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猫とジゴロ 第三十九話

動物病院の先生によれば骨には異常がないが軽く蹴られた打撲のような痕がある、と言われた。まあ、一週間程で元に戻ります、と言われほっとした。俺は早速近所にホームセンターがないか調べ、猫砂・猫用トイレ・キャットフーズ・ブラシなどを買ってきた。相当な重さになったので疲れた。ユリは暫く落ち着かない様子で周囲にマーキングをしていたが、落ち着いてきたのかはたまた調子が良くないのか、暫く休んでいた。なんてことをしやがる奴がいるんだ。飼い猫でこれだけ人に慣れているから、犯人は飼い主とは決まった訳ではないが、どうもこの子には何となく人間に過ちを犯させるような超自然的な魅力がある。とにかく大事に至る前に俺が気づいて良かった。飼い主は探しまくるだろうけど、回復するまでは絶対に外に出してはならない。俺がユリを守るんだ。

梅雨明けとともに酷暑の日々が続いた。ユリも露頭に迷っていたら熱中症にでもなっちまったかも知れない。まあ、猫は暑さに強いとはいえ、少しほっとしていた。俺はスマホで出来る風評被害の仕事と猫の世話で1週間はあっという間に過ぎて行った。その間、猫に関しては徹平は何も文句を言わなかった。「なあ、この猫には飼い主がいるけど酷い扱いをしている。動物愛護法ってあるだろ、あれって民事なんだろうかそれとも刑事?」「よくわからないなあ。でも保護法があるくらいだから多分刑法だよ」「通報した方がいいのだろうか」「そいつは微妙だな。通報したところで飼い主は賢く振る舞うに決まっている」「っていうと?」「その場は取り繕ってまんまと猫ちゃんをせしめて、また虐待を繰り返すと思うよ」

飲み物を買いに外に出た。真夏の空気感は独特で通り雨の上がったアスファルトの上は独特の匂いがしている。ふと電信柱の張り紙を見てみた。「猫を探しています。名前ユリ。毛足の長い茶色い雌猫です。訳があって多少傷ついています。1週間ほど前からいなくなりました。連絡お待ちしております。謝礼あり。遠藤」後は携帯電話の電話番号と住所が書かれている。俺はスマホに電話番号を登録し、その場では電話をかけずにちょっとだけ作戦を練ることにした。まあ、下調べとして住所をあたってみた。やはりそう遠くない。俺はスマホのマップで家を探した。すると住所にある建物に行き着いた。古い洋館風のこじんまりとした家だが何しろ古くて老朽化が激しい。なんだかいかにもホラーに出てきそうな家だな。俺は背筋がゾクっとしたが、それは武者振るいなのか純粋な恐怖なのかはわからなかった。

犬は人につく、猫は家につくなんて言うけど、ユリはうちにいてもこの館のことを思い出すことはないんだろうな。何となく嫌な予感がしたので踵を返して立ち去ろうとした瞬間、「何か御用ですか」俺より一回りほど歳のいった男が俺の前に立ちはだかっている。「いや、凄いお宅だなあなんて見惚れていたんですよ」「大した家ではありません。あなた何か用事があってこちらに来られたのでしょう?」俺はドギマギしたが平静を装い、軽く首を振理ながら答えた「本当に通りがかりのもので」「見たところあなたは手ぶらだ、散歩でもしていたのでしょうか?まあ私の家に興味を示すなんて珍しいタイプのお方だ。」ほんのり紙巻きタバコの匂いがした。俺は自然とタバコを吸う気が失せてしまい、iQOSも持ち歩くのをやめてしまった。「よろしかったらお茶でも飲んでいきませんか?まあ大したおもてなしは出来ませんが」俺は暫く考えて「何だか図々しいがお言葉に甘えさせて貰うことにします。私は建築物の研究をしているのです、そして出来たら内装も拝見したい」「それはそれは、フランクロイドライトほど著名ではありませんが、結構有名な建築家による設計なんですよ」

俺は緊張してはいたが、同時に好奇心で胸が高まった。