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「下天を駆けろ!」第33話(全42話)

バリバリバリバリ!
黎明の空を切り裂く様な轟音がラクザ全体に鳴り響き、シロヤの庭に集まっていたラクザの民から悲鳴が上がった。
「皆落ち着け!止まらずに総門へ進むのじゃ!」
その小さな身体のどこから出るのか、轟音を打ち消す御母堂の大音声が、広い庭全体に響きわたる。
「これが最後の組だな?」
座布団浮遊機に乗る御母堂が、総門の脇にある操作卓に向かって言った。
「順調です」
操作卓を操作している近衛組が答えた。

「御母堂様!あれを…」
「どうした?」
御母堂は、傍で護衛についている近衛組の方に向き直った。
彼はラクザ正面を凝視したまま立ち尽くし、ゆっくりと指差して言った。
「擬装が…」
近衛組が指差す先を見た御母堂は小さく息を呑む。
「まさか…」
御母堂の視線の先、シロヤから伸びる目抜通りの向こうに紅く輝く朝日が昇ろうとしている。その眩い朝焼けを縦に裂くように、空まで伸びる大きな「裂け目」ができていた。
「破られた…だと?…」
その風景の裂け目を巨体で押し広げながら、大城が猛烈な勢いで城壁を薙ぎ倒し、地響きを上げて領内に侵入してきたのではないか!
「箭瀬ノ…大城…」
御母堂は、大城を凝視したまま搾り出す様に呟く。

龍神が鎌首をもたげた様な天守閣。それを覆う巨大な八本の爪状装甲殻。通常の五倍以上の巨体…。
それは紛う事なき異形の怪物、箭瀬ノ大城だった。その異形の巨大生命体が、ラクザの偽装を布切れのように引き裂いて領内に乗り込んできたのだ。
グゥオゴゴゴゴゥゥ…
次の瞬間、空気を揺るがして急激に減速した異形の大城は、シロヤからわずか五〇〇米ほどに迫った地点で、その巨体をぴたりと止めた。
御母堂は、シロヤと真っ直ぐに対峙する異形の怪物を見つめたまま近衛組に命じた。
「時を稼ぐ。城狩り衆を出せ」
「御意!」
駆け出した近衛組を見送り、御母堂は集まっているラグザの民に向き直る。
「恐れる事はない。伍ノ領までヤツは追って来られぬ。さあ急いで!」
恐怖の余り恐慌をきたしそうになるラクザの民を、御母堂は優しい笑みと強く穏やかな言葉で励ます。ヒト族と下天の輩からなる集団は、怯えた表情のままゆっくりと総門に進み始めた。
同時に、シロヤの城壁がゆっくりと開いていく。庭に集められた数十騎の城狩り衆が、一斉に鬨の声を上げた。
「仕掛けるぞぉ!」
「おおぉっ!」
近衛組を先頭に、二十騎あまりの城狩り鉄騎が、土煙を上げながら次々に城門から駆け出して行った。

「今のうちじゃ。早く!」
御母堂は避難するラクザの民を総門に促す。城狩り衆の鬨の声に元気付けられたのか、皆の足取りが少し早くなったその時だった。
ざわっ!
御母堂は、何かに吸い込まれそうなドス黒い気配に全身が総毛立った。
「これは…」
忘れようにも、この恐怖は身体が覚えていて消す事ができない。御母堂は大城の方を振り向いて、その光景に戦慄した。
聳え立つ大城を、黒い霧がじわじわと包み込んでいく。その大城の周囲には、シロヤを駆け出した城狩り鉄騎達が次々に倒れて動かなくなっていくではないか!
大城を包む黒い霧が長い触手の様に何本も伸びて、城狩り鉄騎達に絡みついていく。
「まさか?…」
目の前の光景に一瞬釘づけになった御母堂は、直ぐにラクザの民に向かって声の限りに叫んだ。
「走れ!総門に逃げ込め!早く!」
鬼気迫る御母堂の叫びに弾かれた様に、残っていたラクザの民が総門に駆け出した。鉄騎族に飛び乗る者、高齢のヒト族を抱えて走る機人、皆が必死になり総門に駆け込んでいく。
足を速める人々を見守りながら、御母堂は操作卓にかじり付いている近衛組の若者に向かって静かに言った。
「近衛組も、お主が最後の一人か」
「…はい」
若者は操作卓から顔を上げずに答えた。
「後はワシがやる。お主は行け」
「な、なりません!最後まで私が!御母堂様はお早く避難を…」
「最後まで残ってこの総門を破壊しなければ奴らが追ってくる…そうであろう?」
近衛組の顔から表情がなくなった。
御母堂は、近衛組の若者にニコリと笑うと、真っ直ぐな口調で言った。
「また一からラクザを造り直すことになる。お主たち若者の力が必要じゃ」
「なりません!御母堂様を置いてなど!リカ様に何と申せば…』
「ならば命ずる。わしの言葉をリカに伝えよ!若い者は新天地で働けとな!」

すると御母堂の座布団浮遊機から、伸縮式の自由義手が伸びた。そして近衛組の胴に巻きついて軽々と抱え上げた。
「ご、御母堂様?」
御母堂はそのまま浮遊機でふわりと飛び上がり、総門に向かう人々の列を追った。並んで進んでいた住民達が、追いついてきた御母堂に驚いて歩みを早める。すると列全体が小走りになり、どんどん総門に吸い込まれていった。
そして最後の一人が総門の中に消えると、御母堂は総門の直前で止まり、近衛組の若者をポイっと総門の中に置いた。近衛組が振り返って叫んだ。
「御母堂様!お早く!」
だが、御母堂は動く気配もなく叫んだ。
「ラクザを頼んだぞ!」
御母堂は微笑みながら見送っている。言葉もなく御母堂を見つめたまま、近衛組は総門の光の中に消えていった。

「さて…」
皆を見送った御母堂は、浮遊機で素早く総門の脇にある操作盤にとりついた。そして、表示板で全員の転移が完了した事を確認すると、自由義手を操作卓伸ばした。
バチバチッ!
義手の先端が発光した瞬間、総門の操作卓が火花を発した。やがて起動音が徐々に小さくなり、総門は機能を停止していく。
そして、再び大城の方を振り返った御母堂は、再び我が眼を疑った。
大城から黒い触手が無数に伸びていたのだ。その触手は十機の城狩り鉄騎に絡みつき、中空高く吊し上げているではないか。鉄騎達は電霊霞を吸い取られ、みるみる萎んでいくのがはっきりと見えた。
その光景に、御母堂は凍りつく。
「九十九変化…」


~再び・ミオの「らぼ」~
「う?うぅええぇ~っ?」
「な、なんと?!」
「あれ?言ってなかったっけ?」
驚きの声を上げるハル達に、ミオはしれっと言ってのけた。
「で、でも、ばあちゃんはその…おばあちゃんだよ?シズカは若くて綺麗な…」
「左様。そもそも機人は歳を取らぬ筈…」
ハルは烈風丸の蘇生で体験した記憶のせいで、美しいシズカの姿が脳裏に焼き付いている。それは烈風丸も同じだった。
「あの老婆の様な姿は…ツチグモにやられた」
ミオが抑揚なく静かに話し始めた。

「遺跡を使ってラクザを作ろうとした時、シズカ達が休眠状態のツチグモを偶然見つけちまった。その場にいた者で生き残ったのはシズカだけだ…」
「シズカは一命を取り留めたが、急激に電霊霞を吸い取られちまって…あの姿になってしまった」
ハルは呆然と聞き入っている。
「ツチグモは、触れた下天の輩から電霊霞を吸い尽くす。そしてどんどん肥大化していくんだ」
「そのツチグモは?」
「私が処理した」
するとミオは、ハルの方を向いて穏やかな口調になった。
「でもさ、ハル…」
「シズカを生かしてきたのは…お前だよ」
「?」
「ツチグモにやられた時点で、あいつの余命はもう無かった。生き残ったのも、十年以上生きていたのも、まさに奇跡だ」
「……」
「お前は寝坊助で一〇年も起きねぇからさ…目覚めたハルに会いたいって、その一心でシズカは生きてたんだぜ」
「……え?」
「目覚めたと聞いて、アイツがどんなに喜んだか…。でもさ、お前が大人の姿だったんで超ビビってたけどなぁ!」
ハルは黙ったまま俯いて動かなくなった。

次の瞬間、突然、ミオが緊迫した叫び声を上げた。
「…何だとっ!」
「うわっ!な、なんだよ急に?」
驚いて顔を上げたハルは、慌てて顔をゴシゴシ拭いている。
「箭瀬ノ大城が…九十九化した」
呻くようなミオの言葉に、全員が凍りついた」
「ミオ様。いま、何と?」
「何でミオに分かるんだよ!」
「シズカの眼を借りていた。十二年ぶりだからブチブチ途切れるけど」
「それで…ラクザのみんなは?御母堂様は?」
珍しく取り乱し気味のリカに、ミオは絞り出すように言った。
「住民の避難は完了している。だが…」
「シズカのバカめ…残りやがった」
「御母堂様が?」

ヴォォオン!
リカの叫びを凄まじい轟音が掻き消した。烈風丸が後輪を空転させて『門』に向かって半回転する。ハルは、いつの間にか烈風丸の操縦席に収まっていた。
「お嬢!何を…」
ハルは何も答えない。
「待てハル!向こうは九十九変化の…」
制止するミオの言葉を掻き消すように、ハルの叫び声が響いた。
「ナナシ!ヨロイっ!」
「御意!」
眩い桜色の光弾になったハルと烈風丸は、光の尾を引きながら開いた空間に飛び込んで行った。

つづく「下天を駆けろ!」第34話

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