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ライトノべル作家のはしくれです。「戦うパン屋と機械じかけの看板娘」(HJ文庫)全10巻…

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ライトノべル作家のはしくれです。「戦うパン屋と機械じかけの看板娘」(HJ文庫)全10巻。「桃瀬さん家の百鬼目録」(電撃文庫)。「新選組チューボー録」矢立文庫にて連載中。「剣と魔法の税金対策」(ガガガ文庫)二巻4/20発売。 お仕事募集中です!

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ワトソン・ザ・リッパー おわりがたり(2)

 そして、半年ほど時が流れる―― 「だーかーらー! いい加減俺を、“ジェイムスくん”と呼ぶな! それはもう俺の名前じゃない!」  ベーカー街の片隅にある下宿宿の食堂にて、ワトソンは声を荒らげる。 「俺の名前は、ジョン・H・ワトソンだ! お前がそう名付けたんだろうが!」  朝食を囲みながら、いつまでたっても、わざと名前を間違えるフェイに、ワトソンは苛立ちを隠しきれなかった。  なにせかつてはロンドンで“切り裂きジャック”として指名手配されたのだ。  もし万が一、それがきっかけで

    • ワトソン・ザ・リッパー おわりがたり

         ―――と、いうわけだ。  そう、これが「切り裂きジャック」の真実だ。  長らく色んな人達が、あれやこれやと、僕がなぜ、かの殺人鬼の逮捕に動かなかったのか、いろいろ言われたんだがね。  簡単な話だ。  我が最愛の友人を、売るわけには行かないからねぇ。  ジョンは、その後彼女に連れられ、ベイカー街の我が下宿に訪れる。  そして僕たちは出会い、君等もご存知のかの物語が紡がれる。  ただまぁ、あれは、その……だいぶ、事実をいじっているんだけどね。  なにせ、彼女は人間の滑稽な

      • ワトソン・ザ・リッパー 終章

        頭が、痛い。  ガンガンと、誰かが鐘を鳴らしているような鈍い痛みが頭を支配している。 「ううう……」  呻くように身を起こし、目を開ける。  朝日が、上っていた。 「きれいだ……」  こんなにも、朝日が美しいと思ったことはなかった。  あまりにも美しく、涙がこぼれだす。  世界はこんなにも美しいのだと、世界はこんなにも光にあふれていたのだと、その事実に気づき、たまらない気持ちで、いっぱいになった。 「私は何度、オマエの目覚めを見るのだろうなぁ」  そんな彼の背中に、声をかける

        • ワトソン・ザ・リッパー 五章(6)

           1888年11月、切り裂きジャックは、歴史上から姿を消す。  正確には。、その後も多くの、「切り裂きジャックの仕業では」と噂される事件は起こったものの、その大半は、後世において、模倣犯、もしくは類似犯によるものとされた。  数年の後に、事件捜査関係者に多くは退職し、情報の引き継ぎは形式的な形のみで行われ、次第に、事件は風化していく。  皮肉なことに、スラム街で発生した殺人狂の存在が、貧困民への注目を寄せる形になり、その後、ホワイトチャペルは清浄化政策が取られることになる。

        ワトソン・ザ・リッパー おわりがたり(2)

          ワトソン・ザ・リッパー 五章(6)

          それは否定。  自分を人であることを、否定することで得られる領域。  これだけはしたくなかったと、彼自身が忌み続けた領域。 「お……オーランド神父……?」  目の前で起こった状況に、アルバートも言葉を失う。  オーランドの体、ビキビキときしみ、ひび割れ、裂け、ちぎれ、そして、急速に再生していく。   否、再生、とは異なる。  人間の体が壊れ、人間でないもの体に、再構成されていく。 「それは……これは……これが………悪魔!?」  変わり果てたオーランドの姿は、まさに悪魔であった

          ワトソン・ザ・リッパー 五章(6)

          ワトソン・ザ・リッパー 五章(5)

           そして、同時刻、建設途上のタワーブリッジにて、オーランドとアルバートは戦っていた。  いや、すでに戦いは終わりかけていた。  そもそも、戦いにすらなっていなかった。 「おおおおっ!!!」  裂帛の気合を込め、以前、他の蒸気甲冑への攻撃とした、「腕一本を刃とする」一撃を撃ち放つ。 「あはははははははっ!!」  しかし、アルバートのまとう「黒太子」と、一般兵が用いる蒸気甲冑では、性能も、防御力も段違いであったようだ。  それすらも通用せず、アルバートの哄笑はやまない。 「オーラ

          ワトソン・ザ・リッパー 五章(5)

          ワトソン・ザ・リッパー 五章(4)

           一方その頃、アルバート配下の蒸気甲冑部隊から逃げるフェイ。 「なにがどうなっているんですか! 一体、なんなんですかぁ!」  彼女に担がれているモモが、泣き叫びながら問う。 「まぁなんだ。人間というのは、自分の心すら、思い通りにはできんということよ」  対して、冷静に答えるフェイ。 「どういう意味ですかぁ!?」  この時代、心理学の研究は始まっていたが、ユングやフロイトといったような、近代心理学が花開くまでは、あともう十年以上待たねばならない時期であった。  それ故に、「人の

          ワトソン・ザ・リッパー 五章(4)

          ワトソン・ザ・リッパー 五章(3)

          「―――――!?」  その一言に、オーランドは、声が出せなくなる。  そんなことは、あっていいはずがない。  あっていいはずがない、はずなのだ。 「貴様はこの日を待っていたわけだ……最愛の者が、二つに増える日を」 「………………うわぁ」  フェイの推理を聴いても、アルバートは動揺しなかった。  正確に言えば、「悪事を見破られた」ではなく、「自分をここまで理解する者が現れるとは思わなかった」という意味で、興奮していた。 「よくわかりましたね……あなた、誰ですか?」 「通りすがり

          ワトソン・ザ・リッパー 五章(3)

          ワトソン・ザ・リッパー 五章(2)

           ロンドンの中心部を流れるテムズ川。  そのテムズ川に掛かる橋で、最も有名なのは、マザー・グースにも歌われた、「ロンドン橋」であろう。  かつてこの地を治めていたローマ人が築いたのが始まりと言われ、その後、戦争や紛争、災害や人災によって、落ちては建て直され、建て直されては落とされる。  この頃、五十年ほど前に、六百年ぶりに新築され、七十年ほど後に、それもまた建て直される。  ロンドンに住む者ならば、「この街を象徴する橋と言えば」と問われれば、誰もがこの橋を挙げるだろう。  だ

          ワトソン・ザ・リッパー 五章(2)

          ワトソン・ザ・リッパー 五章(1)

           やぁ、また会ったね。  ああ、僕だ、天下の名探偵シャーロック・ホームズだよ。  ここまで長々とお付き合いいただき、誠に光栄の至りだ、心から感謝する。  我らが悪魔フェイ・ダーレンと、誠実にして純朴なる神父オーランド氏のお話も、いよいよ終盤に差し掛かっている。  だがしかし、まだ謎が残っている。  多くの謎が……違うな、不合理が残っている。  あるべき流れが、不自然に歪み、今の形になっている。 “切り裂きジャック”の正体は、英国が長き歴史の間に、「国家にとって不要な人物」を抹

          ワトソン・ザ・リッパー 五章(1)

          ワトソン・ザ・リッパー 四章(5)

          「アルバート…ヴィクター……誰だ、それは……?」 「知らんか? まぁ、異国人ならしかたないな。うん、王族だよ。今の女王の孫だ」 「なんだと……彼が……!?」  英国女王ヴィクトリア――大英帝国を象徴する女王であり、彼女の治世において、英国は全盛期を迎えたことから、後世では「ヴィクトリア朝」とさえ讃えられた。  その息子は、後にイギリス王となるエドワード七世こと、アルバート・エドワード。  アルバート・ヴィクターとは、その息子である。 「まさか……本当に……王族……?」  モモ

          ワトソン・ザ・リッパー 四章(5)

          ワトソン・ザ・リッパー 四章(4)

          翌日の夜――  フェイが用意した隠れ家は、ロンドン市街の郊外……いわゆる「ロンドン・ウォール」の外側に位置するエリアにあった。  古来より、貴族とは複数の邸宅を所有していた。  特に、地方の荘園領主などは、ロンドンに訪れた際、滞在用の「宿」としての邸宅を所有する習慣があった。  これら「タウンハウス」は、時代の流れとともに、交通網の発達や習慣の変化などとともに使われなくなり、市内の富裕層の住人の屋敷として転用されるようになる。  彼女の屋敷も、そういったもののひとつなのだ。

          ワトソン・ザ・リッパー 四章(4)

          ワトソン・ザ・リッパー 四章(3)

          「なんのつもりだ……?」  困惑しつつ、その一紙を見て、オーランドの眼は見開かれる。 「なんだとう!?」  そして、大声を上げた。 「びええええええっ!?」  その声に驚き、フェイの手の中の赤ん坊が泣き出した。 「おーおー、びっくりしたか。悪い神父様だな、ククク」  その驚きも、彼女には愉快痛快なものなのか、ニヤリと笑っていた。 「なんで……こんな……?」  各新聞、全ての一面は、表現こそ違えど、同じニュースを報じていた。  曰く「切り裂きジャック、五件目の犯行」。  曰く「

          ワトソン・ザ・リッパー 四章(3)

          ワトソン・ザ・リッパー 四章(2)

          暗い。  暗い闇の中に、オーランドはいた。  わかる。ここは夢だ。夢の中だ。  明晰夢というのであろう。  夢を夢として認識している状態であった。  だからこそ、その異様に気づく。  暗い、夜の闇よりもなお暗い。  その中で、足にまとわりつく感覚、この、泥沼のような、感覚。  そして、臭いだ。  夢の中は臭いを感じないはずだ。  そのはずなのに、むせ返るような臭いが、鼻孔を侵略している。  鼻を押さえても、皮膚から、毛穴から、染み込むように、その臭いが入り込む。  血の臭い、

          ワトソン・ザ・リッパー 四章(2)

          ワトソン・ザ・リッパー 四章(1)

          「おい」  誰かの声が聞こえた。  聞き覚えのある声、とても美しい声。  だが妙に、おぞましい女の声。 「一つ聞いていいか? ここはいつもこうなのか?」  その声の主を思い出す。  思い出して、急激に、意識がはっきりした。 「フェイ!? なんでここにいる!?」  目を開き、半身を起こす。  目の前にいたのは、赤いドレスの美女、フェイ・ダーレンであった。 「なんでって……昨日言っただろう、”明日行く“と」 「なんだと……」  周囲を見回す。  礼拝堂の壁は破れ、屋根は砕け、扉は

          ワトソン・ザ・リッパー 四章(1)

          ワトソン・ザ・リッパー 三章(4)

           古来より――ありとあらゆる宗教で、ほぼ共通して存在する信仰がある。  必勝祈願でも、金運招来でも、怨敵退散でもない。  それは、安産である。  有史以前より、石器の頃から、人は安産を神に願った。  それくらい、生死に関わる大事であり、また人智の及ばぬ領域であったことがわかる。 「布を、清潔な布をありったけ持ってきて!」 「お湯を沸かして!」 「エタノール、エタノ―ルはどこ!!」  教会内は、すでに戦場の有様であった。  シスターたちは、ある者は炊事場では大量のお湯を沸かし、

          ワトソン・ザ・リッパー 三章(4)