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「下天を駆けろ!」第1話(全42話)


《あらすじ》

ここは下天げてん。古の国、日の本ひのもとの戦国時代に似ているという。ヒト族と三種の機械生命体・下天の輩げてんのともがら(二輪車の様な鉄騎族てっきぞく・ヒト族と同じ機人族・空中要塞の城族しろぞく)が共存する世界だ。
戦で最愛の相方を失った鉄騎族の烈風丸は、謎の領国ラクザに向かう途中で少女ハルに出会う。不思議な力を操るハルに翻弄され、烈風丸は彼女を相方にする羽目になってしまう。
一方、下天を支配する東國とうごくは、下天の輩の排斥を目論み、ラクザ討伐を企んでいた。
下天とラクザをめぐる陰謀が渦巻く中、ハルと烈風丸は自由を求め、疾風の如く下天を駆け抜ける!


序章・壱

「なあ!烈風丸れっぷうまるは狩ったことあんのか?あんなデカブツ!」
その若い女は狭い操縦席の座席で腕を組み、ふんぞり返って座っていた。城狩りしろがりの証である額当をつけ、長い赤髪を後ろに束ねている。
「いや。ない」
操縦席の前部、情報表示装置の上に鎮座する水晶玉が、くるりと女の方を向いて青く点滅しながら声を発した。静かで落ち着いた男の声だ。月明かりの中、流れが早い川の波飛沫を月明かりが照らしてきらきらと光っている。
この川は支流で、蛇行して本流に向かって東に延びていた。川幅はさほど広くはないが、両岸の河原の方が広く十五米位はある。河原の後ろは切り立った断崖で、掘り下げた水路の様な空間が長く続いていた。
その空間を、巨大な建造物の様な塊が、二〇米位の中空に浮遊して窮屈そうに移動していた。

「いつも思うけどさぁ…」
女が前を行く巨大な塊を見上げながら呟く。
「あのデケェ城族しろぞくが、列風丸と同じ下天の輩げてんのともがらなんて信じらんねぇよなぁ」
「ヒト族と熊という大型生物は同じ生物種だろう」
「ハハッ!あんなデケェ熊いねぇし!」
青く点滅しながら抑揚なく答える水晶玉に、女が愉快そうに笑う。
城族は、どう見ても空を飛ぶ巨大な建造物だが、下天の輩と呼ばれる機械生命体である。
しかも、目の前を進む城族は普通のものより数倍は大きい。まさに大城だ。

その城族の約八〇〇米後方、川面を右に見ながら、装甲で覆われた二輪車の一団が河原を疾走している。三〇騎はいるだろうか。後輪から礫を盛大に巻き上げ、前を進む城族を追っていた。
「へへっ!歴戦の参ノ狩り鉄騎さんのかりてっきの烈風丸が、狩ったことがねぇ大物って訳だ!」
女は巨大な塊から目を逸らさず、ニヤリと満足そうに笑う。まだ幼さが残る、整った顔立ちに似合わぬ獰猛な眼光は、まるで獲物を狙う捕食者の様だ。

彼らは城狩り衆しろがりしゅうと呼ばれる一族である。その名の通り、城族を狩ることを生業とする傭兵集団だ。
そして、城狩り衆が乗っているのが鉄騎族てっきぞくである。彼らもまた下天の輩の一種族。鉄騎族は、太古の昔に存在したという「ばいく」という二輪乗用機械に似ていると言われる。城狩り衆はヒト族と鉄騎族が相方となり、生涯を共にする一族なのである。

その城狩り衆の先頭を、騎体を緋色に染め上げた鉄騎族が疾走している。女が乗る鉄騎族の烈風丸だ。鋭く尖った伸びやかな機体が、月明かりを浴びて一際目立つ。

「ヒエン。皆よりも先行し過ぎだ。速度を落と…」
「落としたら殺すっ!」
ヒエンは大城を睨め詰めたまま、烈風丸の言葉を鋭く一蹴した。
ヒエンと呼ばれた女が収まる烈風丸の操縦席は、横幅が肩幅より少し広い程度で、ヒトの身長程度の長さしかない狭い空間だった。太古の昔、飛行機と呼ばれた空飛ぶ機械の操縦席に似ているらしい。前方には透明な風防があり、肩から上は外に出ている。両腕を伸ばした先に操縦桿が垂直に二本立っているが、ヒエンは腕を組んで握ってもいない。
「ねえ!今すぐ仕掛けようぜ!烈風丸!」
突然、ヒエンがガバッと身を乗り出し、目を輝かせながら水晶玉に顔を寄せて叫ぶ。この水晶玉の様な装置は烈風丸の視覚素子だ。
「ヒエン。またかたを破る気か?」」
水晶玉が青く点滅し、女を諭す様に話す。その一言で、ヒエンと呼ばれたその女の顔から笑顔が消えた。
「うっさい!ライカみてぇにガタガタ言うな!それでもアタシの相方か!参ノ狩り鉄騎かぁっ!」
ヒエンは水晶玉に顔をくっつけてムキになって捲し立てた。
ボスン!
激しく不機嫌になったヒエンが、勢いよく座席にもたれかかる。そして思いっきりふん反りかえると、プイッとそっぽを向いてしまった。
(やれやれ…)
ヒエンは頭に血がのぼりやすく冷めやすい。参ノ狩りの腕前は一流なのだが…。
烈風丸は、参ノ狩り鉄騎という鉄騎族の中でも勇猛な種族だ。二つの前輪と一つの大型後輪が一直線に縦に並ぶ「三輪仕立てさんりんじたて」と呼ばれる姿をしている。鋭く尖った楔の様な長く流麗な騎体きたいは、装甲殻と呼ばれる硬い甲羅で覆われている。その騎体は艶やかで金属の様だが、甲殻類や爬虫類の特徴を併せもつ有機的な造形をしていた。
だが、戦場では勇猛な烈風丸でも、相方のヒエン相手ではどうにも分が悪い。
(こういう時は…)
ヒエンの頭が冷めるのを待つしかない。ヒト族なら溜め息をつくところだろう。烈風丸は無言のまま水晶玉を前方に向ける。茫漠とした烈風丸の視線の先で、月に照らされた巨大な城族が、中空を音もなく進んでいた。

ここは下天げてんと呼ばれる世界。
古の国、日の本ひのもとの戦国時代に似ているという。ここでは人間のヒト族と、機械生命体である下天の輩が共存していた。
だが、似ているのはその景色や風情だけではない。下天は今、クニとよばれる都市国家が乱立し、互いの覇権を争う戦乱の世が百年を超えて続いているのだった。
そして、下天の戦では城族が主力兵器である。中空に浮いて移動できる上、装甲殻そうこうかくという強固な甲羅を持つからだ。武将達は各々城族を所有し、戦場では移動城塞として使われる。
そんな下天の戦場において、城族攻略を専門とする城狩り衆は、なくてはならない戦力だった。

ゴオオオォッ!
地響きのような轟音をあげて、大柄な鉄騎族が一騎、城狩り衆の一団から抜け出してきた。後輪よりも大きな前二輪を力強く蹴立てて、ヒエン達に急接近してくる。弐ノ狩りライカと鉄騎族の雷電らいでんだ。
「ヒエン!前に行き過ぎだ!参ノ狩りは私の後ろだろっ!」
突然、烈風丸の操縦席に怒声が響いた。ヒエンよりも大人の、よく通る女の声だった。
「へっ!ライカが遅せぇんだろっ?」
ヒエンは間髪を入れずに口元の集音機に叫ぶ。
雷電は烈風丸をゆるゆる追い抜くと、グイっと烈風丸の前に割って入る。烈風丸は即座に雷電の速度に合わせ、前方を雷電に譲った。
「ウルッセェ!お前が飛ばし過ぎなんだよっ!」
ライカがすかさず言い返す。
弐ノ狩りにのかり鉄騎の雷電は、騎体前部の幅が広く、後ろ半分は他の鉄騎族と同じで細長い。三輪車を前後逆にした様な車輪の配置で、前輪が二輪・後輪一輪になっており、前輪二輪が駆動輪で大きい。低く構えた様なその姿は、海に住むエイという魚に似ているらしい。
「城狩りの型を守れ!何度も言わせるな!」
城狩りは、壱ノ狩りいちのかりから参ノ狩りが三騎一体となり城族に仕掛ける。これを型と呼ぶ。ライカは弐ノ狩りだ。
ライカはヒエンよりも年上の女城狩りだ。大槌を振るって城への突破口を開く弐ノ狩りだけあって、鍛え上げた肉体は逞しく、膂力と度胸では男達にも負けない。城狩り衆きっての女傑である。
「カズ!」
ライカの声に反応する様に、群青色の鉄騎族が一騎、ライカとヒエンを追い抜いていった。カズと相方の壱ノ狩り鉄騎だ。高速が命の壱ノ狩り鉄騎は、外観こそ烈風丸に似ているが一回り小さい。二輪仕立てで「ばいく」そのものだ。
壱ノ狩りは、先行して城族の防御を攪乱する。真っ先に城族に近づいて電霊銛でんれいもりを打ち込み、妨害素子を送り込んで城族の防御機能を麻痺させる。
「カズ!まだ仕掛けるなよ!ここは狭い。本流のデカい川にぶつかるまで辛抱しろ」
「承ぉー知っ!」
カズの大声が通信機に響いた。
ヒエンが額当と一体になっている通信用の耳当てをずらして耳を抑える。
「カズ!デケェよ声!」
カズと壱ノ狩り鉄騎は、烈風丸と雷電をあっさり抜き去ると、大城に一気に近づいていった。

つづく「下天を駆けろ!」第2話

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