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「下天を駆けろ!」第39話(全42話)

いつもよりゆっくりと風防が開いた。
ハルは烈風丸の操縦席から勢いよく飛び出す。そしてかなり跳躍すると、烈風丸から離れた位置にストンと着地した。
「どう見てもヒト族の女だね」
声がすぐ真上から聞こえた。
いつの間にか、ヨシマサがハルの目の前に立っていた。
ハルはニコリと笑って、邪悪な笑みを浮かべるヨシマサの顔を見据えて言った。
「お前さぁ、ツチグモよりキモいって言われない?」
ヨシマサは一瞬でハルの首を鷲掴みにすると、自分の頭よりも高く吊し上げた。
「うぐぅっ!」
ヨシマサは両脚をバタバタさせてもがいているハルを、自分の兜の前に乱暴に引き寄せる。
ゴンっ!
一瞬、ハルの目から火花が飛んだ。ヨシマサがハルの顔を自分の兜の風防に打ちつけたのだ。意識が飛ぶところだった。
「ハル!」
烈風丸の叫び声が、ハルにはとても遠くに聞こえた。額を打ち付けられて滲んだハルの血が、ヨシマサの風防を赤く汚している。ヨシマサは乱暴にハルを兜から引き剥がすと、また宙ぶらりんにハルを吊るし上げた。血に興奮したのか、ヨシマサはケモノじみた笑みを浮かべ、憑かれた様に喋りだした。
「下天の輩は『道具』として使えるけど…お前みたいなバケモノは要らないな!この下天には、我らヒト族だけが居れば良いんだよ!これから下天を支配するのは特技師じゃない!東國の大殿だ!」
ペタッ!
ハルは自分の首を掴んでいるヨシマサの腕を左手で触れた。途端にヨシマサの動きがピタリ止まり、固まった様に動かなくなった。
「バァーカ」
ハルの罵声はもうヨシマサの耳に届かない。狼狽するヨシマサの顔が、兜の中で完全に静止していた。
そう、ハルがこの力を使う時、周りの時は全てその歩みを止める。ヨシマサのヨロイから伝わる電霊素子の流れが、左手を引っ張る様な感覚に変わっていく。だが、ハルはその感覚の中にヨシマサへの違和感を感じた。
(え?コイツって…)
その感覚は、ある事実を物語っていた。
(でも…今は大城に繋がる方が先!)
ハルはその違和感を振り払い、意識ごと思いっきり飛び込んだ。

光の粒子が尾を引いて後ろに流れていく。
電霊素子の流れに身を任せる様にして、ハルはヨシマサのヨロイが繋がる大城の素子群に侵入していく。
「え?ココ…大城の中…だよね?…」
浮遊するハルは、今まで見たこともない電霊素子群の光景に戸惑う。
そこはまさに漆黒の闇、深淵の如き静寂の世界だった。今まで治療したどんな下天の輩でも、素子群の中は音や映像の情報が溢れて賑やかだった。だが、この箭瀬ノ大城の素子群には、情報はおろか手応えも反応も何もないのだ。
「ウソ?…空っぽ?…」
ハルはさらに感覚を拡張して探索範囲を広げる。だが、やはり何も感じ取れない。
「じゃあ、あの白タコ…何と繋がってんだ?…」
ハルは困惑する。この漆黒の闇に包まれた静寂の中には、あのヨシマサが繋がれるものが何もないのだ。

《…この…虚無と繋がって…る…》

ハルはドキリとして、広げていた感覚を引き戻した。
(いまの…声…だよね?)
まるで幽霊でも見た様な気分のハルは、声らしき情報の所在をそっと探りながら、何もない空間に向かって呼びかけた。
「ねえ!あんたが大城?」
反響もせず、ハルの声は闇の中に吸い込まれていく。するとまた、声らしき情報がハルに向けて発せられた。
《九十九は…虚無の塊…だから全てを…吸い尽くす…》
それはもう声ではなく、ただの音だった。情報が音になって空間を伝わってくる…そんな無機質な感覚だった。
《…だが…もう…消える…》
「消える?」
ハルは、不吉さが漂ようその言葉に思わす問い返す。
《MIO.2が…初期化…死ねる…やっと》

「…ミオ・ツー?ショキカ?死ぬ?」
ハルには何のことだか全くわからない。

《立ち…去れ》

音が命令に近い性質に変わった。
「?」

《…初期化は…死…》

「?…」

《…お前も……初期化…死》

「ウッセー!アタシはお前を治療しに来たんだ!」

ハルが叫んだその瞬間、空間全体が一方向にずるりと動いた気がした。
「な、なんでもいいから出てきやがれ!」
ハルは声の主を探して静寂の闇を駆け巡る。だがハルは、一定の方向に引き寄せられて思うように飛翔できない。そしてついに、ハルは一方向に強く引っ張られ始めた。
「これがショキカ…?」
ハルは息を呑む。大城の素子群は引き寄せられているのではなかった。引き寄せられているその方向から、別の空間が素子群を飲み込みながら迫って来るではないか。
「うわ!マジヤバ…」
ハルは迫る空間から逃げようとするが、空間はどんどん侵食する速度を増していく。
「くそ!ミオ・ツー!初期化やめろ!」
そしてついに、ハルは迫る空間に捉えられた。その猛烈な力の前に身動きもできない。
「ダメだ!約束したんだ!」
迫る空間はハルの叫び声まで飲み込んでいく。
「ナナシっ!」

〉〉〉ハ・ル・カ〈〈〈

その刹那、ハルの意識の真ん中を何かが触れた。
突然、ハルの意識も何もかもが真っ白な光に包まれ、何も見えなくなった。

ドォン!
ハルが大城と繋がった直後だった。突然の轟音と共に、天井の穴から銀色に光るミオ・ツーが降ってきて床に突き刺さった。
「ミオ・ツー?」
烈風丸とリカが見守る前で、ミオ・ツーは球体に変形する。そして、膝をついて雷電に寄り添っているリカにふわふわと近づいて来た。
「お前、どこに行ってた?」
ミオ・ツーは尋ねるリカの傍に来ると、あの紐状の端子を伸ばして雷電の機体に接続した。
ブウゥン!
小さな起動音と共に、雷電の脈動が少しづつ大きくなっていく。
「雷電!…」
リカは、雷電の大きな騎体に額をくっつけた。小刻みに震えて音もなく嗚咽する。
「九十九の抗体か」
烈風丸が呟いた。するとミオ・ツーは端子を雷電から外し、みるみるあの飛行形態に変形していく。
「?」
頬を濡らしたリカが、気配を感じてミオ・ツー見たその時だった。
ゴゴゴゴゴゴ
地鳴りの様な音と振動が無機質な空間を包んだ。リカは雷電を守ろうと反射的にその騎体に覆い被さる。その瞬間、ミオ・ツーが、その先端を細く紐状に変形させ、雷電の騎体ごとリカに巻き付いた。
「何をする?!」
叫ぶリカに構わず、ミオ・ツーはリカと雷電を軽々と持ち上げ、背中の翼部分中央に固定してしまった。
「離せミオ・ツー!一体なにを…」
「リカ!相方を守れ!」
ミオ・ツーの上で踠きながら叫ぶリカを、烈風丸が一喝がした。
「ハルは某が守る。だからお主は雷電を守れ!」
「しかし!それでは…」
「ハルは死なぬ。約定は違えぬ娘だ」
リカは、半ば呆然と烈風丸を見つめている。
ゴオオォン!
一際大きな振動が地鳴りの様に響いた。同時に大城全体がゆっくり傾き始める。
するとミオ・ツーがひらりと向きを変え、今度は触手に縛られた御母堂の方へ高速移動する。
「御母堂様!」
瞬時に御母堂の傍まで移動したミオ・ツーの上からリカが叫んだ。
ブチブチブチ!
ミオ・ツーは、変形させた先端を使って黒い触手を一瞬で切り裂くと、器用に御母堂を抱え上げた。同時にミオ・ツーの機体前部が大きく開口し、するりと御母堂を飲み込んでしまった。同時にミオ・ツーが何かを発射した。
バスッ!
烈風丸が水晶玉を巡らすと、銀色の細長い物体が装甲殻に刺さっている。同時に烈風丸の機体全体に力がみなぎっていくではないか。
「これは…電霊霞結晶?」
呟く烈風丸に何も反応せず、ミオ・ツーはスルスルと浮かび上がると、尖った機首を天井の穴に向けた。リカが無言で烈風丸を見つめている。
「リカ!雷電と御母堂を頼む」
烈風丸が叫んだ途端、ミオ・ツーは猛加速で飛翔した。そして最短軌道をとり、高速で天井の穴の中に消えていった。

つづく「下天を駆けろ!」第40話

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