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毒親から抜け出したいアダルトチルドレンすい④〜私の幼少期(1)〜


幼少期について話す前に
私の両親のバックグラウンドをおさらい↓


私の幼少期は
今思うと完全に親に毒されたものだった
私の幼少期は
まみ(母)との関わりが9割を占めていた
私の幼少期は
まみの考え方や生き方に影響を受けて
支配されていた

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前に書いたように
私の両親は共働きで
まみは片道1時間の職場に通っていたし
おと(父)は仕事でほとんど家に居なかった

(ちなみにおとが家にいなかったのは
出張や接待が多かったためで
決して不倫とか
まみと不仲だったわけでもない)

そんな私は保育園の時は
開門から閉門まで預けられ
小学校に入れば
放課後は児童館に行き
1人で帰るようになれば
20時までお留守番の日々を過ごした

まみは仕事でものすごいストレスを抱えていたのか
口を開けば仕事の愚痴ばかりで
小学生の私には聞いても分からないし
気の利いた返事なんてできなかったけど
とにかくまみの話の聞き役に徹した


おとは、そんなまみをよく叱った
「子供に仕事の愚痴を言うな」
「仕事のストレスを家に持ち帰るな」
「プライベートと仕事を分けろ」と。
当時の私はこう思っていたはず
(じゃあ誰がまみの話を聞いて
共感してあげるんだろう)
まみはいつまでも1人で戦わなくちゃいけないの?

その時からわたしにとって
おとは敵だった

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まみが20時に帰ってくると
ご飯の支度をしては急いで食べて
急いでお風呂に入って
宿題を見てもらって
次の日の準備をして
22時には寝た
まみも隣で気絶するように寝ていた

起きれば1時間後にはまみは仕事に行ったし
私は1人でご飯を食べて
1人で準備して
接待明けのおとを起こして
学校に行った
毎日がその繰り返しだった。

話す時間なんてまともになかったし
目と目を合わせて会話することも滅多になかった
…私はいつからか話すことをやめた

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私に強烈なインパクトを残したエピソードがある
それは両親の"離婚の危機"を悟った時だ

おとはアウトドアで
私が小学生になってから
キャンプ道具を揃え
大きなバンを買い
夏休みに家族でキャンプに行くことを好んだ

虫が大嫌いな私にとって
毎年強行されるキャンプは
苦痛以外の何物でもなく
わざわざ寝心地の悪い寝袋に入り
虫を集めてバーベキューをし
掃除しているのか分からないほど汚れた
公衆便所で用を足すのだ
(誰が好んでキャンプなどするか)
毎年その時期が来ると憂鬱だった

まみもキャンプにはあまりいい顔をしなかった
それは準備から後片付けまで全て任されていたから
おとは計画を立てて実行するのが好きなだけで
テントを干して乾かすとか
洗濯物をするとか
そういった面倒で細かいことを
知ってか知らぬか一切手伝わなかった

お互いの利害が一致した私とまみは
一度、おとのキャンプの誘いを断ったことがある

それを聞いたおとは怒鳴り散らかし
ついには家を出て数時間帰ってこなかった
帰ってからも口をひらくことはなく
次の日もその次の日も目すら合わせなかった
地獄の夏休みだった

結局おとは踏ん切りがついたのか
自分から謝ることはしなかったけど
別のイベントに家族を連れ出し
家族サービスをして許しを乞うた

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誰も会話をしない
冷え切った時間が怖かった
誰も歩み寄ろうとせず
ただすぎて行く時間が苦痛だった
私はどうしたらよかった?
ずっと自分を責めていた
このまま家族が分裂したら私のせい?
離婚したらどっちの親について行くべき?
私が謝ったら苦しさから解放される?
全部許されてまた仲良しに戻れる?
毎日暗い気分で考えていたことを今でも覚えてる

私の最悪な夏休みの思い出。

強烈エピソードありすぎてひとつじゃ足りないので
振り返りながら書いていきます

では。

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