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猫とジゴロ 第二話

赤羽のボロアパートを出ると、JRの駅まで向かった。心持ち何だか高校受験、正確には受験合格後の入学式だよね、そんな時期に気分はタイムスリップしていた。スーツに手足を通して、辛うじてのスーツ姿で銀座に向かった。京浜東北線の車窓からは時折、満開の桜がチラチラと見え隠れしていた。アキラはシートには腰掛けず、ドアの窓から忙しなく流れていく東京の汚い街並みをボーッと眺めていた。列車が東京駅に近づき乗降客に紛れながらアキラは山手線に乗り換えた。「銀座7丁目ね。新橋が近いんだろうな」アキラは独り言をぶつぶつ呟きながらスマホに住所を入力したが、不慣れなナビゲーションのせいで随分時間を喰ってしまった。

アキラは時間に関してもかなり几帳面な性格だったので15分は余裕を持ってスタートしていたのでギリギリ間に合いそうだった。こういう時に焦ってはいけないのだ。福六園銀座本店とググり直すと住所が違う。しかし書いてあった住所には派手なデパートがあって明らかに福六園のある場所とは違う気がした。俺はググった方の住所を目指して歩みを早めた。

「福六園」あった。息を整えながら入店すると「いらっしゃいませ」と言いながらグレーのスーツ姿の女性が近づいてきた、左胸にはアネモネを模した薄紫色のコサージュが飾ってある。品のいい選択だと思いながらアキラは答えた。「こんにちは。本日10時から面接のお約束をしてあるものです。」「面接ですか?」「ああ、面接。」「少々お待ち下さい。」女性はそそくさと消えてしまった。アキラは茶道のさの字も知らない身分ではあったが、抜け抜けと茶器を物色しては裏返してみたが、いわゆる商札らしきものは一切ついていなかった。こわいこわい、いくらか分からないものを壊してしまった時ほど恐ろしいことはないからね。そっと置き返すと先程の女性が飛んで帰ってきた。「こちらへどうぞ。」

店の奥には小さなエレベーターがあり上階に登るとイートインのようなコーナーがあった。「こちらでしばらくお待ち頂けませんでしょうか?店主は今大切な電話の応対で忙しくしておりまして。申し訳ございません。」

しばらく待ってもなかなか福六園祥子さんは現れなかった。俺は壁に飾ってある絵を見上げていた。作家の名前は聞いたことのない名前だった。タイトルは「母子像」。母親と小さな息子が夏の盛りに手を繋いで庭に佇んでいるといった風情の絵だった。黄色を全面に押し出したその全体像から、アキラは、焼けたカーテンが時折思い出したようにたなびく真夏の縁側を思い出していた。黒い箱型のオルゴールからは『可愛い魚屋さん』のメロディーが流れていて、箱自体がくるりと回る仕掛けになっている。男兄弟しかいないアキラだったが、従兄弟には女の子もいたからまあ深く考えたこともないんだけれども。そうこうしている内にマダム祥子が現れた。何故マダムかって?だって高々面接だし、午前中なのにさイヴニングドレスか?っていうノリの黒いドレスでさ、片腕はノースリーブもう片腕はレース編みの半袖っていうアシンメトリーなデザインでね。これに豪勢な宝飾類を纏っていたら、「どこぞの舞踏会へ?」ってなノリでね。

「どうぞこちらへ」マダムが静々と形の良いヒップを左右させて歩くと俺の視線もついそっちにいっちまうよな。下着のラインは見せないけど恐らくノーパンってことはないよな、うん。まあTバック辺りをつけているんだろうな。ドレスのお尻の部分はベルトの結び目が垂れており、マダム祥子のお尻が左右に揺れる度に俺の視線も釘付けさ。マダムはエレベーターの7というボタンを押してエレベーターガール気取りで俺の方をジッと見つめている。「何階をご利用ですか?」俺は「偶然だなあ、僕も7階に用があって」と切り返すとマダムは少し口角を上げながら言った「ワンポイントアップ。7階は催し物会場で本日は女性下着大売り出しの日ですが」そして口元だけで笑って、その後唇を尖らせてから立てた人差し指を唇の前に持ってきてシイッと息を吐いてからその人差し指を俺の唇の上に置いた。何だか得した気分で目ん玉ハートマークにしていたら、「7階催し物売り場です」と言いながら俺がエレベーターから降りるのを待っている様子だったからそれじゃあってな感じですみませんと言って降りようとしたら、マダムの口から意外な一言が放たれた「ワンポイントダウン」。

俺は何のことか分からず何でポイントが上がったり下がったりするのか訊きたかったけれどとりあえず後に続いた。