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猫とジゴロ 第五十五話

カルガモのつがいは、中々我々の座っているベンチの前から離れようとしない。餌をあげる人が多いのかな、俺はつがいのカルガモを見て何だか一人ぼっちなのは俺だけじゃないか、とまた例の将来に対する不安感が頭をもたげてきた。「あのう、私達邪魔なんじゃないかしら。アキラさんは一人で何か真剣に考えなければならない懸案事項がおありになって、それで公園に行きたかったんじゃないかという気がして来ました。」俺は言った「いやそんな大層なもんじゃないんです、確かに悩みがないと言えば嘘になる」「やっぱり、私達この辺でお暇した方が良さそうですね。何だか気が利かなくて、お義父さまやお義母さまにいつも叱られてばかりで」何だかこの人は若い割にはしっかりしていると言うか、とっても軽薄な言い方だけど育ちの良さが言葉の端々に滲み出ていた。もしかしたら、こう言ういかにも他人に構う余裕のある人に相談した方が、早く正解に辿り着けそうな気もして来ていた。

「あのう、実はこれは別に信じてもらえなくてもしょうがないから、うん、あまりにも突拍子がないというか、まあ女性の方が得意な分野かもしれないと思って。軽い気持ちで聞いて欲しいんだけれども。」「いえ、どんな悩み事もご本人にしてみればとても大切なことばかりだと思います。私で良かったら、その、何かのご縁があっての事だと思いますし。増してや、とても危ないところを助けて頂いて。本当にお役に立てるかどうかは分かりませんが、言葉にして発した方が良いことも多々あります。私なんかは本当にお喋りなんで、喋りながら考えるというか、男性の論理性たっぷりで積み上げた立派な言葉みたいにはまともに聞こえないかもしれません。気持ちだけは分かって欲しいんです。」「いやね、俺はこう言う話はとんと信じていなかったんだけれどもね」俺は真姿の池の弁天様での出来事をかいつまんで説明してから、様々な色のベールについて話した。

大体の女子は、こういったスピリチュアル(何だかこの単語自体が胡散臭い使われ方をされて一人歩きしている気がしなくもないんだけど、他にうまい言葉が見つからないので)な事を素直に受け止める、何というか物事を捉える感覚自体が違うように思っていたのでダメ元で話したんだよね。「ああ、私も一時期、美輪明宏さんと江原啓之さんの番組にハマっていた事もあるし、あとユーミン、あの松任谷由美さんとかもスピリチュアルな話をよくされるし、個人的には興味のある分野のお話ではあります。特に江原さんなんか本まで買って。私のオーラは黄緑色らしくて、あのう、本の中にフローチャートっていうんですか?イエスならこっちノーならあっちとか、色んな質問に答えた結果でオーラの色が分かるという内容で。まあ、占いとどう違うのかうまく答えられないけれども、何だか私は素直に信じちゃう方なんで黄緑色のものを探して身につけたりしていました。今思うと胡散臭いと言えばそれまでなんですけど。」

俺はやはりこういう若い女性の方が、この手の荒唐無稽な話でもすんなり受け止める純粋さ、というと成熟した女性に失礼に当たるけれども、とにかく相談して良かったなあと思うほどに手応えを感じさせられる返答だった。「アキラさんって色彩感覚はおありになる方かしら?」「色彩感覚ねえ、視力はめっちゃ良くて両目とも1.5だなあ、色弱や色盲と言われたことはないけれども、かといって色彩感覚が豊かだなんて人様から言われたことはないなあ」「弁天さまにお参りしたときに太鼓の音がしたって仰っていたけれど、それって良く、例えば最近運が悪いとか、これから大事な決め事があるとかっていう時に、良くお祓いをして貰うじゃないですか。そんな時によく大仰な太鼓を叩く気がしていて。アキラさんが聞いたらショックとまではいかないにせよ、あまり気持ちの良い話ではないんですけれども」俺は真剣に耳を傾けていた。今度は一体何だっていうんだい。

「本当に思いつきでこんな事言ってはいけない気もするんだけれども」「うん、そこまで話しておいて結論を言わないほうが酷ってやつだ」「そうですよね、あのう、例えばですよ、お祓いの時に太鼓を鳴らして憑きものを取るそうじゃないですか、エクソシストみたいに。つまり、誰かのお祓いがなされていて、その誰かに憑いていた悪しきものがアキラさんの方に飛んできて。だからアキラさんの左目には何か悪しきものが宿っているのでは、って思うんです。やっぱりこんな事軽々しく話すべきじゃなかった。でもアキラさんは、そういう悪しきものに負けない真の強さをお持ちだから、その得体の知れない憑きものと共存できている、って気がするんです。」

参ったなあ、憑きものって一体どんな化け物が俺の左目に住み着いているんだって言うんだ。『ゲゲゲの鬼太郎』の目玉親父が真っ先に浮かんだが、俺はチャーリー・ブラウンのように、やれやれと溜め息をついた。