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「下天を駆けろ!」第28話(全42話)

「まだ死んでないよな?飛んで行ってないし…」
烈風丸の電霊核が、銀色の装置に載って中空に浮いている。それを覗き込みながら、ハルが心配そうに呟いた。
ハルはさっきまでの痛みが嘘の様に消えて体調が良かった。認めたくはないが、あの壮絶に不味い電霊霞結晶はとても効き目があるらしい。
「まあね…」
ミオがハルの隣で、電霊核が載っている銀色の装置を操作しながら答える。
「正確には下天の輩に死の概念はないんだがな…」
「死んでなきゃどっちでもいい!」
そう叫ぶと、ハルは左手の手袋を外そうとした。
その左手をミオの右手がぎゅっと掴む。

「待ちな」
ミオはハルの顔を真っ直ぐに見つめている。
いつになく真剣なその表情に、ハルは一瞬身を固くした。
「烈風丸は死んでねぇが、今は烈風丸じゃない。今はね」
「なに訳わかんねぇこと…それに、『れっぷうまる』って何だよ?!」
「彼の名前だよ」
「名前はねぇっ!だからナナシだ!」
叫びながらハルは未央に掴まれた左手を振り払おうとする。だがミオは、ハルの左手を掴んで微動だにしない。ミオの腕力に唖然とするハルをよそに、ミオは煙草を咥えたまま煙をふっと吐き出す。
「下天の輩…電霊種でんれいしゅとも呼ぶが、その身体が損壊・欠損し、電霊霞による再生ができない場合は全て初期化される」
「それまでの記憶、経験といった情報が全て失われる…いわゆる『死』を迎えるわけだ」
いつもの口調ではなく、硬く感情のないミオの声色にハルは少し不安になった。
「な、何言ってんだ?ミオ…」
「後はお前も知っている通り、電霊核は遠く空の彼方へ飛んでいく…」
「さて、そこで問題です。電霊核は何処に飛んでいくでしょう~?」
ミオはいつもの戯けた仕草ではなく、硬い声と表情のまま言った。
「ふ、ふざけてんじゃねぇ!」
「答えは?」
「知るわけねぇだろタコ!」
「…ここだよ」
ミオは右手の人差し指で床の方を指して言った。
「は?」
ミオは煙草を摘んで口から離すとさらに続けた。
「『死』を迎えた電霊核は、ここの地下に集められる。そして新しい身体と自我を与えられ、別の存在となって再び下天に戻される…擬似的な輪廻転生と言うやつさ」
「その管理者を『特技師とくぎし』と呼ぶ。この『ラボ』は、その管理中枢システムだ」

「さっきから…何訳わかんねぇ事…言ってんだ?」
ハルは、全く理解できない事を淡々と語るミオが少し怖くなってきた。それでもミオは構わず話し続ける。
「だが、特技師である私の手で、今の烈風丸を再生することはできない。何故なら“下天のことわり”に反する行いだから…」
「でも、その『方法』は知っている…」

ミオはまた煙草を咥えると、暫く無言でハルを見つめていたが、急にニヤリと笑ってハルの左手を離した。ハルは慌てて左手を引っ込めて胸元に抱き抱える。
「悪りぃ悪りぃ!ただの昔の御伽話だよ…」
元の口調に戻ったミオは、いつも通りニタニタしながらハルの顔を覗き込む様にして言った。
「私がその『方法』を教えてやる」
「勿体ぶらねぇで早く教えろっ!」
間髪を入れず叫んだハルに、ミオがニタァっと不気味に笑いながら言った。
「だが、一つ条件がある」
「何だよ早く言え!」
「愛だよ、愛!」
「………は?」
「ハルちゅわーんの愛の力が烈風丸を救うのだ!!」
ミオはハルに向かってちゅぱっと投げキッスをして見せた。
「真面目にやんねーとぶっ殺すぞクソ女ぁ!」
「大マジなんですけどぉ?」

するとミオは、烈風丸の電霊核を見つめながら話始めた。

「確かに烈風丸は再起動していない…つまり死んでいない」
「それは、お前があの『力』で烈風丸の『死』に干渉したからだ」
「だが、再起動しても全部新しくなるわけじゃない。古い記憶情報は電霊核の別の記憶素子に保管され、新しい個体の性格や思考といった『個性』の素になるんだ」
ハルは目をぱちくりしながら話を聞いている。
「でも、この保管場所は自分では分からない隠された記録なんだ。つまり…」
「絶対に思い出せない『前世の記憶』ってやつになるわけ」
そこでミオはタバコを一息吸い込む。

「この『前世の記憶』を利用する」
「お前が烈風丸に繋がって、まだ残っている烈風丸の『前世の記憶』を、再起動する直前のまっさらの素子群に流し込むんだ。烈風丸が『別の誰か』に再生する前にね」
そう言うと、ミオは燻らせていたタバコを摘んで口から離し、隣のハルに顔を近づけてのニンマリ笑う。
「な?『愛』って感じだろ?」
「どこがだよっ!『愛』なんて一文字もなかったじゃねーか!」
「まあ最後まで聞きなって」
ハルの反論など意に介さず、ミオがハルに顔を寄せたまま囁いた。
「ハルが烈風丸にとって、かけがえのない存在だったら、もう一度会いたい唯一の存在だったら全てをを受け入れるはず。だが…」
「………が?」
「もし、ハルよりも大切な存在が居た場合には…」
「は?…え…?」
「烈風丸はお前を受け入れない。再生は失敗する」
「…………」
今まで感じたことのない灰色の不安がハルの心を満たしていく。

そんなハルにお構いなく、ミオはまた妙な声色になって言った。
「でもぉ~言いにくいんだけどぉ~居たんだよ烈風丸には。相思相愛の『愛方』が!」
「!!!」
「ヒエンという女参ノ狩りだ。種族を超えた深い絆で結ばれていたんだな」
そこでミオは、ハルに額がくっつくほど顔を寄せて、満面の笑みで言った。
「な?愛の力が試されるって感じだろ!」
今のはさすがにガツンと来てしまった。ミオの一撃をまともに喰らったハルは、放心したまま無表情で固まっている。
(そうか…。そりゃ居るよな…城狩り鉄騎は必ず相方がいる。雷電にもライカさんがいた様に…)
「あれ?ハルどした?ハルちゃぁ~ん?」
ミオがハルに呼びかけるが、ハルは固まったまま反応しない。
(ナナシが…アタシを受け入れなかったら…)
それは、初めて込み上げてくる新鮮な恐怖だった。経験した事の無い石の様な不安が、生まれて初めてハルを逡巡させているのだった。
(でもナナシは…左手の力を怖がらずに…アタシを…相方にしてくれた…)
(だから…助けたい。もう一度、ナナシ会いたい!)
ガゴッ!
何かがぶつかる鈍い音がラボに響いた。同時にミオがのけぞって、体制を崩して尻餅をついた。ハルはミオの額に、至近距離で強烈な頭突きをお見舞いしたのだった。
「~っつぅ~!何しやがるっ!」
額を両手で押さえて蹲るミオを見下ろして、すっくと立ち上がったハルはその大きな瞳を見開いて叫んだ。
「…や、やるっ!やってやるっ!」
ミオはまだ痛む額に手を当てながら呟いた。
「へへっ。愛だねぇ!」

つづく「下天を駆けろ!」第29話

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