをくるくると回していた。「マダムの職業はお茶屋さんだろう?俺は猫使いだけどさ。そもそもなんで俺みたいな馬の骨を雇ったのか気になってね。」

斉藤さんはワインクーラーに入ったそのシチリアワインのボトルと大袈裟なほど大きなワイングラスを二つ持ってきた。斉藤さんはマダムといる時には、俺と二人っきりの時のように気さくに話すことはなかった。その敬意を払っていると言うよりも畏敬の念にかられているんじゃないかと思うくらいにいつも以上に背筋が伸びている。斉藤さんはワインのボトルを大きな真っ白いナプキンで包みながら持つと俺の前に置かれた大きなワイングラスに少し注いだ。俺は緊張しながらナイフとフォークでラムチョップと戦っている。斉藤さんが痺れを切らして言った「お味の方、いかがでしょうか?」おお、何だその、テイスティングってやつかい。マダムは頭の中で勝利を確信したかのように言い放った「普通ならホスト役がテイスティングするものだけれど今日はあなたにテーブルマナーというものを教えてあげましょう。さあ、どうぞ」参ったなあ。ワインの味見の仕方なんてとんと見当がつかない。おれは覚悟を決めて注がれた少量のワインを口に含んで、リステリンで口を洗う時のように、クチュクチュと口の中でワインを転がした。

それから?それからどうすんだろ。俺はヤケクソ気味に言った。「うまいね。これでいいよ」マダムは今にも吹き出しそうな顔で俺の一挙一動一頭足を見逃すまいと物珍しそうに眺めている。

「マダムさんよ。俺の質問はどっかにしまわれちゃったのかな、そのマダムの頭の中にあるたっくさんの引き出しの何処かにさ。」斉藤さんは静かにワインを注ぎ、同じようにマダムのグラスにも注いでからボトルをナプキンで丁寧に拭きながらワインクーラーに戻した。

「私が何故あなたを選んだのか知りたいのね?良いでしょう」

マダムはワインを楽しみながら同時に俺との会話も楽しんている様子で続けた。「私は京都の古いお茶屋の娘として生を受けました。もっともご存知の通り今は銀座にある東京支店の支配人を勤めておりますが。」全く占いに興味がなくて安心したよ。俺は再びラムチョップに取り掛かったが何となく肩透かしを食らったようで気まずくなりラムチョップに恨みがあるかのようにナイフを派手に動かしたが、何だか面倒になってナイフとフォークを置き、ラムの骨の付け根を持つとそのままかぶり付いて肉を噛み切った。明らかにマダムは笑っている。

「良いでしょう。」俺はラムを味わいながらマダムの一言を頭の中で咀嚼した。