見出し画像

「下天を駆けろ!」第32話(全42話)

ドクン。ドクン。
心臓の音がやけに大きい。だが、機人にとってこの心臓は必要なのだろうか?確かに血も流れているし呼吸もする。しかし我らは下天の輩。ヒト族とは別の生き物だ。そうだ…姿形があまりにも似ているが故に、過ちが後を経たない。いっそのこと、鉄騎族の様に似ても似つかない姿なら良かったのに…。
(過ちは、全て屠れ!屠れ!…)
感情素子を、怒りと憎悪が吹き荒れる。そして目の前には、ヒトの形をした「過ち」が累々と横たわっていた。
今、箭瀬ノ大城の天守閣は、累々と横たわる屍で埋め尽くされた地獄絵図だと。その地獄の真ん中にキリエは一人立っていた。身に纏った禍々しい漆黒の城護りヨロイは、返り血を浴びて赤く染まり、右手に持つ大太刀からは真っ赤な血が滴り落ちている。
「貴様…何をしたのか分かっているのか!」
女の声がした。声の方を向くと、そこには紫の城憑き装束を纏い、赤子を抱いた女がキリエを見上げていた。
「城憑き?…」
知らない女だ。この大城の城憑きではない。当然だ。この大城の城憑きは、たった今この手で屠ったのだから。心から愛していたのに…。
その城憑き装束の女はキリエに怯む様子もなく、怒りに燃える目でこちらを睨め付けている。
「その赤子…」
キリエは食い入る様に赤子を見据える。そしてゆっくりと大太刀を振り上げた。怒りと嫉妬が目の前を赤く染めていく。
「過ちの…塊だ!」
キリエは赤子を抱く女に大太刀を振り下ろした…。


ピーッ!ピーッ!ピーッ!
…警報が鳴り響いている。
意識が混濁したキリエの頭の中で…身体中で…素子群の全てを、けたたましい警報が駆け巡っている。
《今のは…夢?…》
光を取り戻したキリエの視覚素子に飛び込んできたのは見慣れた光景だった。
無機質で広い白い床。四方を見渡せる巨大な風防。その風防に沿う様に並ぶいくつもの座席…。
《見違えるはずなどない》
ここは紛れもなく箭瀬ノ大城の天守閣だった。今まで目の前に広がっていた地獄絵図は跡形も無く消え去り、白い床には死体や鮮血はおろか塵一つ落ちていない。
《なんだ…コレは?》
今、キリエの視覚素子は大きく三分割されていた。視覚の左右には、大城の内部各所が小さな画像で無数に並んで映し出されている。そして正面は進行方向の視覚情報らしく、広大な平野部に広がる水田地帯を高速で進んでいた。

「進路そのまま!」
聞き慣れた声が響いた。その声が命令となって取り込まれ、キリエの素子群を経由して大城の各部へ伝わっていくのが感じとれた。
だがキリエは焦った。自分の身体が動かないのだ。いや、動かそうとする身体が何処なのか感じ取れない。
「どうだい?箭瀬ノ大城の『鍵』になった気分は?」
《大城?…鍵…?》
キリエの正面にあったラクザを探索する画像が縮小されて左に移動し、視覚の中央に天守閣の画像が広がった。どうやら声の主を拡大したらしい。
天守閣の中央、大将席と呼ばれる豪華な座席にそれは居た。
純白のヨロイを纏って足を組み、悠然と座るその人物は、兜の風防を開いた。
《ヨシマサ!》
キリエが顕になった素顔を見て思わず叫んだ。だがヨシマサには聞こえないらしく、無反応なままニヤニヤしながら話し始めた。
「さすがは元箭瀬ノ大城の城護り役。お前の属性は大城に記録済みだったから、実に呆気なく繋がったよ」
《何を言っている?》
ヨシマサは邪悪な笑みを浮かべると、右手で鍵を回す様な仕草をしながら言った。
「お前はただの鍵!僕の命令を大城に伝える為の、ただの道具になったのさ!」
キリエは悟った。だから自分の身体を感じ取れないのか。大城を感じ取れるのに、何一つ自由に操れない。ヨシマサの指令を、キリエの身体を経由して大城の隅々に伝えるだけの存在…。

《鍵とは…こういう事か…》
落胆とも諦めともつかぬ無力感がキリエを満たしていく。そんなキリエとは裏腹に、ヨシマサの弾んだ声がした。
「見つけた様だね!」
ヨシマサが邪悪な笑みをたたえて叫んだ。
「電霊宮との接続解除!」
ゴウン!ゴウン!
ヨシマサの命令がキリエを伝って駆け巡る。すると、鈍く響き渡る振動が大城全体を包んだ。途端に猛烈な乾きがキリエを襲った。それは空腹とも痛みともつかない凄まじい感覚となってキリエを呑み込んでいく。
「よぉく見てよ!大城の真の姿!」
キリエの視界が黒く霞んでいく中、ヨシマサの嬉々とした声が天守閣に響いた。

~同じ頃・ミオの「らぼ」~
「でもさ、ホントにこれでラクザまで行けんの?めっちゃ遠いじゃん!」
ハルが疑う様にミオに言った。ハルの視線の先、らぼの中央に円形に歪んだ空間が浮かんでいる。ミオが展開した『門』である。
「余裕だぜ!特技師舐めんなよ。それに…」
「この聖域までの道のりを知られては困るんでね」

「…だから、私達も急に『門』に吸い込まれたのですね」
そう呟く雷電に、なぜか自慢げにミオが言う。
「そっ!ここは一切秘密の聖域だから!」
「思いっきり来ちゃってますけどね…」

合流したリカと雷電、そしてハルと烈風丸は、ミオの「らぼ」で大城討伐の作戦会議中である。
「お嬢…こちらのお方が、本当に特技師様?」
リカは、ミオの振る舞いと煙草の煙に圧倒されている。
「残念だけどな…」
ハルがため息混じりに答える。
「ごめんねぇ!リカちゃん!イメージ崩しちゃったぁ?」
ミオは片目を瞑ってリカにニッコリ微笑む。
「あ、いえ!滅相もないぃ!」
リカは瞬時に姿勢を正して固まった。
「とはいえ…」
「特技師は下天の管理者である以上、下天の有り様に直接干渉はできねぇ。だが…」
「『知恵を授かる事はその限りではない』」
雷電がミオの言葉に続けて言った。
「アイツがそんなことを?」
「はい。そうお伝えしろと…」
「ふーん。相変わらず手回しの良いヤツだぜ…」
ミオが意味ありげにニヤリと笑う。

「ま、ちゃんと用意してたけどねぇ」
突然床に穴が開き、そこから銀色の球体が浮かび上がってきた。それは直径一米半ほどで、床から五〇糎程の高さに浮いている。表面は鏡の様に周囲を映し込み、継ぎ目が全くなかった。
「知恵その一。ミオ・ツーだ。こいつは弐ノ狩り、リカちゃんと雷電を支援するよ。他にも色々できるけど以下省略!」
「これが?…弐ノ狩りを?」
リカは、今度はミオツーを凝視して固まっている。
「作戦は雷電の鉄騎伝心に送ったぜ。よろしく!」
「受け取りまし…う…これは…何と…」
「雷電、どんな作戦だ?」
尋ねるリカに、雷電は思案しながら答える。
「…リカの出番だね!」
「私の?」
妙に面白そうな雷電をリカは訝しむ。

「そしてナナシにはコレ!」
ミオは烈風丸の騎体に触れると、電霊砲の弾倉を開く。
「稼ぎ六回分!」
そういいながら、弾倉に円錐型の砲弾二発を装填した。
「ミオ様。かたじけない」

「で、次の知恵なんだけど…」
礼を言う烈風丸に、ミオが少し真面目な顔になって質問する。
「ナナシ、『九十九変化(つくもへんげ)』を知ってるか?」
よわい百を超えた下天の輩は『吸血鬼』になるという、あの?」
烈風丸の答えにミオが頷く。
「そう。ホントは血じゃなくて電霊霞を吸うんだけどね。さっきのツチグモがそうだ」
「げぇっ!あの気持ち悪いヤツ?」
ハルは反射的にブルっと身震いする。
「電霊司はツチグモを生み出した様だ。ならば大城にも居ると思った方がいい」
「で、知恵そのニ!」
バシュッ!
ミオ・ツーが何かを発射して、は雷電の騎体に命中した。
「と、特技師様?」
「九十九抗体だ」
驚く雷電にミオがニヤリと答える。
「一定時間、九十九の力を防ぐ。効果は長くないから気をつけろ」
「ミオ、ナナシのは?」
不満そうに言うハルに、ミオが素っ気なく答える。
「ナナシにはいらないよ」
「何で?ケチ!」
「ケチじゃねぇ!九十九にやられて死ななかった電霊種は、九十九抗体を持つから!」
ミオは面倒そうに煙草の煙を吐いて答えると、今度は少し穏やかな口調になって言った。
「まあ、生き残ったヤツはナナシで二人目だけど…」
「…他にも生き残ったものが?」
烈風丸の驚きにミオが少し真顔になる。
「…シズカだよ」
その言葉に、ハルが驚きの表情を浮かべている。
「…いま、シズカって言った?」
「そう、赤ん坊のお前を助けたシズカだよ。ずっとラクザに居るじゃん」
「お前達は御母堂って呼んでるけど!」

つづく「下天を駆けろ!」第33話

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?