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猫とジゴロ 第四十一話

その日の夜、徹平に言われた。「あんな酷い事する人間によく会う気になったな、命知らずにも程があるよ」俺は張り紙を見てからフラフラとあの家に行ってしまったことを話した。「気持ちはわからなくないが、今度から俺を連れて行ってくれよ、お前は無鉄砲だから気が気じゃないんだよ」俺は心底心配してくれる友達なんてそうそういないから素直に嬉しかったし、軽率な行動をとって申し訳なかったと反省した。ユリを撫でながら言った。「犯人は必ず見つける」

翌朝、ユリに餌をあげながらぼんやり考えていた。今日はちょっと長い散歩に出よう、体が鈍っている。明け方の空はとても美しい、空気が澄んでいるしね。俺は夕暮れ時も好きだけど、朝の方が好きだ。昨日までの心身の穢れがすっかり洗い落とされて、いい気分であることこの上ない。梅雨明けとともに台風が幾つか来て東京の空気はかき混ぜられていた、良くも悪くも。そんで空気が少し澱んだ中ウォーキングを始めたんだ。途中で幾つも例の張り紙を見つけた。歩き出して数分で区界に来た。何となく誰かに監視されているような気分になった。俺は何度も振り向きながら歩みを進めた。やはり暫く歩いても「何となく見られている感じ」が消えなかった。色々考え事もあり気づくと椿山荘の辺りまで来ていた。俺は爽快な心地よさを味わうため坂を降って江戸川公園の辺りで音楽を聞いていた。最近ヘビロテなのは矢野顕子の『音楽はおくりもの』だ。本当に音楽は良い。世界中のミュージシャン達から励まされているような気分になる。

俺は後輩くんに電話をかけてみた。眠そうな声で後輩くんは出た、「先輩相変わらず突然電話くれますよね。俺は慣れっこだから。」調子はどうだい?俺の問いかけに暫し無言で、それからこう答えた。「自分クニに帰ろうと思って」「おいおい一体全体どうしたんだよ?」「いや色々と考えて」うん、まあそれも悪くない。俺は暫く間を空けてから言った「人生何が幸せかわからない、お前さんも色々考えるところがあったんなら自分の心の声に素直に従った方がいい、ただ随分寂しくなるけど」

しかしあの遠藤という男、どうもあれ程の恐ろしい行為に走るようには見受けられなかった。俺は今度は徹平に電話をかけた「ん?どうした?」「やっぱりユリの件はさ、はっきりしておいた方がいいと思うんだ。」「それって法的手段に乗り出すってことかい?」「まあそういう事になるかな」「そう焦りなさんな。僕さ弁士の先生の知り合いもいるから詳しく聞いてみるよ」「ありがとう」俺は電話を切って暫くベンチに横になり台風一過の清々しい空と生ぬるい風を味わっていた。

俺もスマホで色々な判例を調べていた。初犯は執行猶予か、まあしょうがないな。とりあえずユリの身柄さえ引き渡してくれたらどうとでもなれば良い。そう考えると気が楽になり、再び歩き出した。