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ワトソン・ザ・リッパー 五章(6)

 1888年11月、切り裂きジャックは、歴史上から姿を消す。
 正確には。、その後も多くの、「切り裂きジャックの仕業では」と噂される事件は起こったものの、その大半は、後世において、模倣犯、もしくは類似犯によるものとされた。
 数年の後に、事件捜査関係者に多くは退職し、情報の引き継ぎは形式的な形のみで行われ、次第に、事件は風化していく。
 皮肉なことに、スラム街で発生した殺人狂の存在が、貧困民への注目を寄せる形になり、その後、ホワイトチャペルは清浄化政策が取られることになる。
 貧困と犯罪が減少したことで、次第に、人々は”切り裂きジャック“の話をしなくなった。
 ましてやそこに、突然死と発表された、御典医サー・ウィリアム・ガルや、「数年間病に伏し、大衆に顔を見せることなく独身のまま死去した」とされた、アルバート・ヴィクター王子を関連付けるものは、ほとんどいなかった。
“切り裂きジャック”の正体は、その後、百年を経ても、謎の中にある。
 数百の仮説が立てられ、好事家たちの噂に登る存在と化す。
 その中に、たまたまその夜、建設途中のタワーブリッジに、夜間航行中の浅薄が衝突する事故があったことを理由に、「“切り裂きジャック”の正体は謎の怪物で、あれはそいつのしわざだったのだ」という、おおよそ現実離れしたものも含まれる。
 霧の都の殺人鬼は、霧の都の中に、消えていった。
 
つづく

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