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「下天を駆けろ!」第42話[終章](全42話)

麗らかな春の日差しが差し込み、空の青に桜色が美しく映えている。
ハルが「桜の丘」と名付けたこの場所は、いま満開の桜で埋め尽くされていた。
北域に、遅い春がやってきたのだ。

「で?元の姿になった気分はどうだい?シズカ」
ミオが咥え煙草のまま桜を見上げて言った。その傍には銀色の大きな球体が浮いている。
シズカと呼ばれた若い女は、肩の上で切り揃えた銀髪を靡かせ、ミオの隣で一面の桜を見上げている。
「ラクザの者たちが…私を御母堂だと信じてくれません。リカも半信半疑ですし…」
「プッ!そりゃそうだ!老婆が若い女になったなんて、まるで昔話だぜ!」
思わす吹き出したミオは、煙も一緒に吐き出して笑った。
「リカちゃん元気かい?」
「はい。伍ノ領でラクザ再建に頑張っています」
「ははっ!やっぱ頼もしいねぇ」
そう笑うとミオは、丘の上から見える風景に目をやった。シズカも風景を見ながらポツリと言った。
「昔話といえば、ラクザも同じですね…」
「なんも無くなったなぁ」
かつてこの丘からは、壱ノ領の風景が一望できた。だが、いま目の前に広がるのは、一面の広大な荒地である。

箭瀬ノ大城襲撃から一週間が経っていた。
大城は初期化で跡形も無く消え去った。その影響なのか、壱ノ領があった場所からは瓦礫も全て消え失せ、何もない荒地だけが残ったのだ。
ラクザは風のように、下天から忽然と姿を消したのだった。

「ミオ様…ハルカ様は…」
なにも無くなった荒地を眺めながら、シズカが呟いた。
「……さてね」
荒地を見ていたミオが、煙草を燻らせながらニヤリと笑った。
「案外、近くにいるかもよ?」
するとミオ・ツーがふわふわと浮き上がっていく。そしてミオとシズカの近くに立つ桜の木の前で止まった。
「あ!コラ!あっち行け!」
桜の木の上から声がする。
すると、ミオ・ツーから紐状の端末が満開の桜の中に伸びていった。
「あ!バカ!やめろ!うわっ!」
ドサッ!
桜色の塊が、桜の木から落ちてきた。
「イテテ~」
そこには、尻餅をついてお尻をさする、ヨロイ姿のハルがいた。
「…ハルカ様!」
「よっ!元気そうじゃん!」
驚くシズカの隣で、ミオが盛大に煙を吐いてニヤニヤしている。
「カイジョ!」
ハルが桜色の光に包まれ、みるみる鉄騎の姿に変化していく。
やがてムスッとしたハルが操縦席に収まった、桜色の騎体が姿を現した。
「タバコ臭いんだよ!せっかくの桜が台無しだ!」
「で?…なんで隠れてた?」
ミオがニヤつきながら煙草を摘んだ。
「最後に…桜を見にきたら、ミオとシズカがいたから…」
「ハルカ様!どれほど皆が心配したか…」
シズカが真剣な顔でハルに向かって身を乗り出した。
「だから…だよ…」
ハルが少し俯いてボソリと言う。
「死んだことにしとけば…出発しても何も言われないじゃん…」
「出発?」
「あ?いやその…」
問い直すシズカに、ハルはしどろもどろになる。
「南のクニに向かう所存でござる」
烈風丸が真っ直ぐに口を挟んだ。
「あ、バカ!黙れ!」
慌てるハルに、ミオがまた煙草を咥えながら尋ねる。
「で?…どうやって大城から脱出した?」
するとハルは、腰の巾着袋から包みを一つ取り出してミオに差し出した。
「電霊霞の代わりに、これをナナシに食べさせた」
それはハルが死ぬほど嫌いな、あの高濃度結晶だった。
「なるほどねぇ」
ミオが煙草を摘んで口から離すと、フッと煙を吐いてハルの方に向き直った。

「行くのか?」
ハルは真っ直ぐミオの目を見て頷く。
「うん」
「気ぃ付けて行けよ!」
「うん…って、え?」
当然反対されると思っていたハルは、ミオの顔を見てポカンとしている。
「いいの?」
「いいも何も、お前が決めたんだろ?」
「ミオ様!」
抗議する様に叫ぶシズカに、ミオがニヤリと笑う。
「なぁシズカ。大城をぶっ潰したヤツが、子供な訳ないよなぁ?」
「そ、それは…」
グオン!
烈風丸が後輪を空転させて方向転換を始めた。
操縦席に収まるハルが、二人に向かってニコリと笑った。
「じゃ!」
ナナシは前に広がる荒地の方に騎首を向ける。すると後部装甲から推進機が迫り出して閃光を放ち始めた。

ハルは操縦席からシズカのことをじっと見つめている。
「あの、シズ…」
ハルはそこで言い淀んだ。
だが、すぐに満面の笑みなってシズカに叫んだ。
「元気でな!ばあちゃんっ!」
シズカがハッとする。
そして何か言おうとした瞬間、それを遮る様にハルが叫んだ。
「行くぜ!ナナシ!」
「御意!」
グオオオオン!
弾かれた様な猛加速で、桜色の鉄騎が飛び出した。そのまま斜面を高速で下って行くと、あっという間に荒地まで駆け抜けて行く。
「来年も、この桜を観に来なさいっ!」
叫ぶシズカに、ナナシの操縦席から左手が上がったのが小さく見えた。

終わり

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