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ワトソン・ザ・リッパー 五章(3)

「―――――!?」
 その一言に、オーランドは、声が出せなくなる。
 そんなことは、あっていいはずがない。
 あっていいはずがない、はずなのだ。
「貴様はこの日を待っていたわけだ……最愛の者が、二つに増える日を」
「………………うわぁ」
 フェイの推理を聴いても、アルバートは動揺しなかった。
 正確に言えば、「悪事を見破られた」ではなく、「自分をここまで理解する者が現れるとは思わなかった」という意味で、興奮していた。
「よくわかりましたね……あなた、誰ですか?」
「通りすがりの悪魔だよ」
 認めたに等しいアルバートの言葉に、オーランドは絶望にはさらに底があることを知る。
 マーガレットは、最愛の人に殺されたのだ。
「なぜだ!!!」
 怒りと、激しい疑問を、叫びにしてぶつける。
 もはや王族とて関係ない。
「あなたは理解できないでしょう、オーランド神父。あなたはとても素晴らしい人だ、間違いなく善人だ。もっと早く会いたかったくらいだ」
 アルバートは、心からの悔やみをこめて、オーランドに言う。
「きっとあなたとなら、いい友人になれた」
「お前は……なんなんだよ………」
「そしたら、あなたを殺せた……」
「お前は、マーガレットを愛していたんじゃないのか!!」
 オーランドの幾度目かの叫び同時に眼下のテムズ川から、四つの影が現れる。
 水中――からではない。
 川を行く船に運ばれ、現れたのは、四体の蒸気甲冑であった。
「愛していた。いや、今も愛していますよ、彼女ほど愛した人間は、今後現れないでしょう」
 アルバートは笑っていた。
 笑いながら、涙を流していた。
「幼き日より、僕の世話を焼いてくれていたガルが殺しても、ここまでは感じなかった」
 蒸気甲冑の一人が、なにかを投げつける。
 地面を転がる、ボールのようなそれは、人間の生首だった。
「サー・ウィリアム………!」
 それは、ウィリアム・ガルの首であった。
「僕はね………昔から……こうだったんです……大切なものが失くなり、もう二度と得られないと思うと………」
 涙を流し、そして、口端から、よだれを溢れさせている。
 顔は紅潮し、息は激しく、荒くなっている。
 
「たまらなく、興奮するんです……! この気持ちよさだけは、何物にも変えられない、女でも、酒でも、薬でも得られないんですよ!!」
 その笑顔は、既視感があった。
 フェイが、“楽”の欲を満たした時に、垣間見せる、真っ黒ななにかであった。
「お前は……人間なんだよな……?」
 そう問いかけざるを得ないほど、目の前のアルバートが、人に見えなかった。
「マーガレットを殺したとき、たまらない幸福感でした。彼女の肉に刃を突き入れた時、それをしたのが僕だと知った時の彼女の顔! あなたにもお見せしたかった! 素晴らしいほどに、絶望の色を見せてくれたんです! 僕に殺されるということが、彼女に取ってはそれだけ、それだけ絶望だった! 僕という存在に、それだけの価値を彼女はつけてくれたんですよ!」
「お前は……もうしゃべるな!!」
 狂気の王子の顔面に、オーランドは躊躇なき拳を食らわせる。
 そのまま、殺すつもりで叩き込む。
 だが――
「なに!?」
 その寸前、新たに現れた蒸気甲冑が、その拳を阻む。
 それまで見てきたものとは、全てが違った。
 大きさも、装飾も、有している武装も、なにより全身が、真っ黒に加工されている。
「僕専用の蒸気甲冑……“黒太子”ですよ」
 背部が開き、搭乗姿勢にを取る。
 踊るようにアルバートは乗り込むと、各部の金具が機巧に従い組み合わさり、彼に「装着」された。
「ああ、そうか、そういうことか………」
 ようやく理解した。
 これが“切り裂きジャック”なのだ。
 大英帝国が、総力を挙げて隠蔽しようとするはずだ。
 レストレードが殺され、ウィリアム・ガルが死を選んででも、隠匿しようとするはずだ。
 未来の王が、快楽殺人者だったなど!
「さぁ退いて下さいオーランド神父……あなたは殺すまでもない」
「光栄だよアルバート王子……だがなぁ……させるわけには……いかん!!」
 襲い来るアルバートの蒸気甲冑と、オーランドは正面からぶつかる。
 すでに躊躇はない、もちうる力を開放する。
 常人の倍はあろう巨体を、オーランドは押し止める。
「なんと……すごい!?」
 想像以上の膂力だったか、甲冑越しに、アルバートは感嘆の声を上げた。
「モモ、逃げろ! フェイ、頼む!!」
 アルバートを止めても、現れた残り四体の蒸気甲冑がいる。
 指示されるまでもなく、赤子を捕らえ、アルバートに捧げようと、モモに襲いかかる。
「なるほどなぁ、これはまた、どうなることやら」
 ほくそ笑むフェイ。
 一瞬で赤子を抱きかかえるモモごと抱き上げて、陸地に向かって走り出す。
 四体の蒸気甲冑たちも、それを追った。
「アルバート……お前は、お前だけは!!」
 許さん――と、斬撃の力を、次々と撃ち放つ。
「あははははははははっ!!」
 だが、それらは、金属音を上げるだけで、何のダメージも与えられない。
「貴様ァッ!!」
 高笑いを上げるアルバートに、オーランドはなおも挑みかかる。

つづく

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