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「下天を駆けろ!」第35話(全42話)

「まさかあの御伽役のシズカが、老婆の姿になって生きているとは…」
無人の天守閣にヨシマサの声が響いた。
「さすがに騙されたよ。機人に老人と子供はいないからね。九十九の影響とはいえ、まさに神秘だ」
大城の天守閣に戻ったヨシマサは、再び豪勢な大将席におさまって肘掛けに頬杖をついている。黒い触手にぐるぐる巻きに縛られた御母堂を、自分の目の前に吊し上げて興味深く観察していた。
「御伽役といえば特技師の補佐役。下天の有り様に直接手を出せない特技師とっては、まさに手足の様な存在だよね?それが何故、ラクザの領主なの?」
ヨシマサは兜の風防の奥で、あざける様にニヤつく。すると縛られて宙に浮いている御母堂が、目を閉じたまま呻く様に口を開いた。
「この下天に、御伽役の存在を知るものはいない」
「電霊司の頭領だよ。知っててあたり前だろ?」
「それに…私は二代目の御伽役。初代を引き継いだに過ぎぬ」
「初代?」
「…やはり、覚えていないのか」
御母堂が搾り出す様に呟く。
「何のことかな?」
兜の奥で、ヨシマサの片眉が微にぴくりとした。

「『箭瀬の深追い』」
「馬鹿にしているのか?あれを忘れる者などいないよ」
御母堂の言葉に、ヨシマサは拍子抜けした様に言い返した。御母堂はさらに抑揚なく続ける。
「そう。お前が八瀬家と城狩り衆を皆殺しにした、あの忌まわしき謀略だ」
するとヨシマサはゆっくりと顔を左右に振ると、御母堂に向かって子供を嗜めるように言った。
「人聞きが悪いねぇ。いいかい?『箭瀬の深追い』は城狩り衆の暴走だよ!」
御母堂は、さらにヨシマサに問う。
「なぜ、城狩り衆だったのだ?下天の輩は他にもいる」
ヨシマサは御母堂を見てニヤリと笑った。
「気持ち悪いから!」
「きもちわるい?」
御母堂の片眉が少し上がった。
「相方とか言って、ヒト族と鉄騎族が結びつくなんてさぁ。悍ましくって虫唾が走るよ!だから真っ先に消すことにしたのさ!」
邪悪な笑顔で嬉々として話すヨシマサを、御母堂は半ばあきれる様に見つめる。そして、少し語気を強めて言った。
「ひとつ聞きたい」
「?」
「『箭瀬の深追い』より以前…お前はいったい何をしていた?」
御母堂は静かにヨシマサを見据える。
「まえ?」
「そうだ」
「はははは。何をくだらない事を…ん?」
ヨシマサの表情が一瞬で固まり、言葉を詰まらせた。
「どうした?」
「…?」
静かに詰め寄る様な御母堂の問いに、ヨシマサは反論する言葉が出てこない。ヨシマサを見据える御母堂の眼光に、僅かに力が宿った。
「記憶を消された事さえ覚えていない。消された事を疑問にすら思わない…」
「何だと?…」
言葉を搾り出すヨシマサに、御母堂の口元が微かに上がった。
「それで司頭領とは…哀れなものよ」
「だ、黙れ!機人ごときが知った口をきくなっ!」
ヨシマサは、狼狽している自分自身に驚いていた。事実無根の戯言であるはずなのに…まるで秘密を暴かれた様に動揺していた。感情を抑えられないヨシマサを、御母堂は憐れむ様に無言のまま見つめている。
ズンズンズン!
突然起きた鈍い振動が天守閣を揺らした。大城の電霊砲が発射されているらしい。同時に大城の視覚素子が、ヨシマサの周囲の空間に映像を大写しにした。
「ふふっ!この子はやっぱり面白いねぇ…」
その映像を見たヨシマサが、瞬時に気を取り直してほくそ笑む。それは、ほぼ垂直に聳える塔の様な大城の上部構造を、小さな桜色の物体が高速移動している映像だった。
「ハル?」
思わず御母堂がつぶやく。それは右腕の電霊砲を放ちながら、重力を無視した「壁走り」で天守閣にぐんぐん接近するハルの姿だった。


バンバンバン!
電霊砲の発射音が鳴り響く。
聳え立つ大城の上部構造の壁面を、桜色のヨロイが重力を無視して垂直に駆け上がっていた。
巨大な椀上の下部構造を、得意の壁走りで一気に駆け抜けたハルは、勢いもそのままに上部構造にまで到達していた。
「硬っ!全然効かねぇじゃん!」
天高く鎌首をもたげる巨大な上部構造の頂点、龍神の頭の様な天守閣に向かってハルが右腕の電霊砲を連射している。だが、頑強な装甲殻はびくともしない。
「ハル。天守閣の天井に急ごう」
「簡単に言うなっ!え?天井?」
トン!
ハルは反射的に壁面を蹴飛ばした。そして中空に躍り出ると推進機を全開にして、一気に天守閣の上空まで飛翔する。
ヒュン!ヒュン!ヒュン!
飛翔するハルめがけて、電霊砲の光弾が無数に飛んできた。天井の迎撃砲門の一斉射撃だ。
「ハル!『稼ぎ三回分』だ!」
「その変な名前やめろっ!」
ハルは叫びながら、右腕を眼下の天井に向けると、二の腕から砲門が迫り出した。
ドンッ!
乾いた爆発音と共に徹甲錐が矢の様に放たれた。
ゴォオン!
天井が閃光に包まれ、爆炎が一気に広がる。
ハルは天守閣の上空で前方宙返りを決めると、天守閣の天井部分にストンと着地した。
広い天井に配置された電離砲塔は、徹甲錐で全て破壊されていた。しかし、鱗の様な装甲殻は傷一つ付いていない。
「で?どうやって中に入るんだよ?」
「そろそろだ」
「何がだよっ!」
「上」
「うえ?!」
ハルは黒く霞んだ空を見上げる。
「は?…」
「ミオ様の侵入作戦だ。先程、雷電から鉄騎伝心で聞いた」
ハルが見上げた上空に、キラリと光の点が見えた。

~同じ頃・ラクザ上空~
「現在の高度、五〇〇米」
水平飛行に移った飛行形態のミオ・ツーの上で、雷電が穏やかに言った。眼下には小さくなったラクザの全景が広がり、目指す大城は黒く丸い塊に見える。その黒い塊を中心にミオ・ツーは旋回飛行に移る。
ミオ・ツーは雷電を纏ったリカを乗せると、いきなり上空まで一気に飛び上がったのだ。同乗者がいる事など全く無視したその急速上昇で、リカの心臓は危うく潰れる所だった。
「リカ。手筈通りだ」
雷電はいつも通りの穏やかな口調だ。
「お…お…落ちたら…化けて出るからなぁ雷電!」
「大丈夫だよ。多分!」
「こ、こんなに高く…飛ぶ必要…あるのかぁ?」
「落下の力も借りるそうだよ。あの装甲殻はとても硬いらしい」
リカはミオ・ツーの背面にうつ伏せになりながら、全身全霊怯え切っている。
「しかし、リカが高い所を怖がるとはね」
何故か感心した様に言う雷電に、リカがほとんど悲鳴になって叫んだ。
「だって、空を飛ぶなんて…聞いてないっ!」
「そろそろみたいだリカ」
「え?」
ミオ・ツーはくるっと背面飛行になると、そのまま大城めがけて急降下を始めた。
「ヒィィッ?!…」
恐怖の臨界点を超えて声にならないリカの悲鳴を、落下の風切り音が掻き消していく。
「分離まで、三、ニ、」
雷電が無情の秒読みを始める。
「落ちない落ちない落ちない落ちない落ちない…」
顔面蒼白のリカは、キツく目を閉じて念仏の様に同じ言葉を繰り返している。
「しっかりしろリカ!」
雷電が喝をいれる。だがリカは念仏を唱えるのをやめない。
「雷電~!」
凄まじい風切り音を切り裂いて、リカの悲鳴が響き渡った。
「愛してるぜぇっ!!」
「俺もだよ!」
「イチ!分離!」
雷電の掛け声と共に、腰を固定していた拘束具が外され、リカは空中に放り出された。
「落ちてる落ちてる落ちてる落ちてる落ちてるぅっ~!」
制御を失いくるくると自由落下していくリカの念仏が絶叫に変わっていく。ミオ・ツーは増速してリカより先に落下しながら楔形に戻り、その先端を刃の様に鋭く変形させた。
「リカ!推進機!」
雷電の叫びに、リカは我に返って背中の推進機を全開にした。
「ミオ・ツーに呼吸を合わせる!」
そう雷電が叫ぶと、リカは答える代わりに二つの大槌を両手に構えると、恐怖心をかき消すべく声の限りに叫んだ。
「剛円斬っ!」
たちまちリカは向日葵色の円盤に姿を変え、先を落下するミオ・ツーに急接近する。そして平らに変形したミオ・ツーの機体後部を、その猛烈な回転力で激しく強打した。
バゴォッ!
鈍く大きな衝撃音と共に、ミオ・ツーが落下速度を超える猛加速を得て、天守閣めがけて矢の如く落下していった。

つづく「下天を駆けろ!」第36話

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