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「下天を駆けろ!」第34話(全42話)

朝焼けを背にしたその惨劇は、まるで影絵のように御母堂の目前で繰り広げられていた。
騎体を失った鉄騎族から相方の城狩り達が次々と地面に落ちていく。触手に中空高く持ち上げられた城狩り達は、皆なす術もなく地面に叩きつけられ、そのまま動かなくなった。みるみる立ち込める黒い霞が、朝焼けに包まれていたラクザを薄暮に変えていく。
「箭瀬ノ大城が…九十九変化…」
すると今度は、いくつもの光が尾を引いて地面から空に舞い上がっていった。力尽きた鉄騎族達の電霊核である。だがその光は、大城が発する黒い霞に遮られ、蝋燭が吹き消される様に光を失い地面に落ちて消失していく。
「電霊核まで…」
その光景を呆然と見ていた御母堂は浮遊機を下ろすと、ゆっくりと地面に降り立った。そして沈黙した総門にもたれかかり、力なく座り込んで項垂れた。

ジャリッ!
項垂れた御母堂の視界に、白いヨロイの足が見えた。
「これが『門』だね。でも壊しちゃって勿体ないなぁ」
妙に緊張感のない声が頭上から聞こえてきた。
「それにしても、下天にはまだ謎の秘術が埋もれてるなぁ。特に未開の北域には!」
御母堂がゆっくりと顔を上げる。そこには、禍々しい装飾が全身に設られた純白のヨロイが、総門を興味深く見上げている姿があった。
「九十九変化の目の前なのに…」
平然としているそのヨロイに、御母堂は呆然と呟いた。
「平気なのか?…ヨシマサ!」
純白のヨロイが御母堂を見下ろす。
「そういうお前こそ…九十九の影響を受けていない様だけど?」
「会うのは初めてだよね?ラクザの御母堂」
ヨシマサは右腕で御母堂の胸ぐらを掴んで軽々と吊し上げた。そして、御母堂を兜に覆われた顔の前に乱暴に近づけて言った。
「いや…特技師の御伽役おとぎやく・シズカだっけ?」
ヨシマサは、興味深げにまじまじと御母堂を観察している。
「一度でも九十九変化にやられると、二度と九十九の力は効かない…なーんてウソだと思っていたよ」
御母堂は答えず、黙ってヨシマサを睨め付けている。ヨシマサは御母堂の視線など気にもせず続けた。
「よくも電霊霞共を逃がしてくれたね」
「どこに逃したの?」
御母堂は目を閉じて静かに言った。
「殺せ」
「やだね」
ヨシマサは即答すると、さらに御母堂を兜の方に引き寄せて言った。
「さっきの『偽装』とかさぁ、まだ他にも隠してるでしょ?たとえば…」
「あの、ハルとかいう小娘とか?」
兜に隠されて見えないはずのヨシマサの顔が、邪悪な笑みで歪むのが見える様だった。御母堂は目を閉じたのまま表情ひとつ変えずに沈黙している。
「色々と聞かせてよ。ねえ、シズカ!」
御母堂の顔を覗き込みながら、ヨシマサが面白そうに言った。

ヴオオオオォン!
総門から低い起動音が響き、硬い壁の様だった本体が淡く発光を始めたのだ。
「ん?…壊れたはず…」
見上げたヨシマサの目の前で、総門の表面が一瞬揺らいだ。
ドオォン!
次の瞬間、総門から桜色の光の塊が砲弾の様に飛び出してきたかと思うと、急激に下に軌道を変えてヨシマサめがけて突進してきた。ヨシマサの視界が桜色の光で埋まる。反射的に体を躱したヨシマサの右腕に激痛が走った。
「な?…」
右腕に眼をやったヨシマサは信じられないものを見た。
一瞬で桜色のヨロイがヨシマサの目の前に現れ、その右手を高く上げてヨシマサの右手首を掴んでいる。
「いつの間に?…」
「ばあちゃん離せっ!!」
ハルは叫ぶと白いヨロイの手首をギリギリと締め上げていく。その小柄な体躯からは想像もつかない握力だった。
「貴様…九十九が…平気なのか?!」
ヨシマサは九十九の影響を全く受けていないハルに驚きを隠せない。ハルは、純白のヨロイの装甲が薄くなっている手首の可動域を正確に極めている。余りの激痛にヨシマサの怒りが爆発した。
「離せぇっ!」
ヨシマサはハルに向かって神速の左拳を放つ。
だがその拳は空を切った。
「なに?…」
ハルが瞬時に消えたのだ。慌てて周囲を見回すヨシマサの背後に、ハルが構えもせず忽然と立っていた。兜の風防の中で燃え盛る緋色の瞳は、ヨシマサに捕まった御母堂を捉えて離さない。
(なんだ?こいつの動きは?…)
ヨシマサは戦慄した。一瞬も捉える事ができなかったのだ。空気の揺らぎさえ起こさぬハルの動きを…。
「想像以上だ…」
兜の中でヨシマサの顔は邪悪な笑みで歪んでいく。込み上げてくる興奮を抑えきれず、笑いが止まらない。
「面白い…面白いぞ女!お前は素晴らしい『道具』になるよ!」
そう叫んだ瞬間、今度はヨシマサが消えた。
ヒュン!
瞬間移動の如くハルの間合いに飛び込んできたヨシマサの左拳が空気を切り裂く。
「ぅおっ?」
ハルは砲弾の如き一撃を大きく上体を反らせて躱した。その仰け反ったハルの目前、息がかかる程の距離に純白の兜が迫った。
「絶対欲しい…お前は僕のモノだ!」
歪んだ邪悪な笑みが、密着した兜の風防の向こうに透けて見える。仰け反るハルに覆い被さる様に兜を密着させ、前屈みの格好のままで呟いた。
「御母堂は人質だよ。取り返しにおいで」
その全身に絡みつく様な物言いに、ハルは総毛立った。
ブン!
脊椎反射で放ったハルの頭突きは空を切る。ハルは前のめりになりながらキョロキョロ周囲を探るが、既にヨシマサの姿はなかった。

「ばあちゃん!」
ハルの叫びを、周囲に立ち込める黒い霞が吸い込んでかき消していく。
「ハル!見ろ」
烈風丸の声に、ハルは目の前の光景に息を呑んだ。
「みんな…やられたのか?」
それは、黒い霞が立ち込める人気の無いラクザの街に、累々と横たわる無惨な城狩り衆の亡骸だった。
「九十九の力だ。あの大城が…」
烈風丸が呻く様に呟く。目を背けたくなる光景を前に、ハルの表情がまるで炎を纏う様にみるみる怒りに覆われていく。
「あんんっの真っ白キモタコ野郎おぉぉ~!」
咆哮を放ったハルの両足から足鉄騎がせり出し、ハルの全身が桜色の閃光を放った。

ドオォン!ドオォン!
その時、総門から轟音が響いて向日葵色の弐ノ狩り鉄騎と銀色の球体が飛び出してきた。
「お嬢!待て!」
リカが雷電から身を乗り出して叫ぶ。だがハルは振り向きもせず、大城を睨め付けたまま吠えた。
「ばあちゃん返せっ!」
叫ぶやいなや、ハルは土煙を巻き上げ、まるで爆発の様な猛加速で大城へ向かって突進して行った。
「お嬢、完全に頭に血が昇ってるわぁ…」
まるで弾丸の様に突進したハルを見てリカが呟いた。
「ミオ様の言った通りだね」
「リカ。烈風丸には鉄騎伝心で伝えてある。俺たちはミオ様の作戦通りに…」
「あのさ雷電…」
リカが珍しく不安そうに言った。
「ホントにやるの?」
リカはチラリと横に目をやった。
その視線の先、銀色の球体ミオ・ツーは、中空に浮かんだまま雷電の傍に寄り添う様に停止している。
「急ごうリカ!ミオ様にもらった九十九の抗体だって長くは持たない」
雷電の言葉に反応する様に、球体だったミオ・ツーの輪郭が歪む。そして、鋭利に先端を尖らせ、後ろの部分を平たく変形させていく。そして見る間に三角翼を広げた飛行体に姿を変えた。
「さあリカ!乗って」
「ううっ…マジか」
雷電に急かされたリカは、顔面蒼白になって両手を握りしめた。

つづく「下天を駆けろ!」第35話

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