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「下天を駆けろ!」第41話(全42話)

ドクンッ!
ハルの鼓動を一際大きく感じた烈風丸は、その瞬間に全ての自由を奪われた。
(まさか…この感覚は?…)
烈風丸は戦慄した。相方に全てを委ねてしまうこの感覚。自分を纏うハルとの境界が、みるみる曖昧になって消えていく…。
(“ハガクレ”?)
「ハル!やめろ!」
だが音声化されない烈風丸の叫びはハルに届かない。ハルは逆上する感情のまま両目を赤く激らせ、全身の力を抜いてゆらりと立つ。その隙だらけの姿には防御も構えもない。それはまさに「よろぼしの構え」だった。
(その構え…ハル!)
戸惑う烈風丸をよそに、ハルは殺意そのものの声色で唸る。
「道具だぁ?テメェも道具だろっ?」
「なのにそれに気づかねぇとか超ウケる!」
(ハル!怒りに呑まれるな!)
烈風丸の叫びはやはり音声化されない。素子群の中で虚しく響くだけだ。
「いま教えてやるよっ!」
叫んだハルが、桜色の残像を残して消えた。

(また同じだ…)
ヨシマサは今までのハルとの立ち合いで、その動きの規則性を見抜いていた。静かに呼吸を整え、永遠かと思われる一瞬を待つ。
(来る!)
ハルの未来位置を見切ったヨシマサは、居合斬りの様に右腕の大太刀を横凪に払った。
コツッ!
すると何かがヨシマサの兜の下に何かが当たった。
「な…?」
ヨシマサは、大太刀を振り抜いた体制のまま凍りついた。
(さっきよりも、速い?!…)
ハルは瞬間移動の様にヨシマサの懐に入り込み、右腕を高く伸ばして兜の顎に電霊砲を密着させて叫んだ。
「稼ぎの三回分!」
バゴォンッ!
ハルはヨシマサの顎に、徹甲錐の零距離射撃を容赦なく放った。凄まじい力で顎を突き上げられたヨシマサは、その両足が浮き上がり宙を舞う。
「せいっっ!」
ハルの気合と共に桜色の竜巻が起こる。予備動作もなく飛び上がったハルの後ろ回し蹴りが、ヨシマサの兜を抜き放った刃の様に切り裂いた。
ガシャン!ガシャン!
吹き飛ばされたヨシマサが、床に何度も叩きつけられながら転がっていく。凄まじい蹴りで吹き飛ばされたヨシマサは、広い空間の壁際にまで転がって止まった。
ハルは再び全身の力を抜いたよろぼしの構えでヨシマサを見ている。
その時、烈風丸はハルの視線が少し高くなっていることに気づいた。
(足鉄騎か!)
ハルは瞬時に機動車輪、足鉄騎を展開していたのだ。足鉄騎を操るハルの動きは、おそらく通常の倍以上の速さになっている。
(しかし、なんという体捌き…)
烈風丸は唖然とした。ハルの体捌きは完全にサンジを凌駕している。
「うぐ…」
呻きながら、ヨシマサは右腕の大太刀を杖代わりに立ち上がろうとする。その純白の兜は顎の部分が無惨に変形し、豪勢な装飾が剥がれ落ちていた。
「一つ聞いていい?」
突然ヨシマサの耳元で声がした。反射的に背後に向けて振り抜いたヨシマサの左拳が空を切る。
「なんでヒト族だけ特別?」
今度は頭上からだ。ヨシマサは大太刀を頭上に向けて獰猛に切り上げた。
「色々たくさん居るから、下天は楽しい」
大太刀を振り上げた体制のまま、ヨシマサは声のする正面を見た。
「ラクザじゃ、みんな仲良くやってんだ」
全身の力を抜いて忽然と立つ、隙だらけの桜色のヨロイが抑揚なく言った。
「それで良くね?」
その瞬間、凄まじい力で首を掴まれたヨシマサは、猛烈な加速で引き摺られ始めた。
「な?…」
ヨシマサの首を掴んだハルは、背中の推進機を全開にする。足鉄騎と相まったその凄まじい加速で、広い空間の対角線へ向けて突進した。純白の城護りヨロイは、床との摩擦で火花を上げながらなす術もなく引き摺られていく。
「好きだろ?九十九の力」
ヨシマサに語りかけるハルは、前を見たまま加速を止めない。ヨシマサの掴まれた首は固定され、目の前に迫る壁面を見ているしかなかった。
「しっかり味わえっ!」
そう叫んだハルは、信じられない膂力で前方にヨシマサ投げ放った。
ドゴオォォッ!
ほぼ零距離で頭から壁面に叩きつけられたヨシマサは、兜の殆どが壁にめり込んでしまった。ハルは高速を維持したのまま壁面を垂直に駆け上がると、空中で一回転を決めてストンと床に着地する。
バキバキバキバキ!
何かが割れていく音と共に、めり込んだ兜を壁面に残してヨシマサの身体が床に倒れ落ちた。ハルはヨシマサの間合いを外に立ち、よろぼしの構えをとった。
「ナナシ、ごめん」
ハルがそう言った途端、烈風丸の制御が元に戻った。
「ハル?」
「手袋するの忘れてた!」
ハルは左の掌を握ったり開いたりしながら、バツが悪そうに呟いた。
「頭に血が登って、ナナシと繋がっちゃったぁ…」
「なんか急にさ、手袋がなくても繋がらない様にできるんだ!凄くね?」
「では、“ハガクレ”ではなかったのか?」
「え?アタシ、ソレのやり方知らないよ?」
安堵のあまり機能停止しそうになった烈風丸にハルが叫ぶ。
「ナナシ!」
烈風丸は視覚素子を前方に戻す。その視線の先で、兜を失って素顔が顕になったヨシマサが、長い髪を振り乱してよろよろと立ちあがろうとしていた。
「あの衝撃を受けて…まだ立てるのか?」
烈風丸は驚きを隠せない。
「だろ?フツーなら死んじゃうよね…」
「ふつう?」
ヨシマサの整った顔が、ヒトとは思えぬ凶悪な笑みを浮かべて呪詛のような叫びを上げた。
「殺す…殺すコロスコロスコロス!貴様ら皆殺しだぁ!」
その叫びを聞き流しながら、ハルは静かに呟く。
「フツーのヒト族なら…ね」
「!」
ハルの一言に、烈風丸の感情素子が激しく波立った。
「う?」
突然ヨシマサの顔が苦痛で歪んだ。首の辺りを両手で掻きむしりながら天を仰ぐ。その顔がみるみる黒ずんでいく。
「き、貴様…何をしたぁ?」
「なーんも?だから九十九変化だって」
身悶えて苦しむヨシマサに、ハルは半ば呆れた様に言う。
「九十九変化は下天の輩から電霊霞を吸い尽くすんだろ?」
「…何を言って…僕はヒト族…」
「だ・か・ら!お前は機人族!いい加減に気付けよ!」
ハルの一言を聞いたヨシマサが、胸を刃で貫かれた様に両目を見開いた。
ガシャン!
ヨシマサの右腕のヨロイが崩れ落ちる。顕になったその右手を見たヨシマサが凍りついた。
「な…なんだぁ?…」
うわずった声で呟くヨシマサの見ている前で、彼の右手が黒く変色して霞の様に消えていく。
「な、なになにナニ?何だこれは?バカな?うわ~っ!」
ガシャガシャガシャ!
ハルに破壊された城護りヨロイは、九十九への抵抗機能を失ったらしい。ヨシマサから次々に剥がれ落ちて、その身体が外気に晒されていく。
「違う!…僕はヒト族だ!だから下天の輩を!…大殿様のご意志をっ!!」
ドサッ!
恐慌をきたしたヨシマサの両足が膝の上まで消え失せ、その身体が床に崩れ落ちた。両腕も霧散し、残った胴も火がついた紙のようにどんどん小さくなっていく。遂にはその上半身が全て消え失せ、頭だけがゴロンと床に転がる。
「ぎゃあぁあああ~!」
転がったヨシマサ頭が断末魔の悲鳴を上げ、黒い霞になって完全に消失していった。

ハルは言葉も表情もなく、その一部始終をじっと見つめていた。

「ハル。今の動きは…」
「バレたか…そう、ヒエンさんの型」
「一体、いつの間に?」
「“ハガクレ”?…だっけ?あの時、無理矢理に動かされたから、覚えちゃった」
(あの一度だけで、覚えたと言うのか…)
ケロリと言ってのけるハルに烈風丸は唖然とする。
「…ゴメン…嫌だったよね」
ハルは少し俯くと、小さな声で呟いた。
「一番弟子だな」
烈風丸が真っ直ぐに言う。
「え?」
「ハルはヒエンの一番弟子だ。しかも免許皆伝だな」
一瞬ポカンとしていたハルの顔が、笑顔でパッと明るくなった。
「うん!アタシ一番弟子!」

ヴヴヴヴヴヴヴヴ!
感じたことのない振動が、半球上の空間全体を揺るがし始めた。ついに大城は限界を迎えたらしい。床も天井も、黒いシミがみるみる広がり霧散していく。
「やべぇ!ナナシ!カイジョ!」
ハルのヨロイが桜色に発光する。たちまち鉄騎に変形した烈風丸が、後輪を蹴立てて猛加速を開始した。
ドゴン!ドゴン!ドゴン!
すると頭上から大きな塊が次々に落ちてきた。
「うわっ!ヤバヤバヤバヤバ!なにコレっ!」
「破壊された人口の上部構造だ。電霊霞の部分が崩壊したから支えがなくなったのだ」
次から次に落ちてくる塊を巧みに避けながら、烈風丸が冷静に答える。
「当たったら死ぬじゃん!出口どこっ!」
落ちてくる塊はどんどん増えていく。落ちた塊で床はみるみる凸凹になっていく。
だが、葛折に走りながら塊を交わしていた烈風丸が、突然減速し始めたではないか。
「おい!ナナシ止まるな!ヤバいって!」
すると烈風丸がひどく冷静な口調で言った。
「すまぬ。電霊霞が尽きた」
「マジかぁぁ~!」

ゴオオオオン!
ハルの絶叫をかき消して、一際巨大な塊が頭上から降り注いだ。粉塵がもうもうと舞い上がり何も見えない。降り注ぐ塊は床を突き抜けて大穴を開け続け、椀型の下部構造はみるみる抜け落ちていく。
やがて大城の中心部に向かって大城自身が吸い込まれ、ついに大城は完全に消失していった。

つづく「下天を駆けろ!」第42話


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