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「下天を駆けろ!」第36話(全42話)

「なにアレ?」
ハルが見上げる天空から、小さな光の点がみるみる大きくなってこちらに落ちてくる。
ザゴッ!!
「うおわぁっ?!」
ハルは反射的にその場から飛び退いて尻餅をついた。そのハルの目の前に、銀色の大きな楔が大城の装甲殻に深々と突き刺さっているではないか。
「な?何だよコレ?」
「リカ!第二次加速!」
唖然とするハルの頭上から雷電の叫び声が響いた。
「剛円斬!!」
空から裂帛の気合いが響いた。同時に向日葵色の円盤が、あり得ない速度で落ちてきてミオ・ツーに激突した。
ガゴォッ!!
凄まじい衝撃音と共に、ミオ・ツーが装甲殻を突き破り、ズボッ!と天守閣の中に飲み込まれた。勢い余った向日葵色の円盤も後を追う様に中に飲み込まれていく。
「え?え?今のリカ?なになになになにっ?!」
「行くぞハル」
狼狽するハルを尻目に、烈風丸は冷静に言った。
「だから何だよコレ?」
「ミオ様の作戦だ。雷電から鉄騎伝心で…」
「アタシは聞いてねぇっ!」
「『ハルが人の話を聞く確率は一分一厘。だから伝えるのは非効率』…とミオ様が」
「あんのクソ女ぁ!」
「ハル。行こう」
「うっさい!」
ハルはプンプン怒りながら、ミオ・ツーが開けた穴に飛び込んでその後を追った。

~同じ頃・大城の天守閣~
「なぜ…大城は突然九十九化した?」
御母堂が途切れそうな意識を保ちながら、ヨシマサに問う。
だが、ヨシマサは御母堂ではなく、大城の視覚素子が大写しにするハルの映像を頬杖をついて見ていた。
「僕ら電霊司は、自在に九十九化を起こす技術を開発したからだよ」
ヨシマサは映像から視線を逸らさず、頬杖をついたまま邪悪な笑みを浮かべて言った。
「九十九化を…?」
やはりヨシマサは御母堂を見ようともせず、ニヤつきながら話し続ける。
「九十九変化の偽装は簡単だよ。周囲から電霊霞を吸わせなければいい」
「貯蔵した電霊霞を吸わせて九十九化を抑えるのさ。大城は大量の電霊霞を貯めておけるからね。そして敵地に攻め込んだら、電霊霞を遮断して飢えた九十九変化を解き放つ…」
「後はさっき見た通りだよ。凄いよね!下天の輩が消え去った、キレイな領地が簡単に手に入るんだからね!忙しくなるよ!これから大城を大量に作ることになるんだから!」
嬉々として語るヨシマサを、御母堂は込み上げる憤怒を抑えながら呟いた。
「…狂っておる」
その御母堂の呟きを聞き流し、ヨシマサは飛翔して徹甲錐を放つハルの映像を面白そうに見つめている。
バチッ!
閃光と共に途切れた映像から目を離し、ヨシマサはゆっくりと立ち上がった。
「さぁて、お姫様を出迎えようか!」

「誰も居ねぇじゃん…」
臨戦体制で飛び込んできたハルは、拍子抜けした様に呟いた。
そう、大城の天守閣は無人だったのだ。
人気の無い天守閣はがらんとしていて、むしろ不気味だった。
「何の気配も感知できぬ」
烈風丸の声がハルの兜の中で響く。だが、ハルは傍に立つリカの方を気にして聞いていない。
「リカ。どしたん?」」
ハルの傍で、ヨロイを纏ったリカが大きく肩で息をしている。顔面蒼白でひどく具合が悪そうだ。
「な、何でもないっ!」
「お嬢、今はそっとしておいてやってくれ」
不思議そうなハルに雷電が静かに言った。
そんな二人に構わず、球体の姿に戻ったミオ・ツーが何かを見つけたらしい。操作盤の前までふわふわと移動すると、ミオ・ツーの表面に小さな穴が開いた。そこから紐状の端子がスルスルと伸びて、天守閣の操作盤に繋がった。
「アイツ、何やってんの?」
「お嬢!こっち!」
ハルが声の方を振り向くと、リカが天守閣中央の大きな座席の方を指差している。ヨシマサの大将席だ。
リカに駆け寄ったハルは、思わず声を上げた。
「何だこりゃ!」
そこには、床が抜け落ちてできた大きな穴があった。穴の周囲は黒く焼け爛れた様に変色している。その穴を見下ろしながら、ハルがウンザリして呟く。
「もうコレ…『罠』ってバレバレじゃね?…」
「珍しくお嬢と意見が一致したわ…」
穴を覗き込みながらリカも呟いた。穴はかなり深く、ずっと奥まで続いている様だ。
すると、ミオ・ツーが二人の方にスルスルと近付いてきた。
「おい!お前さっきから何やって…えーっ!」
文句を言うハルの目の前で、ミオ・ツーはスポッと穴の中に入ってしまったではないか!
「行くぞハル!」
烈風丸が叫んだ。
「えー?罠だよこれ!」
「ここは九十九の影響が強いね。抗体の効果が気になるよ」
雷電がいつもの穏やかの口調で言う。リカが瞬時に真顔になった。
「効果は、後どの位?」
「標準値で二〇分と五〇秒。ここではさらに短くなるだろうね…」
それを聞いたリカが顔面蒼白になった。リカはハルの腕をグイッと掴むと、穴の中に勢いよく飛び込んだ。
「わあっ!ゼッタイ罠だってぇぇぇ~!」
叫びの残響を虚しく残し、ハルとリカは穴の中に吸い込まれていった。


〜大城・電霊宮でんれいぐう
ボコン!
薄暗く広い部屋の床から、銀色の楔が突き出した。そのまま室内に飛び込んだミオ・ツーは、すぐに球体状に姿を変えると、床の上にふわりと停止する。
この大城の電霊宮でんれいぐうは、他の城族のものよりはるかに広い。当然、貯蔵している電霊霞の量も桁違いだ。壁面に電霊霞結晶が天井までびっしりと生えており、一つ一つが朧げな紫の光を放っていた。

ミオ・ツーは、天守閣でこの電霊宮の位置を特定していた。そして穴に飛び込んだ後、楔型に変形して別の穴を開け、ここを目指して掘り進んで来たのだった。
ミオ・ツーは、何かを探す様にふわふわと電霊宮の中を移動していく。その銀色の体に淡い無数の紫色が映り込んでいる。やがてミオ・ツーは、何も光を発していない不自然な部分の前で停止した。
それは、人の背丈よりも少し高い壁面にあった。暗鬼が纏う漆黒の戦装束が、人の形のままボロボロになって張り付いているのだ。当然、装束の主は居ない。九十九化した大城に生きたまま繋げられ、身体は全て吸い付くされたのだろう。その衣装の心臓のあたりに、黒いシミに覆われた電霊核が残されていた。
その凄惨な屍こそ、鍵となったキリエの変わり果てた姿だった。
ミオ・ツーの表面に穴が空き、また紐状の端子がスルスルと伸びる。端子は黒く変色したキリエの電霊核に接続した。
ヴゥゥン…
キリエの電霊核が力無く淡い光を放った。
《…だれ?》
ミオ・ツーの制御素子に、ざらついた音声が響いた。


「また誰もいねぇし…ガチ『罠』確定!」
電霊砲を構えて周囲を警戒するハルが呟く。
ツチグモを追って穴に飛び込んだハルとリカが辿り着いたのは、円形の床と半球状の天井の広い空間だった。ツチグモが開けた穴は、この半球状の天井に繋がっていた。
「油断するな」
烈風丸が呟いた。ハルとリカは油断なく周りを見回す。黒く霞んだこの場所はひどく見通しが悪い。すると烈風丸が低く呟いた。
「この空間は九十九の影響がとても強い」
九十九に抵抗力を持つ烈風丸でさえ、この空間は意識を持っていかれそうな感覚を覚えた。抵抗力を持たない雷電は、抗体を投与していても消耗が激しいはずだった。
「時間との勝負だ」
雷電はいつも通りの穏やかな口調だったが、それを聞いたリカの顔からは血の気が引いている。
「サクッと終わらせよう雷電!」
リカが二つの大槌を繋ぎ合わせて豪槌に変え、低く構える。
「あれ?ミオ・ツーは?」
ハルは辺りをきょろきょろ見回すが、あの目立つ銀色の球体が見当たらない。
「あんにゃろ~!肝心な時に使えねぇ!」
すると突然、円形の床の中心が音も無く口を開けた。
そこから軟体動物の様に黒い触手が何本も這い出てきた。その無数の触手に抱え上げられる様に、ゆっくりと純白の城護り鉄騎がせり上がってくる。その背中には、無数の黒い触手が繋がって、生き物の様に絶え間なく脈動していた。
「うわー。マジでキモ~」
それを見たハルが思わず身震いする。
「お嬢!あれを!」
リカがヨシマサの方を指差して叫んだ。ヨシマサの背後、そこには触手にグルグル巻きにされた御母堂が、意識を失ったまま吊し上げられていた。
「ばあちゃん!」
絶叫するハルを完全に無視して、ヨシマサは兜の中で邪悪な笑いを浮かべて叫ぶ。
「サクッとだって?それはこっちのセリフだよっ!」
その刹那、純白の城護りは空気の揺らぎも起こさず忽然と消え失せた。

つづく「下天を駆けろ!」第37話

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