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未知の価値を掘り起こせ:概念拡張で新たな市場を創造する

前回、「見立て」について紹介しました。「見立て」とは、ある対象に対して、その本来の機能や文脈とは異なる新たな意味や役割を見出す概念です。本稿では、これに類似した「概念の拡張」によるイノベーション創出について考察します。


「概念の拡張」とは、既存の考え方や定義の適用範囲を広げ、新たな可能性を見出すことです。これは未知の領域を積極的に掘り起こし、隠れた価値や機会を発見するプロセスです。

アートにおける概念の拡張と発掘:鈴木ヒラク氏の事例

ドローイングの再定義:境界から接続へ

アーティストの鈴木ヒラク氏(1978-)は、ドローイングの概念を大胆に拡張することで、新たな表現の可能性を発見しています

ドローイングは通常「線のみで描く絵」を指し、絵の具を塗るペインティングとは区別されます。鈴木氏は、この概念を掘り下げ、「ただ線を描くのではなく、境界線の内と外に穴を開けること(チューブ)」と再定義しました。例えば、人類最古のドローイングは、旧石器時代の人々が洞窟に描いた壁画。この壁画には、外の世界と接触して見たこと、経験したことが描かれています。ドローイングはもともと、単なる描画行為を超えて、異なる世界を接続する創造的な役割をもっていたのです。

鈴木ヒラク《Interexcavation #02》:筆者撮影

鈴木氏はさらに、ドローイングを「未知の発掘」として捉えています。彼にとって、描くことは未知の世界との接触であり、新しい発見の過程です。この考えに基づき、彼は身の回りの未知の記号をコピー用紙に描いて採集し、1000枚のアーカイブ《GENGA》を制作しました。これは、日常に潜む未知の形態を発掘し、可視化する試みです。

活動範囲の拡張:異分野との接続

多くのアーティストが、ペインティングの下絵としてドローイングを描きますが、鈴木氏は、その概念を拡張させ、ドローイングを主体とする作品を制作し、ドローイングが独立した形式として成立し得ることを示しています。また、音楽家やダンサーとのパフォーマンス、コム・デ・ギャルソンやアニエス・ベーなどのファッションブランドとのコラボレーションといった、新たな活動の機会をも得ています。概念拡張は、思いもよらぬ展開を引き起こしてくれるのです。

鈴木ヒラク《road sign (voluta)》:筆者撮影

ビジネスにおける概念の拡張と発掘:ソニーの事例

社名に込められた発掘の精神

ソニーは、産業界における概念拡張による創造的発掘の代表例です。1945年に東京通信研究所として創業し、1958年に「ソニー」へ社名変更しました。「電気製品にとどまらず、開拓者精神を発揮して新しい分野にも挑戦し、世界に通用する企業グループになっていこう」という思いを込め、未知の事業領域の発掘をイメージさせる社名としたのです。

ソニーは「われわれは、ハードウエアならぬ、潤いのある人間生活をめざした『ハートウエア』を提供します」というコンセプトを打ち出しました。これは、電気機器の概念を拡張し、人々の感動という未開の領域で、新たな価値を創造しようとする試みでした。

事業領域の拡大:異分野の接続点を発掘

ソニーは、この概念拡張に基づいて事業領域を拡大していきました:

  1. 1968年:CBS・ソニーレコード設立。それまでプロダクションが行っていたタレントの発掘を自分たちで手がける。

  2. 1988-1989年:CBSレコードとコロンビア・ピクチャーズ買収。エンターテインメントという新たな価値の鉱脈を掘り当てる。

  3. 1993年:ゲーム分野への進出。インタラクティブな感動という未開の領域を開拓。

これらの展開は、「ハートウエア」という拡張された概念を基に、異なる産業分野の接続点を発掘し、新たな価値を創造するプロセスだったと言えます。

現在、ソニーは現実空間から、仮想空間、移動空間(モビリティ)、宇宙空間へと活動領域を広げています。「感動を提供する場」の概念を拡張し、未来の鉱脈を先んじて掘り当てようとしているのです。

Photo by chiến nguyễn bá from Pixabay

概念拡張による創造的発掘がもたらす価値

アートと産業界の事例から、概念拡張が次のような価値をもたらすことがわかります。

  • 潜在市場の発掘:既存の概念を拡張することで、これまで気づかなかった市場ニーズを掘り起こします。

  • 独自の価値の発見:競合他社とは異なる事業展開が可能になり、独自の価値提案を提供できます。

  • 異分野融合の促進:概念の拡張は、異なる分野や技術との接続点を発掘し、革新的なソリューションを生み出す可能性を高めます。

「概念の拡張」を通じた創造的発掘は、アートやビジネスの世界で新たな価値を生み出す重要な思考です。自分の着目した事象の本質的な価値を深く掘り下げ、そこから新たな文脈や可能性を発見することができます。

私たちは、鈴木ヒラク氏やソニーの例に学び、自社の事業や製品の概念を拡張し、そこに潜む未知の可能性を積極的に発掘する姿勢を持つべきでしょう。アーティストは、自分が自身の作品に驚きたいと言います。同様に、自分たちが発掘した未知の価値に驚く体験も重要です。その驚きこそが、イノベーションの鉱脈に出会う瞬間なのです。


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