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「下天を駆けろ!」第38話(全42話)

「はあっ!はあっ!はあっ!」
荒い息が兜の中に反響してうるさい。ハルがこんなに呼吸を乱すのは、烈風丸が“ハガクレ”で暴走した時だけだった。
「コイツ…最初の時より全然早いし!掠りもしねぇじゃん…」
「ぐあっ!」
リカは打ち込んだ豪槌を城護りに弾かれ、ハルの傍まで飛ばされてきた。
「リカ!」
リカは素早く起き上がって片膝をつくと、床を拳で叩きながら前を見据えて叫ぶ。
「くそっ!ヤツの動き…全く読めない!」
リカの視線の先、広い空間の中央に純白の城護りが悠然と立っている。
「どうしたの?サクッと倒すんじゃなかったのかな?」
ヨシマサは実に面白そうに二人を嘲笑う。しかも余裕綽々で追撃すらしてこない。

戦闘開始から一〇分が経過していた。
今のヨシマサの強さは、まさに異形だった。
黒い触手で大城と繋がり、無尽蔵の電霊霞と無数の視覚素子を使う事で、ハルとリカを圧倒していた。
「くそっ!もうちょいなんだけどなぁー」
「もうちょい?」
「あとちょっと…視界の隅には捕まえてるんだけど…」
呼吸を整えながら話すハルの言葉に、烈風丸は驚愕する。
(確かに…ハルはやつの攻撃を受けていない…)
戦闘開始からハルの攻撃はヨシマサに掠りもしていない。だがヨシマサの攻撃も、ハルを一度も捉えていないのだった。

その時、ハルの兜の中に雷電の声が響いた。
「れっぷう…いやナナシ。こちらはもう限界の様だ…」
「!」
雷電とリカの方を見たハルは息を呑んだ。
さっきまでリカが纏っていた向日葵色のヨロイは解除され、雷電は鉄騎族形態に戻ってしまっているではないか。
「九十九抗体の効果が切れそうでね…」
「雷電!しっかりしろ!」
気力を抜かれていく雷電に、リカが操縦席で必死に叫ぶ。
「リカ…後ろだ」
雷電がそう呟いた瞬間だった。
「もうおしまいかい?」
リカは耳元で囁かれた様な声にビクリとすると、操縦席から顔を上げて愕然とする。雷電の傍に、純白の城護り鉄騎が忽然と立っているではないか。そして間髪を入れず弾丸のような右の拳を、操縦席のリカに向かって放った。
ガギッ!
鈍く大きな激突音と共に、弾丸の様なハルの飛び蹴りがヨシマサの拳を射抜いた。
「遅いね!」
衝撃で上体を泳がせたヨシマサだったが、その体勢から体を捻りハルに神速の胴回し蹴りを放つ。
「ぐっ!」
掠めただけのヨシマサの蹴りで、ハルは床に叩き落とされた。
「新しい人質だよ」
床に四つん這いになったハルは、声の方を見るなり絶叫した。
「こんのクソタコ変態野郎!!」
ヨシマサは、雷電の操縦席に座るリカに拳を向けて悠然と立っている。そして愉快そうにハルに向かって言った。
「女。ヨロイをカイジョしろ」

四つん這いのハルは、一瞬もヨシマサから目を逸らさずにゆっくりと立ち上がる。
「ハル。絶対にならぬ!」
低く、石のように硬い烈風丸の声が、ハルの兜の中に響いた。
「ナナシ。カイジョ」
ハルの静かな囁きと共に、ヨロイを纏ったハルが桜色の光に包まれる。その光が、みるみる鉄騎族の姿に変わっていく。烈風丸は鉄騎族の姿に戻ってしまった。
「ハル!やめろ!」

すると突然、烈風丸の素子群に桜色の風が吹いた。だがそれは、以前の様に烈風丸の制御を奪うことなかった。
「ナナシ聞こえる?」
いつの間にか手袋を外した左手で、ハルは水晶玉に触れたまま黙ってこちらを見つめている。なのに烈風丸には、時を止めたハルの声がはっきりと聞こえていた。
「ミオが言ってた。私が電霊核になったナナシに繋がった時も、動かなかったのは一分位の間だったって。だから…」
「ちょこっと話すくらいなら、あの白タコ野郎には一瞬のはずだよ」
「ハル。何を…」
「アタシが大城を治療する」
「何?!」
「あの白タコ野郎は大城と繋がってるんだよね?だったらヤツを使って大城に繋がれる」
「何を言っている?」
「この子に…この大城に罪はないよ。操られているだけ」
「大城を正気に戻して、城護りとの繋がりを断つ」
烈風丸の感情素子が、不吉な予感で激しく波打ち始める。
「落ち着けナナシ。最後まで聞け!」
ハルは少し可笑しそうに烈風丸を諭した。
「アタシが繋がっている間、ヤツのヨロイは制御を失うだろ?その隙に…」
「その隙に、リカ達と御母堂を連れて逃げたりは絶対にせぬぞっ!」
烈風丸はハルの言葉を遮る様に叫んだ。
「へへっ!話が早くて良きだぜナナシ!」
「それに…」
ハルが急に穏やかな口調になった。
「もう残ってないじゃん、ナナシの電霊霞」
烈風丸の記憶素子が、まるで既視感の如くサンジの最後の姿を映し出そうとする。烈風丸がそれを必死に抑えているのがハルには分かった。
「ダイジョブダイジョブ!バッチこいだぜ!」
得意げに胸を張る様なハルの声が、烈風丸の感情素子をさらに掻き乱す。
「ナナシ」
ハルの囁きと共に、桜吹雪の様な桜色の光が烈風丸の感情素子を埋め尽くしていく。
「相方の言うことが…聞けないのか?」
優しく微笑んでいる様なハルの声だった。
「…死ぬな」
烈風丸は搾り出すように呻いた。
「約束…違えること罷りならぬ」
「ねぇナナシ!これ終わったらどこ行きたい?」
突然いつもの口調に戻ったハルに、烈風丸は唖然とする。
「アタシは南のクニに行きたいなぁ!西國のもっと先!海っていうデッケー池があるって!」
「ハル!人の話を聞け!」
「あと、桜の丘の満開の桜も見たい!もう咲いたかな?」
「ハル!」
「だ・か・ら!絶対死なねーって!」
その瞬間、止まっていた時が再び動き始めた。

「何をグズグズしているのかな?」
ヨシマサのガサついた声が無慈悲に響いた。
ハルは左手を水晶玉から外すと、一瞬ニコッと笑って頭上の風防を指差して言った。
「じゃあ、ちょっくら行ってくる!」

つづく「下天を駆けろ!」第39話

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