マガジンのカバー画像

ショートストーリー

17
短いのですぐ読めます。 僕の世界にようこそ。
運営しているクリエイター

#短編小説

匿名マスク

匿名マスク

スポットライトがあたった。真っ暗闇の中に、小さな光の円が縁取られた。ハッとして、ぼくは自分の置かれた状況を手探りに確認し始める。ここは、どこだ。手を伸ばす。何かに触れたいと思う願いもむなしく、手のひらはただ虚空を掴む。指先は何にも触れない。重い空気だけがその指の隙間から通り抜けていく。冷や汗が頰を伝う。ツーっという冷たい筋が、いやにはっきりと感じられる。そこにあるのは無音だ。無限遠まで広がる、しん

もっとみる
ガロア殺し

ガロア殺し

ガロアは不可能を証明した。

エヴァリスト・ガロア。1811年10月25日にフランスで生まれた夭折の天才数学者。

同級生の男たちが、毎年新たに誕生する女性アイドルに熱をあげ、同級生の女たちが、新卒の若い体育教師にうっとりしていた頃、同じ16歳の僕はガロアに傾倒していた。初夏の誰もいなくなった放課後の教室で、セミの鳴き声に重なった運動部のかけ声を、耳のずっと奥の方で聴きながら、僕はガロアの人生に思

もっとみる

孤独リフレクション

大学二年生の頃、僕は実家暮らしにも関わらず、大学帰りに頻繁に外食した。単に家に帰りたくない年頃だったといえばそうなのかもしれない。ただ、一つだけ言えることは、家族が当たり前のように安全地帯として機能している家は、恵まれているということだ。

僕は当時大学から一つ隣の駅にあるインドカレー屋によく一人で行った。間接照明の落ち着いた雰囲気の店だった。大抵いつもホウレン草ベースのカレーを注文し、ナンを二枚

もっとみる
ザ・デイ・アフター・クリスマス

ザ・デイ・アフター・クリスマス

12月26日。朝の電車内。そこでは様々な物語が交錯し、そしていつもと違った空気が流れている。

あるいはいつもと違うのは空気そのものではなくて、その空気を見つめる自分自身なのかもしれない。

昨夜まで都会の隅々に満ちていたクリスマスソングの余韻に浸る人もいれば、浮かれた恋人の祭典が終わってホッと胸を撫でおろしている人もいるだろう。



朝の混雑したホームのあちらこちらで、電車を待つ人々が白い息

もっとみる