短編・二人称ホラー小説『あなた』 ~海異~ 🌟期間限定無料🌟
あらすじ
二人称小説を様々な視点と解釈で語るオムニバス。
主人公は『あなた』
~海異~
毎年、親子で行く海水浴。そこから持ち帰るモノは物だけでは無かった。
~意識~
会話している二人の存在。彼らこそが『新人類』
~山着~
故郷にある『禁足地』と土着した風習、隠された伝承、そして『因縁』の物語。
~手配師~
ボランティア活動に献身的なあなた。しかしその仕事は全てを”利用”する為の搾取だった。
~粘着者~
事故であなたは入院。その治療は”超”自分勝手な”施し”を受ける。
~マッチング・ゲーム~
何気に拾ったスマホ。その中はたった二つのアプリのみ。ダークWEBの世界へ巻き込まれる。
前書き
海
海を眺めていると、なんだか落ち着きます。
あなたは、決して泳ぎが得意というわけではありませんが海を眺めていたり、磯の香りや砂の感触などが大好きでした。
キラキラと輝くように水面が陽光を反射し、澄んだ空気を風が運び潮の香りが鼻をつきぬけ、波があなたの足を飲み込む際に、海砂が足首まで沈みこませながら指の隙間まで包みこむ柔らかい感触。
そんなだれもと同じように海を楽しめるのが、あなたでした。
仕事やプライベートでも、なにか嫌なことがあった時にはいつも海を眺めにやってくるぐらいに。
あなたが多感な思春期の時、親の仕事の都合で今の地域へと引っ越してきましたが、やはり色々と、どう仕様もない現実や社会にずっと不満で納得が出来ないでいました。しかしこの海だけは気に入り、眺めたり触れることで少しだけ現実を許すことができた。
それから反抗期も過ぎて自然と結婚もし、子供も授かり毎年、息子をつれて夏休みの間は必ずこの近くの海に来ては、浜辺で砂遊びや貝拾い、小さな小魚を砂で囲ったりと息子と一緒に遊ぶことが恒例です。
いつもは自宅から近い海水浴場ですませるのですが、去年の夏からはもっと海がキレイな場所へと南下し、少し遠出するようにしました。
宿泊費は少し節約として古い雰囲気で不気味ではあるのですが、去年と同じ旅館に予約をし、夏の海を精いっぱい楽しもうと車で数時間走り、そのまま車ごと乗りこめるフェリーに乗って、移動だけで疲労困ぱいになりながらも頑張る価値があるキレイな海や景色、風情のある旅館へ向かいます。
フェリーに乗船する道中、船上から見える広大で澄んだ海と波をわが子がキラキラとした目で、手には先日、近くの夏祭りの出店で買った大き目の水鉄砲を握りしめながら、外を眺めている姿をあなたは見ているだけで幸せな気持ちになります。
旅館
到着した初日、宵の薄暮れ昼下がり。
七才になる息子の|晴斗《はると》はすぐにでも遊びたかったようですが、わざわざ今から水着に着替えて海に入るにはたったの数時間で夜になってしまう。なにより移動の疲労で今日は勘弁してほしいというのが勝ち、晴斗には「すぐ夜になるからもったいない、今日はいっぱい寝て明日思う存分に遊ぼう!」と説得し、買ってきた花火を見せてなんとか話をはぐらかしました。
あなたは旅館の女将さんに、花火をしていい場所を聞きにいきます。
「・・・ああ、それなら・・・あ、でも、本日の宿泊はお客様だけですし、バケツなどに水を入れて消火をしっかりして頂けるのなら、ここの駐車場でもよかったらどうぞ。他、ここ周辺は外灯もなく真っ暗で危ないですからねぇ。景観のいい場所に当旅館は建っていまして、少し進むと大きな崖があり本当に危険ですので、あまり遠くには出歩かないでください。一応、フェンスは張ってますが・・・・・・」
たしかに、部屋のテラス・・・というと大袈裟で、ベランダ・・・といえば大規模な、気持ちいい風が吹き抜けながら見える海と、まるでプライベートビーチのように小さな浜辺が崖の左下に見える景色は絶景で、最高の穴場スポットを見つけた気分になれるぐらいに良いところなのです。
もっと立派なホテルが建って、多くのいろんなセレブがお忍びで来れるようにしてもいいのに、とも感じさせるぐらいに。
《こんなにも良いところで、特にいまはシーズン中のはずなのに・・・なぜ宿泊客が自分たちだけなのだろう?》
あなたは少し不思議に思いましたが、穴場スポットの独占欲が勝り、優越感を感じながらその日は晴斗と一緒に花火をしてすぐに眠りにつきました。
崖
翌朝。
時刻は朝五時ごろ。晴斗はまだ寝ています。
スマホは県外で、いまどきにWifiもない。その辺がここの客足を遠ざける要因なんだろうなと思いながら、わが子を起こさないように、そおっ・・・と、朝のコーヒーを持って気に入った小テラスへと出ていきました。
ちょうど朝日が水平線上にあり、海面の反射があなたの瞼をさらに追い打ち射抜いてきます。感動を覚え、心の高揚と朝の日差しの両方で一気に目が覚めました。
《なんてキレイな景色なんだろう・・・・・・》
昨年も見ているはずなのに、まるで初めて見るような感動を受けてあなたはもう少しこの雰囲気を味わいたくなり、もっと向こうへ、崖の方から海を眺めて見たくなりました。
晴斗を起こさないように、ネコ足立で浴衣姿のまま部屋の外へと向かいます。うらはらに足取りと心は軽快です。
やはり古い建物だと言わんばかりに廊下の床は
ギシッ・・・メリ・・・ギシ・・・・・・
と、足音が怖い雰囲気をさらに演出しているかのように鳴ります。遠くであろう厨房で朝食の準備でもしているような微かな気配以外は静かなもので、床のきしみ音が際立つ。
外に出てみると、空は絵に描いたようないい天気です。日差しが強いですが潮風が暑さを相殺してくれていて気持ちいいぐらい。蝉もまだ寝ているのでしょうか。風が颯爽と通り過ぎていく音と少し遠くの潮声だけが聞こえてきました。
旅館の入口から少し進み、雑草が生い茂る向こう側には細いけもの道ができていて、そこから崖の方へと行けるようになっているみたいです。
・・・すると、フェンスとはまた大袈裟な表現だと思えるような、角材が地面に等間隔で突き刺さり、細い麻ロープで結い渡しているだけの気持ち程度の柵が見えてきました。
《これは本当に危ない・・・・・・》
あなたは心底、危険を感じました。絶対に晴斗を、特に小さな子供なんかこんな簡易フェンスだと気にせずに走り抜けそうです。
そう嫌煙しながらも、少し見上げるとそこから見える海はまた最高でした。俯瞰で見ると、きっとあなたの表情は少し微笑みを浮かべながら、目前には視界いっぱいの水と太陽の宝石を我が子が船上で見ていたように、輝いた目をしながら見ている自分がいることでしょう。
何分間、そこに居たかも分からなくなりあなたの中の時間が数秒間と止まっていたかのような、視覚だけで海に呑まれ、たったいま息継ぎをしに海面へと浮上し、そして同時にフッと意識を取り戻したかのように我に返りました。
《いけない。晴斗が起きたら・・・戻らないと》
あなたは颯爽と旅館へと帰路につきます。
その道中、茂みのすぐ手前に一足だけの汚いスポーツシューズが落ちていました。その瞬間
《・・・え?》
と、胸騒ぎを覚えましたが
《まさかね・・・・・・》
すぐに縁起でもないことを考えるのを止めました。あなたの胸は先ほどの景色に見惚れ、心躍っている最中で忙しいのですから。
第二の客
部屋に戻ると晴斗はまだ眠ったままでした。ホッ安堵したのも束の間、女将さんが朝食の準備ができたとの知らせに、わざわざ部屋まで来てくれました。
《・・・あれ?戻ってくるときに鉢合わせなかった。それに見かけることもなく気配や物音もしなかったのに・・・・・・》
床は、例のごとく、きしみ音がするにも関わらずです。
まぁ、女将さんは可愛らしいぐらいに小柄で、職場として慣れたものなのでしょう。
晴斗にはいつものごとく抱き着き、ほっぺにキスをしながら起こして朝食を頂きに一階の飲食エリアに向かいました。
二人とも朝食を食べたあとはすぐ水着に着替え、晴斗は浮き輪と持参した水鉄砲を抱えながらいざ海へと向かいます。すると、一人の女性が旅館の正面玄関で佇んでいました。
《あ、この旅館の利用客かな?》
あなたは少し安心しながらも残念な気持ちでいます。
白のブラウスに紺のロングスカート、赤いハイヒールと赤いバック・・・・・・
あなたは軽く会釈をしながら通りすぎますが、女性は無反応でした。なぜか顔は見えなかった、というか今では記憶が不鮮明な、モヤがかかっているような、抽象的な絵画のような顔のビジョンです。
「はやくぅー!」
旅館の左手に浜辺へ続く急な坂道があり、そこから浜辺へと一本道で行くことができます。その道へと差しかかるところで、晴斗が急かしてくる。あなたはハッとしたように女性のことは気にせず、小走りでわが子の元へと向かい晴斗がさし出す手を取って海へと一緒に向かいました。
海水浴
いつもの海とは透明度もマリンブルー色の反射量も違い、波打ちぎわにはゴミや砂利もなく思う存分泳げる環境に二人とも大はしゃぎです。
まだここに来るのは二回目、地域の人とはまだ馴染んでいない場所というのもあり、シートを敷いてワンタッチで開く簡易テントの陣地取りは控えめに人のいない崖下側にしました。
遠くビーチの反対側には恐らく地元の人であろう学生のグループ、家族連れと二組います。この崖側は岩などが多数あり、水流が複雑に発生し波は荒れて少し激しめなため、あまり人がいないということを察しましたが、そんな岩場らへんや沖の方へと泳ぐことはないのでその場所にすることにしました。旅館へとすぐに帰れる利便性も考慮して。
打ち寄せるさざ波に足を浸す。小石も木の枝もゴミすらもない微細な砂が海水で緩み、二人の足を飲み込んでいく。その感覚すら今までの『大地の抱擁』とは比べものにならないほど柔らかく、両足の指の隙間まで包みこむ。
《これが、本物の海?・・・・・・》
都会の荒れた浜辺との比較にそんな無邪気な感想を、大人なあなたは口に出さず飲み込み息子の反応に舌鼓む。
「キレイだね!うわぁぁぁ」
あなたはこの反応を見るのが一番の目的です。
《来て良かった・・・・・・》
心底そう思え、まるで幸せの絶頂です。
いつものように軽く遊泳を楽しんだら砂浜で穴掘り。そこに色々と拾ってきたものを一日だけ宝物のように集めておくのが晴斗のお決まりです。
いつもなら貝殻、キレイな石、カニや小魚、晴斗が見たこともない瓶などのゴミ・・・・・・
ただ、ここは本当にキレイな砂浜でゴミなどは見渡す限りありません。景色の不純物といった物がなく、旅館の人がいつも熱心に掃除をしているのだろうか。ポイ捨てをするような人がいなかった、ということがあったとしても漂流物の一つや二つはあってもいいものです。
《なんと素晴らしい住民性なんだろう》
海や自然への地元愛を再確認しました。自分もまたその心を見習い、絶対にここではゴミを出さないようにと誓います。
「あ、晴斗ー、水鉄砲は?」
テントの中で置きざりになったお気に入りの水鉄砲のことを忘れるほど、自然と戯れていた晴斗は思い出したかのようにテントへと走ります。まるで楽しみに取っておいたデザートを冷蔵庫に取りに行ってきたかのように、両手に抱えてやってきました。
穴に集めた一時的な宝物をほっぽらかして、一人海へと向かい両手を下げながら海水を入れているのだろう。満面の笑みでチラチラとこちらを見ている。
《ああ、きっと的の標的は自分なんだなぁ》
そんな微笑ましい覚悟を決めながら、あなたはテントの中へと戻った。太陽が昇るにつれ日差しが強くなる。その前に日焼け止めを塗りなおすためだった。
するとそこで気が付く。この辺は夜から朝にかけて満潮になり、夕方には引き潮になっていくことに。朝に張ったテントの位置からだいぶ海が遠くなっていました。
晴斗がニコやかにこちらに走ってきます。水鉄砲いっぱいに海水を入れ終わったのでしょう。到着とともにあなたはわが子を捕まえて、自分と同じく日焼け止めを目いっぱい塗りたくり、抱き着きながら晴斗がくすぐったくなる様に塗り付けました。
「あはははははっ!」
いたずらをしようと企みながらやってきた小さなかわいい悪魔に、逆襲をするかのようにくすぐりました。その後はしつこいぐらいに水鉄砲の海水を浴びせられ、何度もしょっぱい思いをさせられましたが・・・・・・
すると
「あれ?・・・でない!」
水鉄砲の銃口から、水がポタポタと滴るばかりで勢いよく水が飛び出すことがなくなりました。
「貸して、見せて」
あなたは水鉄砲を受け取り、何度も引き金を引いたり、海水を入れなおしたりしますが水はでません。
「あーあ、砂が出口に詰まったんだ・・・・・・」
晴斗はガッカリモードで落ち込みます。
「おうちに帰って、針でツンツンしたら治るよ」
あなたは慰めるように言いましたが、テンションは低いままです。
「・・・あ、お腹空いたね!お昼ご飯にしよう!」
そう言って、その場の仕切り直しをあなたは図りました。
落とし物
一度、旅館へ戻ってから昼食を頂く。
そして浜辺に戻ると、見わたす限り誰もいなくなっていました。家族連れも、学生たちも。
万が一、盗まれてもいいかという考えで片付けるのがめんどくさかったあなたたちのシートとテントだけがそのままでした。
正直なところ、ワンタッチで開く簡単なテントですが直すのがいつも苦手なあなた。太いハリガネのようなものが丈夫な生地の中に入っていて、それが開くときはバサッとハリガネの反動で左右にハの字で開くのですが、収納時にはその反動が抵抗となり跳ね返されるように上手くいかず、少しストレスなのが正直なところなのでした。
しかしだれも居なくなり寂しい浜辺ですが、貸し切りのようなこの状況はまた少し心が高揚するものです。
テントから海のほうをみると、海水が大分と引いています。遠く離れてしまったテントを波打ちぎわまで近づけるついでに、誰もいなくなったのでもっと中央のほうへと陣地も変えたくなり、シートを畳みテントの中へ放り投げました。生地とハリガネだけのテントは、あなた一人でも十分に持ち上げられるほどなので軽々と移動できます。
そのあいだ、晴斗は引いた潮から剝きだしてきた崖下の岩場を散策していました。
新たな陣地を決め、テント内の四隅へ風止めでもある荷物や足や体を洗い流す用にペットボトルにいれてきた真水などを置き、シートも引き直していきます。
すると
「みてみてー」
晴斗が、あなたが見かけたことのないビーチサンダルとクロックスを片方づつ履いてやってきました。
「え?誰の??」
「わかんない、あっちにあったよー」
岩場の方を指さして言います。
「誰かの忘れ物かなぁ・・・・・・」
とりあえず、人の物かもしれないし汚そうでもあるし、履いて遊ぶのを制止させて元の場所に戻してくるように言いました。
シートも引き直し終え、日焼け止めをまた塗りなおそうと先ほどのビーチサンダル等を岩場へと戻させた晴斗の元へと向かいます。浅瀬で海水を蹴りあげながら歩く晴斗を、日焼け止めを見えるように掲げながら呼びつけると
「ねぇ、これほしいー。もういっこ、いっしょにさがしてー」
なんと今度は戦隊ヒーローものの絵があしらわれた、晴斗がいかにも好きそうなサンダルともう片方の足には赤いハイヒールを履いてやってきました。
「え?!それも落ちてあったの!?」
この綺麗に清掃されている浜辺に、そんなものがこんなに落ちている、もしくは捨てられているのも不自然でした。
「うん、なんか、いっぱいあるよー」
あなたは、赤いハイヒールをどこかで見たことがあるような気がしましたが、思い馳せることが恐ろしくて考えないようにしながら、そしてなぜかとりあえず戦隊ヒーローのサンダルを探しているスタンスで岩場周辺を探ります。
探しながらもつい・・・・・・
《クロックスやサンダルは、日焼けで色あせていたり傷だらけだった。だけど、赤いハイヒールは、まるで・・・・・・》
そこで何度も思考を停めます。ありえない、そんなわけがない、と。崖上にあった一足だけのシューズもフラッシュバックしてきます。
ハイヒールはキレイな状態、まるで買ったばかりのように。
そして、見たことがある。色あいも形も似ている。つい先ほどに。朝方に。ここに来る前に。旅館前であなたは会釈し、そのとき目に入り込んできた女性の足元で目立っていた赤いハイヒール・・・・・・
そんなことを”考えないように”しながら、必死に平静を保つ努力をしているうちに何個も靴やサンダルが見つかっていく。その中に、崖上でみた同じタイプのシューズを見つけて、何気に拾い上げてみた・・・・・・
刹那、あなたは絶句し血の気が引きます。急いで晴斗の元へ走り、晴斗を抱えながら履いているサンダルを脱がせ、テントも荷物もそのままで旅館へと戻りました。その間、ひと言も声を出すこともできませんでした。
「どうしたの?」
何度かあなたに抱え込まれながら晴斗が不思議そうに聞いてきます。しかしそれに返事をすることも出来ないほど、あなたは焦り、心は震えあがっています。
晴斗を抱えながら、急な坂道を休みなく登り切り旅館へと飛び入りました。
「はぁ、はぁ・・・すいません!だれか!」
大きな声で人を呼び出しました。晴斗もビックリして不安な表情をし、あなたをずっと見つめています。すぐに女将さんが出てきてくれて、あなたは説明をし出しました。
「あの!すいません、あの・・・・・・」
安堵と焦りの両方から、うまく言葉がでてきません。
「あの、とにかく・・・見て下さい!ついてきて!」
咄嗟に言葉が出ず、とにかく見てもらった方が早いと思いそう言って戻ってきた道をまた戻ります。
女将さんは着物なのもありますが歩みが遅く、また焦る気持ちが強くなってきます。
「早く!」
小刻みに、一応にまるで競歩のごとく走ってきてくれる女将さんですが、ただしかしその女将さんの表情は無表情です。あなたはこんなにも狼狽しているのに。冷静、平静な反応に少し苛立ちを感じながらも駆り立てました。
晴斗を旅館の入口に置いてぼりにしてきてしまいました。しかし、きっと旅館の他のスタッフが気づいてくれることを祈ります。なにより、子供に”アレ”を見せるわけにもいきません。
再度、岩場へと到着したあなたは女将さんを待ちます。前方の約十メートルほど先には、さきほど投げ捨ててきたスポーツシューズが落ちています。あなたはそれ以上、靴に近づきたくなかったのです。
「女将さん!あの!あの靴!」
後にあなたの元へやってきた女将さんに見せるように指をさします。
「あの靴・・・中に・・・足が!人の足が・・・・・・」
女将さんはスタスタとシューズの方へと歩いていきます。
座り込み、覗き込み、シュータン部分を親指と人差し指で摘まみ上げました。
そして、そのままこちらへやってくるので、あなたは怯みながら少し距離を置くように後ずさります。あなたがいた場所に到着した女将さんはあなたの顔を見るや否や、ニコッと笑顔で
「・・・なるほど、かしこまりました。警察には連絡を入れておきますので、安心してください。なにも気になさらず、引き続きおくつろぎとお楽しみ下さい」
そういって何事もなく、優雅にスタスタと旅館へと戻っていきます。履いたままの様に人の生足が詰まったシューズの靴紐を、まるでお土産をひっさげて帰るお母さんかのように・・・・・・
回想
人の足首、くるぶし付近から切り落とされていたかのように落ちていたシューズを見つけてしまったその日の夜。
あれから当然のように楽しく海水浴をする気分でもなくなり、もちろんいつ警察がきて聴取などを受けれるように、と思っていたのであなたは旅館で大人しくしていました。晴斗は暇そうにしながらもなんとなく空気を読んでくれていて、だだをこねたりぐずったりもせずに一人でなんとか遊んだり、移動中でも楽しくできるようと持参したお絵描きセットで絵を描いたりしてくれています。
あなたは凄く怯え、ショックを受けている状態でその表情が隠しきれていません。
靴の内部、足の断面をハッキリとあなたは直視してしまい、その映像が脳裏から離れてくれませんでした。骨が少し飛び出ていて血の気が無くなった肉はボロボロ、そこにフナムシが一匹・・・・・・
あなたの推測ですが、身体の大部分は魚やカニなどの甲殻類、フナムシのような海の節足動物たちが捕食し、履いていた靴の部分だけが残りプカプカと浮き漂い、あの海岸へ着いたのだろうと・・・・・・
今思えば他にも何十足もの、特に『スポーツシューズ』が多く点在していたようにも思えます。しかし、あなたはその記憶を辿り再確認しに岩場へいく気には毛頭なりません。警察がきて全部調べてくれるだろうと踏んでいました。
《ああ・・・今すぐにでも帰りたい・・・ここを出て行きたい》
しかし、第一発見者として警察の人がきたら状況を話さないといけません。
《早くきてくれぇ》
ひたすら今はそう願っています。
コン・・・コン・・・・・・
「失礼致しますぅぅ」
女将さんが夕食を持ってきてくれました。
「あ、あの、警察には・・・・・・」
あなたはすかさず第一希望を質問しました。
「ああ、はい、通報いたしましたよ」
そういって、夕食の準備にかかろうとします。
「あ、いや、まだ・・・来ていないのですか?あれから、けっこう時間経ってますよね?」
「ああ・・・えっと、ここへ来るまでの国道で”土砂崩れ”があったみたいで。今日は来られないみたいですねぇ」
「え・・・マジですか?」
「明日、撤去作業を開始して完了次第こちらへ向かうそうですよぉ」
あなたは絶望的な気分に追いやられました。
「そう・・・ですか。え、でも、迂回の道もあるんじゃ・・・・・・」
女将さんはそそくさと軽い会釈をして退室していきました。
最悪な気分です。よりにもよって、今夜の夕食は豪華な海鮮で、堂々と伊勢エビが真ん中で鎮座しているのです。
あなたは吐き気を催しトイレへと駆け込みます。
胃の内部の物は全て消化済みで胃液と唾液しかでない。なんとか冷静に落ち着かせてからトイレから出ると、晴斗は美味しそうに食事を楽しんでいました。
足音
女将さんには聞きたいことがまだまだたくさんある。
・あの足はその後どうしたのか。
・なぜあの岩場にはあんなにも靴などが落ちているのか。
・そしてそこだけはなぜ清掃していないのか。
・赤いハイヒールのお客さんは?
・なにより例の”足”を持ってきてよかったのか・・・現場確保としてそのままで置いておかなくてはいけないのではないだろうか・・・・・・
でも今日は心身ともに疲れ果てました。聞くのは明日にしようと思い、とりあえず晴斗には嫌な思い出になって欲しくはない一心で、空元気ではありますが晴斗とのんびり楽しくテレビで地方の番組を目新しく見ているうちに、あなたは眠ってしまいました。
・・・・・・
眠りが浅いノンレム睡眠のその瞬間、寝返りをうち腕を伸ばしたその時、隣にいるはずの晴斗の身体が手に当たりませんでした。まだ寝ぼけまなこなあなた。電気は消されていた。晴斗がわざわざ消したのだろうか。テレビは点けっぱなし。テレビのうすら明かりの中、晴斗を探すのに部屋を上半身と首だけを捻り見渡しました。
どこにも、奥の部屋のお布団にも晴斗が居ない。不思議に思い、だいぶ脳と身体が起きてきました。
「晴斗?」
トイレかと思い呼びかけますが、返事は有りません。
少し焦りながら立ち上がり、晴斗を探します。一応と布団をめくり、押し入れをチェック。カーテンをめくり、小テラスに出てみます。トイレも確認し、やはり室内に居ないので冷や汗が滲みでてくる。部屋の外へと行こうとしたとき、部屋玄関の靴おき場に戦隊ヒーロー柄のサンダルが片方、一足だけが・・・・・・
《なぜ?!》
すると、考える間を与えられることもなく
ギイ・・・ギイ・・・ミシミシ・・・・・・
誰かが廊下を歩いているきしみ音があなたの部屋へとやってきます。
《晴斗?かな・・・・・・》
一瞬そう思いましたが、嫌な雰囲気と予感で戸を開ける気になりませんでした。
ギイ・・・メリメリ・・・ギイ・・・・・・
どんどん近づいてきます。
ギイ・・・ベチャ・・・メリメリ・・・ギイ・・・・・・
恐怖でとにかくすぐに晴斗かどうか確認できませんでした。でも晴斗が心配です。恐怖と勇気の葛藤が続く。
少し足音らしき音が小さくなり、部屋を通りすぎて離れたと感じて勇気を出し戸を少しあけて覗いて見ました。いくつもある窓の月明かりと、突き当りの非常階段への誘導灯の光源でしか見えませんでしたが、廊下を歩いている”ソレ”は若い男性の後ろ姿で、歩いた後は水浸し。水痕が続きます。足元が・・・片方は例の『スポーツシューズ』。もう片方は・・・足そのものがありませんでした。
ベチャ・・・ミシミシギリギリ・・・ギイ・・・・・・
その左足は切り取られた足首の断面部分で歩いています。もう間違いなく生身の人間ではないのは一目瞭然。きっと、あの昼間に女将さんが拾い上げ持って帰ってきた自分を足を探しに来たんだと、あなたはすぐに察しました。
《ヤバい!絶対ヤバい!・・・晴斗!》
あなたは心の中で叫びながら、冷静にそおっ・・・と音を立てない様に靴を履かずに、すり足でスポーツシューズの男が歩いていく反対側へと晴斗を探しに行きました。
急いで旅館を走り回り、晴斗を捜索します。旅館の一階、スタッフルームへと差しかかり助けを求めようとドアノブに手をかけ
ガチャガチャ!
と回しますが、扉が空くことはありません。
ドンドンドンドンッ!
「すいません!誰か!いませんか?!すいません!!」
なんの反応も返答もありません。すると旅館の玄関先から
「どうしましたか?」
女性の、低い声が遠く背後から聞こえました。振り向くとそこには朝に見かけた赤いハイヒールの女性が立っていました。まったく同じ場所で・・・・・・
あなたはとにかくすがる様に女性のもとへ駆け寄り
「すいません!男の子見ませんでしたか?!七才の男の子!息子なんです。気がついたら居なくなってて・・・・・・」
「・・・ああ、そういえば少し前に、あっちにいきましたよ」
赤いハイヒールの女性は顔を向けずに腕と指だけを伸ばし、崖の方向を指しました。不安感と早まる心拍数で全身の体温が上昇し真夏の夜に寒気をも感じてきます。
「危ないですからね・・・ちゃんと子供”たち”を見ててあげて・・・・・・」
「はい、すいませんありがとうございます!」
・・・たち?
この時、あなたは必死だったので色んな違和感に気づいてはいませんでした。
気が先走るほど精いっぱい、もつれる足を奮い立たせながらほとんど見えていない暗い闇夜を走り、そして呼び続け叫びます。
「晴斗!どこにいるの?!」
何度も呼びかけますが返事はありません。薄らな月明かりの中、例の気やすめなフェンスが見えてきてあなたはロープを掴み辿りながら進みました。
「晴斗!!」
ロープの先、その向こう側、そして崖の手前で人影が見えました。同じ背格好の子供が二人、手をつなぎながら海の方をずっと見ています。あなたの声がまるで聞こえていないかのように。
あなたはロープを飛び越え、急いで晴斗であろう子供の元へと走りました。必死に駆ける中、二人がゆっくり前方へと倒れていきます。瞬間、あなたは更に急ぎ加速しました。限界を突破したかのようにいつも以上に早くなった気がしながら、何とか手前の子に、タックルをするように突っ込み抱きかかえます。晴斗が少しでも怪我をしないように、自分の体を下へと、空中で陸の方へと反転させ、あなた自身も転落して死を覚悟しました。
背中に衝撃と、少し後頭部を打ち付けましたが、なんとかギリギリ丘の陸地で着地し踏みとどまり、あなたと”一人”の子供は助かります。
「はあ!はぁ!はぁ!・・・・・・」
《・・・もう一人の子は・・・だれ?》
あなたの目前、右側はすぐ奈落への崖。空にはキレイな月と、下半分は漆黒の闇が真下の波音と共に広がっていました。
晴斗を抱きしめながら、とにかく安堵します。
奈落へと落ちた子供・・・きっとスポーツシューズの”あいつ”のような霊が、晴斗を道連れにしようとしたんだと・・・まさか、”人”であるはずがないと自分に言い聞かせて心身ともに疲労の中、自分を正当化しながら晴斗を救えたことの安心感に酔いしれました。
帰省
あなたはもう限界です。警察とか旅館のことなどもうどうでもいい。今すぐに帰ることに決めました。
抱きかかえた晴斗は気を失ったまま。急いで自分の車へ向かい、後部座席へ寝かせます。キーは抜いてましたが、ロックし忘れていて結果的に正解でした。昼間、海に入るとき浮き輪やテント、サンダルなどを車に置いたままだったのでそれを出し入れの際に最後ロックし忘れていたのです。
しかし、キーや貴重品は旅館の部屋にあります。晴斗をまた一人にする不安もありつつも、自分の勇気も必要でしたが迷いは一瞬。急いで旅館へと入っていきます。
点々と非常灯や誘導灯の明かりがあるだけですが、今までの暗闇よりはそれだけでも無いよりはマシです。さっき玄関に居た赤いハイヒールの女性はいませんでした。しかし足の無いスポーツシューズの男はまだ徘徊しているかもしれない。慎重に、音を立てないように、まるで忍者の如く侵入しました。
すると二階へと上がる階段で、また足音がしました。あの水気が多い不快な足音です。
トン、ギイ・・・ベチャ・・・トン、ギイ・・・ベチャ・・・・・・
上から一階へと降りてきている所のようです。あなたは物置場となっている一階の階段裏へ隠れてまた通りすぎるのを見計らいます。
こちらを振り向くこともなく、さっきと変わらずまるでゾンビかのようにゆっくりとあなたのいる階段から去っていく。
男の方を警戒しながら階段はまだゆっくりと静かに上がり、二階に上がるや否やそこからは猛ダッシュで部屋へ走りました。
宛がわれた自室へと駆け込み鞄だけをつかみ、またすかさず外へ。発射腔が詰まった水鉄砲や着替えの服数点、櫛や帽子などいくつかのアイテムを置いてとにかく車へ急ぎます。
一階へ降りて、また静かに移動します。見渡す範囲ではあの男は居ません。
あなたは旅館の外へと無事に出て、車へと急ぎます。
少し安堵したのも束の間。
車の後部座席の窓から、晴斗を覗き込む足の無いスポーツシューズの男がいました。
あなたはその場で立ち止まり、考えます・・・・・・
男は覗いているだけで、ドアを開けようなどとはしませんでした。どうしようか考えている間も、身動き一つもせずにずっと覗いているだけ。今のところ危害はないが、逆にあなたが車に乗り込めません。
《足だ。足を渡せば・・・彼は自分の足を求めている》
そう考え、また旅館へと戻ります。
到着したあなたは先ず旅館の玄関。普通なら、いや、持ち帰ること事態が普通ではないのだが、とりあえず自分なら室内へは持って入りたくないはず・・・・・・
もしなければスタッフルーム。戸を壊してでも入ってやると勇みました。
玄関には室内用のサンダルが数足、いつもと変わらず並べられている。その先には靴箱のような箱棚があったのでそこを開けました。
その瞬間、ゾワッ・・・と寒気がしました。まず目に飛び込んできたのは赤いハイヒールが、しかし、また片方だけ・・・・・・
そして、ムワッ・・・と異臭が鼻をつんざくように刺激しました。絶対にここだ。引き戸である箱の反対側を開けてみると、そこに例のスポーツシューズがありました。
それを取ると、また吐き気が蘇りますがいまはそれどころではありません。靴の・・・足の重みが気持ち悪さを訴えてきます。まだ海水で濡れていてひんやりとした布地部分も、なんだかなにかの浸透を連想させてきます。
あなたは不快感を脱ぎ払い、晴斗の元へ、”あいつ”のところへ走りました。
車のところへ到着すると、男は消えて居なくなっていました。周囲を見渡しますが、見当たりません。夜目になれてきましたが、それでも数メートル先ぐらいしか見えまないのでゆっくりと車に近づき、晴斗を確認。窓から子供の足が見えたので無事と判断できます。
すると後ろから
「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”・・・・・・」
口と目を目いっぱい開き、例の男の霊があなたの目の前に顔を突き出してきました。あなたは恐怖のあまり悲鳴を上げることも身動きも取れません。見開くその眼孔は白目がなく、漆黒で間っ黒な目。まるで先ほど見た深く暗い海のようでした。
「あ”あ”あ”うあ”あうあ”あ”・・・・・・」
あなたは震えながら、ゆっくりと男の足を目の前へ持ちあげて見せつけるように差し出す。
男は奇声を発しながら自分の足を受け取り、数秒ほど立ちすくむ。あなたはその瞬間を何分間をも感じました。
その内に、男の体の肉がみるみるうちに崩れていき、骨だけとなり最後にはフッ・・・と消えました。
トン・・・トトン・・・・・・
男が持っていたシューズは地面へと軽やかに落ちました。その弾むような音は、中身が詰まっていた今までの重量感は消えてただのシューズ部分を残し、中身の足も身体と共に崩れ消えたようです・・・・・・
脱出
急いで車に乗りこみ、最大限のスピードで走らせたあなたは、安定した車道へ出るとバックミラー越しにわが子を確認しました。まだ何ごともなく寝ています。少し心を落ち着かせ、安定したとき、ハッ・・・と、徐々に思い出していきます。
そう、去年、ここにきた時のことを・・・・・・
なぜ忘れていたのだろう。いや、この一年、どうしていたのだろう。フラッシュバックのようにどんどんと思い出していく。山沿いに進むにつれ、そして一山超えたところでまた一つ気が付く
《土砂崩れなんて・・・無かった・・・・・・》
そこで、あなたは全てを思い出しました。
《・・・私は去年・・・『修也』を連れてきて・・・・・・》
《離婚して・・・なにもかも、うまくいかず・・・・・・》
《私だけ・・・死にきれず・・・・・・》
《晴斗って・・・だれ?》
あなたは後部座席に寝ているはずの『修也』を確認するために車を停めて、ゆっくりとドアを開け顔を確認しました。
《え・・・だ、誰?!》
ショックで愕然としました。その顔は修也でもなく、一年間わが子だと”思い込まされた”晴斗でもなかったのです。
腰を抜かせながら、顎も震わせながら、記憶を取り戻したあなたは一年前にも同じようなことが起こったこの状況すら思い出しました。
車の後部座席から子供が起き上がり、あなたの元へゆっくりとやってくる・・・まだ知らない初めて見る男の子と、晴斗の顔が交互に重なって見えます。
今のあなたは絶望しかありません。全く知らない晴斗という子を我が子のように可愛がっていたこと。本当のわが子の修也と『心中』しにここへやってきたのに、自分だけがまだこうして生きていること。わが子への罪悪感、悔恨。自分への呵責、背徳感と不甲斐なさ・・・・・・
涙が滝のように流れ、あなたは嗚咽するほど号泣しました。恐怖で逃げることよりも、後悔と絶望が勝り近づいてくる別の子供の霊に抵抗することもできず、ただただ両手を後ろ手に、尻もち状態のままコンクリートの冷たさをも感じる事も無く全てを受け入れます。
その見知らぬ子の足元には、戦隊ヒーローのサンダルが、片方だけ・・・・・・
あなたは無抵抗のまま、戦隊ヒーローの子に抱かれました。全身がびしょ濡れで、あなたの着ている服もどんどんと濡れていきます。その浸食と同時に、記憶もどんどん塗り替えられていきました・・・・・・
約束
「楽しかったね、『健太郎』」
「うん!楽しかったね!・・・あ!サンダルが片方、ない!」
「あーあ、もう。もっと早く言ってよ。もう、戻れないよぉ」
サイドミラーを見ながら、高速に入る列の中に並んでいる為にUターンはできない状態でした。
「んー、また買ってあげるから、諦めなさい」
「えー・・・あ、じゃ次はライダーがいい!」
「フフッ・・・あればいいね。とりあえず、後でちゃんとサンダルじゃなく靴の方履いて」
「うん!わかった!」
「また、来年もこようね!」
「うん!」
あなたはまた記憶が変わり、わが子との楽しかった思い出として、またこの海に来たくなりました。そして、なぜか『決意』も込めて。絶対に来ないといけない。そんな使命感もなぜか感じながら。
その真意はまた、来年に思い出されることでしょう。
この次こそは、本当のわが子に会える・・・はずです・・・・・・
NEXT⇩ ~意識~
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