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無料 短編ホラー小説『あなた』~山着~第四話・|怨縁《えんねん》


『異界』


 気が付くと、あなたは川の大きく蛇行した外側にいました。下半身”だけ”が濡れていて、凍えながら目が覚めたのです。空を見上げて太陽の位置を確認すると、木々の隙間から燦々と顔を出していてまだ沈みだす気分では無さそうでした。このまま夜まで寝ていたとしたら、たとえまだ真冬ではないにしても凍え死んでいただろう。今度は恐怖ではなく寒さでガタガタと震えながら、前方に見える道路の茶色く錆びついたガードレールを目指して岩場から茂みをかき分けて向かう。

 コンクリートで舗装された道路へゴロゴロと倒れ込むように飛び出し、誰かが通ることを願った。

 時間的には数分たらずでしたが一台の車も通ることはなく、なにより寒さでじっとしていられないのもありあなたは立ち上がり歩き出した。濡れた靴の内部が気持ち悪いという感覚すらもなく、凍傷になるんじゃないかと思うぐらいに足先の感覚がないため、何度も転びそうになる。とりあえず靴を脱いで靴下や履いているパンツの裾などをきつく絞り、水気を少しでも抜いて靴を履きなおした。その際に辺りをよく見てみると、コンクリートの所どころのひび割れた隙間からと、左右の道際にはあなたの腰の高さほどに伸びた赤茶色の千萱チガヤが密集しながら生い茂っているのに気が付いた。どうやらこの道は現在では全く使われていない道路のようだった。

 誰も通らないのならと、あなたは脇目も気にせずパンツも靴も脱いで乾かしだした。濡れたまま着ているとどんどん体温を下げられてしまい、低体温症になってしまいます。

 背負ったままだったリュックから用意していたチャッカマンを取り出し、一束の雑草に枯れ葉を集めて火を点けてみた。運よくチャッカマンは濡れていなかったようで、目前にある一帯の枯れたチガヤなどはよく燃えてあなたは温かく生き返った気分になった。

 本当は山火事になる原因にもなるので不用意な焚火は非常識なのだが、今は緊急の事態であると判断した。この場所がどこかも分からず、一桁代の気温の中、濡れたままの服でいて体温を奪われながら夜を迎えるのは危険だ。それに周辺がコンクリートならばこそ火が燃え広がりにくい。

 ある程度、身体が温まってから周辺の落ちている木の枝などを集めて火を維持させ、濡れた衣服と靴を早く乾かすために丈夫な木の棒を作り、先端に巻き付けて火の遠赤外線で水分をどんどん飛ばしていった。火の粉などが風で吹き飛ばないように気を付けながら暖を取った。

 そうしている間、冷静になる時間ができてしまったために直前の出来事を思い返すしかありません。今回は残念なことに記憶は鮮明です。だんだんと身体が温まるにつれ、寒気が飛んでいく分、恐怖感が蘇る。そして臭いも思い出すと吐き気を催しその場で吐きだしてしまいました。朝からなにも食べていなかったあなたの胃からは固形物は何も出ず、胃液や唾液が少し出る程度でした。

 吐いて気分が良くなることはなく、その気分のまま引きずられていくかのように叔父に対する謝罪の念と失意に襲われ泣き崩れました。無残な死に方をした叔父の姿と踏んづけた手の感触。それと、優しく話をしてくれた穏やかな口調や表情。そして甥と姪の顔。叔母の泣き叫ぶ声とその姿・・・・・・時間も忘れてあなたは泣き続けました。



 片方の靴下が少し焦げてしまいながらもしっかりと暖を取り、パンツ等も乾きあなたは考えます。すでに何時間も経ってしまいました。もうすぐ夕暮れなために、本来なら下山するしかありません。自身の危険だけでなく叔父らしき遺体も発見しました。みんなにこのことを報告もしなければならない。しかしあなたは悩んでいます。下山するか、登山するかを。

 号泣しスッキリしたためなのか、極端に冷静に、冷酷になっていきます。叔父のことを思うと悲しみから怒りまで湧きあがります。あんな無残な状況は間違いなく他殺か、動物などなにかに襲われたかというのは明確である。その犯人が何者かはまだわからないが、その『もの』に対しての復讐心に心が支配されていく。こんな好戦的な感情は初めてでした。後であなたが思うことですが、このときはまるで何かに”取り憑かれていた”かのように睨み、火を砂や足で消して勇みながら廃れた道路の坂道を登りだしたのです。


「父母」


 ずっと車はおろか、人の気配一つしなかった空虚な登山道だったが唐突に、いきなり背後から車のエンジン音が聞こえ出した。振り返ると中型で古びた赤いバスがゆっくりと向かってくる。道中、息が切れるほど急な斜面があり、どうやって来たのか不思議に思ったのもあって普通にバスがやってくることにびっくりしました。そして、そもそもバス停なんて一つもなかったのに・・・いや、その前にこの山は禁足地だよなと自分に頭の中で問い掛けて再確認もした。バスを見た瞬間、乗せてもらおうなんて考えた自分に喝を入れて、また異常な事態なはずだと逃げるように錆だらけのガードレールをまたいで草陰に隠れ身を潜めた。

 そもそも、あちらこちらと木の根などに持ち上げられヒビ割れたコンクリート片が欠けて散らばり、その隙間から雑草が生え揃い、廃れているとはいえこんな場所に道路があるのも変だった。ここは本当に”あの”山の禁足地なんだろうか。色々と不安になってくる。

 バスがあなたの目の前をゆっくりと通りすぎる。それを目で追いながら何だか違和感を感じる。普通に走ってはいるのだが、なんだか変だった。その違和感とは、こんなにガタガタで土や雑草の束、コンクリート片や石がゴロゴロとしている悪路なのに、このバスは左右には揺れているが上下には揺れていない。サスペンションが無いのか・・・いや、効きすぎているのか、よく分からないが異様な雰囲気があった。それは夢でみる車のようにゆらゆらしながらも、スーっと通りすぎているような非現実的な『もの』だった。

 バスが通りすぎ、あなたは道路へと出てバスの背後を見つめていると、最後部座席に二人の人物が座っている後ろ姿が目に飛び込んできた。見覚えがあり、決して忘れることのない人物だった。

 それは、あなたがまだ幼い頃に死んで亡くなったご両親の姿でした。

 母はいつも長い髪を後ろで束ね、べっ甲のヘアクリップで髪の束を後頭部で重ねて挟んでいた。うなじがキレイでいつも見惚れていた。
 父はこだわりの角刈り。いつも決まった理髪店で毎月のように通い、たまにあなたも付き添いに行き絵本などを読みながら待っていた記憶がある。毎回そこの理容師さんの奥さんが飴玉をくれて、ついでに自分も軽く前髪を切ってもらったりしていた。
 そんな記憶が今、鮮明に蘇ってくる。

 あなたはバスを追いかけた。無意識の反応だった。そんなわけがない。見間違いだろうしこんなところにいる訳もない。それでも、追いかけ走った。
 しかし、先ほどまでは人が歩くよりも少し早いぐらいのスピードでずっと走っていたバスだったが、あなたが全速力で追いかけても一向に追いつけなかった。逆にどんどんと離されていき、あなたはまた置いてけぼりにされた記憶と気分を思い出し、ずっと泣きながら走っていた。


「冷静」


 この短期間で喜怒哀楽、そして「恐」がめくるめくあなたに襲い掛かり、かなり精神が翻弄され気が変になりそうだった。もはや現実と幻覚と心霊が、何がなんだか分からない最中、バスはどんどんと山頂へとあなたを置き去りにして消えていく。走れなくなるほど追いかけ、息切れが激しく冷たくて乾燥した空気が肺を出入りする。喉が渇き、筋肉疲労の限界で倒れ込む地面がいつのまにかコンクリートから砂利道へと変わっていたことに、手を地面についた感触で気が付く。

 呼吸が整い出したころ、ずっと気になっていたこの懐かしい匂いに集中した。今もまだ仄かに香っている。バスを追いかけている最中も香っていたこの匂いは忘れもしない、母が使ってたであろう化粧水の匂いと、父のタバコの臭いだった。あなたがバスに乗車していた二人の人物を父母と瞬間的にそう思ったのも、視覚だけでなく嗅覚からも感じ取っていたのです。

 息切れが安定してから、懐かしくもまた涙を流しながら、この匂いを改めて冷静な状態で嗅いで気が付いた。今まで三度、この山で意識を失い目覚めたときにこの同じ匂いが微かにしていた。あなたは不安に苛まれる。まさか、自分に今まで起きてきた『もの』の正体とは父母だったのだろうか・・・・・・
 そんな訳がない。なんの意味があってかも分からないのでこの場は考えるのを止めた。

 悲しくも寂しい気持ちになりながらも、ふとまた気が付く。気持ちが非常に落ち着いていることに。さっきまでの怒りや怯え、自暴自棄が消えて冷静さを取り戻していた。

 時刻はもう、夕暮れ。

 太陽が遠くの地平線へと落ちていく。いつの間にか大分と高い場所へと登っていて、眼下の景色は見たことも無い風景で全く見当がつかぬ。冷静になったあなたは下山を考える。復讐しようにも今のあなたには何の武器も備えもなく、相手が野獣だったとしても敵うわけがありません。あなたが寝かされていた川まで下って、更に川沿いに行けばどこかには出られるだろう。砂利道を急いで戻り、間に合わなかった場合に野宿が出来るようにと乾燥した枝を拾い集めながら下山していきました。



「迷道」


 辺りはもう暗闇に支配され、あなたは必死に恐怖を押さえて歩き続けていました。
 夏の山や森林の中というのは、冬の山を経験するとよく分かるように虫の声や夜行性の動物たちの泣き声などで騒がしい。半面、冬の山は静かで静寂な分、別の意味での恐怖が増す。遠くの物音にも敏感になり聴覚の遠近感が狂いだし、まさに自分が異世界にいるような感覚になってしまう。
 そんな恐れを誤魔化すかのように、あなたはずっと明かりを足元にしか照らさず砂利道に沿ってずっと歩いていく。

ジー・・・ジー・・・ジー・・・ジー・・・・・・

 辺りの暗闇を気にしてしまうと、また何もできなくなり逃げ腰になる。こんな場所で心を折ってしまうと間違いなく気が狂いそうでした。
 ずっと砂利と歩く自分の足を眺めながら、足元に集中し無心に歩いた。立ち止まることも恐ろしかった。今ではなんでもいい。廃れたコンクリートでもいい。人工物を求めていた。そこまで行けばそこでまた火を焚き、今度はその燃え盛る火に集中したかった。




 何時間たったかも分からないほどに歩いた。流石にもうコンクリート造の道へ出てもおかしくはない程に歩いたはずだが、まだずっと砂利道が続く。

 するとずっと巻き続けてきた手巻き懐中電灯の持ち手部分がパキっとへし折れた。それと同時にあなたの心の折れてしまった。だんだんとライトが消えていく。完全に消える前に、最後に今の足元の左右の道を確認するために薄らぐライトを照らした。すると、ずっと車や馬車が一台分は通れる道幅だったはずの土道が、そこは人一人分ほどのまるで獣道を歩いていた。いつの間にか道を外し、わけもわからない脇道へ反れていた。絶望への気分と共にライトも消えていった。


 そのまま、目を開けているかどうかも分からなくなるほどの暗闇で立ち尽くしていた。数秒か、数分か、時間の感覚もわからない。視覚による地平線や建物や木々、地面や空といった物の比較がなく、どんどんと平衡感覚もわからなくなってきてしまい、よろよろと後ろに倒れてしまった。

ザザ―・・・パキ・・・ザザザー、ミシミシ・・・

 風が、枯れゆく草木を揺らし植物たちも眠りにつく乾燥した音が空しく聞こえる木々のさざめきだけの世界となり、全てが冷たくあなたを襲う。地面の感触を感じるだけ触覚の手と尻からは冷たくて堅い砂利があなたの熱をさらに奪う。

 空を見上げてみた。光を、とにかく光を求めた。月明り、輝く星々、なんでもよかった。が、一面と漆黒に包まれていた。あなたを囲うように生えそろった木々の枝が、秋を名残惜しむように残された枝葉がなんでも全てを遮断した。

 動揺と混乱で気が変になりそうだった。

《ここはどこ?自分はなにをしている?何がしたい?帰らなきゃ・・・誰か・・・寒い・・・助けて・・・助けて・・・たすけて・・・・・・》

 あなたは子供のようにうずくまり、泣きながら膝をかかえて頭をうな垂れる。


「生贄」


 なんとか感覚を麻痺させていく。泣くとストレスが発散されるのか、必ず落ち着きをみせる。涙で濡れた両目を瞑り、暗闇が当たり前だと暗示をかけていく。良いイメージで自然の音を聞こう。かわいいリスや小鳥が静かに眠っている姿を連想させる。連日、泣き続けてきて目が腫れている。そんな感覚にも集中させて怖いというイメージから現実的な痛みなどで紛らわしていく。

 背負ったままのリュックを前へと抱きかかえ、手探りで中を漁る。スマホがあるはずだと冷静な今のあなたは考えた。小さいがライトの変わりになる。山中は当然のように通信電波は圏外なので必要ないと思い、底の方にあるはずだ。勘違いで車の中へ忘れていたらまた絶望的だ。

 手の感触で探っていくと右手に刻み目のある、ぎざぎざで硬質だが、柔らかい木のような感触をした物をわし掴む。この感触と大きさは松毬まつぼっくりだと分かった。これをリュックに入れて持ってきた記憶はあなたには無かった。

 それを掴み、認識した瞬間、あなたの目は夜目が効くようになり薄っすらと周囲が見えだしてきました。
・・・・・・が、
 そこはあなたの最後に認識した風景とは全く違う場所でした。ずっと歩いてきた獣道、左右には枯れた様々な雑草の小さな山が道しるべのように前後に伸びているはずだが、そこには道がなく少し開けた空間にあなたは座っていた。空には頭上にまで伸びていて輪を作ってたような枝葉も消え、煌々とした満月と輝く星々たちが僅かながらにあなたの視野を確保してくれている。

 これは夢か、それとも今までが夢を見ていたのか・・・・・・

 あなたのお尻がさらに冷たくなった気がした。なぜならそこは土場ではなく大きく切り裂かれたように平らな岩の上で座っていたからだった。身体の芯から冷え切り、おもわず立ち上がり周辺や足元を見渡す。大きな石のベットのような祭壇から降りて夜目に睨みを効かしていく。さらに周辺には点々と石が積みあがっていて、まるで賽の河原の石積みのように石塔が何個か積みあがっていた。

 あなたは勘繰る。もしかしするとここが、話しか聞いていなかったがその昔、流れ着いた僧侶が眠っているという石の墓標というやつだろうか・・・

 その数を数えているうちに、人がやってくるように小枝が折れ、枯れた落ち葉を踏みしめる足音が聞こえてきた。その方向へ警戒心を持ちながら、救助かもしれないという希望も抱きながらじっと見つめて待っていた。

 すると姿を現したのはあなたの父でした。

 幼かった時の記憶の印象とは少し違いますが、まぎれもない父でした。驚きと共に声が出ますが、また出ていません。以前に祖母が現れたと思い叫んでいるが、真空で声を上げているような、反響が全くなかった時と同じようにあなたの周辺だけ空気の振動が停止されたようでした。

 目の前に現れた父の手には日本刀のような刀を持ち、大粒の涙を両目から流しながら大きく構え、あなたも元へとやってくるや否や右から左へと刀を振り抜きました。同時にあなたの首元が焼けるような熱さが駆け抜けて、あなたの視界はぐるぐると回転しながら頭を何かに強く打ち付けました。

 瞬時の出来事で熱い痛みに目を瞑ることしかできなかったあなたが、次に目にしたのは液体が噴水のようにあふれ出る、誰だか分からない頭の無い身体だけの女性の後ろ姿でした。
 その身体が統制を失い背後へと倒れ、その向こうでは血塗られた刀を泣き叫びながら自分の腹へと突き立てる父の姿を、消えゆく意識の中で見守り続けるのでした。父も膝をついて倒れこみ、父の懐からこぼれ落ちたのはまた松毬でした。コロコロと転がりあなたの視界を覆いつくし、また暗闇へと誘いだす・・・・・・


「僧侶」


 何を言っているのか、分からない言葉で数人の男が手に鍬や熊手をこちらに向けて叫んでいる。

「助けてくれ、俺たちは何もしない!仲間が死にかけている!お願いだ助けてくれ!」

 そう叫ぶのはあなたの方ですが、あなたの声ではありませんでした。自分が喋っているように、耳の奥、口腔内、鼻腔内で反響する声がずっと助けを求めるように叫んでいる。自分の意思で喋っていない声を聴くのは実に凄くうるさく、耳障りにすら聞こえる。その違和感は体内に入った異物感やアルミホイルを嚙み締めた時のように、全く違う声が頭蓋骨を駆け巡るのは気持ち悪くて気分がすごく悪かった。

「なにか食べるものだけでも・・・・・・」

 村人らしき人物が投げた小石があなたの・・・この男の頭に当たり、痛みと衝撃で押さえた手が少し血で滲む。

 男の視線が踵を返し、森の中へと歩いていく。
 この男の感情だけがあなたの心を汚染する。空腹感、疲れ、痛み、苦しさ、悲しみ、虚しさ、そして、死・・・

「・・・ゴホッ!・・・ウ、ゴホッ!!ガハッ!!」
 せき込む声と嗚咽があなたの耳を劈く。口元を押さえた手には血が滴り飛沫散っている。この男は何かの病気なんだと男の心を通じて理解した。

 奥へと進むともう一人、やせ細った男が現れた。
「くそ・・・ここの者どもめ・・・慈悲もくそも持ち合わせていない。憎い・・・恨めしい・・・・・・」

「やめろ・・・言葉が通じない。ここは我らの国ではないんだ。わたしたちが逆の立場なら同じことをしているだろう」

「しかし、どうする?もう戻ることもできないんだ!」

「・・・病人のわたしがいるからかもしれない」

「え?なにを言っているんだ?」

「・・・いや、なんでもない」
 そういってこの男は、手頃の石や木でずっと穴を掘っている。



 一つ目の穴を掘り終えたのか、布で包まれていたものを開きだした。中からは無数の骨が出てきて、それを穴にそっと置きそして土を被せていく。どうやら大分前に亡くなった人の骨を埋めてお墓を作っているようだった。手頃の石を積み上げていき、二つ目を掘り始めた。


 三つ目、四つ目と掘り進め、先ほど怒りの表情でやつれている男もいつの間にか別の場所で穴を掘りだしていた。

 五つ目の穴は今までと違い、大分と大きく掘っている。ずっと彼らの息遣いを聞いているあなたは同じように呼吸が早くなり疲労感も共有してくる。

 男は掘るのを止めて、もう一人の男を見つめている。その相手はあなたには気付かず、ずっと掘り進めている様子だった。

 もう一人の男の顔や服装、そしてこの積み上げている石を見てあなたはこの時点である程度だが理解していた。彼らは昔、この村で救助を求めてきた異国からきた僧侶たちなんだということに。この男の意識を共有している目線、認識により村人の言葉が分からずこの男たちの言葉が脳内に直接伝わってくる。

 男は静かにその場を立ち去り、山の奥へと歩き出した。

 腰帯を解き、上部にある太い枝へと帯の片側を通して目の前で輪を作り出した。そこへ自分の頭を通すと、少しだけ視界がガクンと下へ落ちゆらゆらと揺れながら、目が飛び出すほどに顔が熱くなり視界が赤くなっていくのが見えた。

 遠のく意識の中、もう一人の男が走り寄ってきて男の下半身を持ち上げているようだが、力が一つも残っていないのだろう。視界が回復することはなかった。ただ声だけが聞こえる

「やめろぉ!兄さん!くそったれ、くそぉ!ここの者どもめぇ!ゆるさん!絶対に許さんからなぁ!!」

 この男の弟だと思われる声がだんだんと小さくなっていく。その後はこの男の心の声だけがあなたにだけ聞こえる。

《違うんだ、弟よ。恨むな。憎むな。病人の俺がいなくなればきっと大丈夫。俺の身体は埋めてくれ。家族の元へと、俺は先にいく・・・・・・》

 あなたは泣きながら上げることのできない、聞こえるはずもない声を上げた。
《違うんだ!この村の人たちも別の、もっと重大な病気なんだ!あなたたちをその病から遠ざけようとしているんだ!呪いを移すまいとして・・・・・・》

 最後まで言い切れずに、二人の意識が無情にも消えていく。



「再来」


「・・・・・・おい、聞こえるか!おい!」
 遠くの方で声が聞こえる。そして直ぐに凍えるような寒さで目が覚めた。

「・・・ぶはぁ!はぁ、はぁ、はぁ」
 夢なのかどうか、死んでいく僧侶と共に息苦しさからも今は解放されたように目覚めたあなたは、呼吸ができない水中から水面へと浮かび上がったかのように大きく息をした。

「おい!大丈夫か?!こんなところでなにを?!」

 首を押さえながら少し見上げると、そこには杜下が肩を押さえて心配そうに抱える姿があった。

「ゲホッ、ゴホッ・・・杜下・・・さん?」

「ああ、そうだ、大丈夫か?」
 懐中電灯であなたの顔を照らされている眩しさで目が痛みしかめながら、あなたはゆっくりと呼吸し寒さで震えていた。杜下はその反応を感じ取ってか、ライトを足元へ下げてあなたの身体を自分の方へと引き寄せた。

「おい、立てるか?」

「は・・・い・・・」

「いったい、ここはどこなんだ?」

「・・・??」
 救出にきてくれたようではなかった。

「どっちに進めばいいんだ?」
 あなたは首を押さえながら、とりあえず来た道を戻る方向へと指差した。今の場所は石碑の祭殿ではなく元の一本の獣道へと戻っていた。

 杜下はあなたの肩を抱えながら進む。あなたもそれに誘われるように足取りを合わせて歩いていく。

「きみの車を道中で見つけたんだ。中を覗いても誰も居なくてね。まさかと思ってきみを探しにそこから山へ登っていると、僕の知らない道だったのもあって足を坂で滑らせてね。転げ落ちて打ち所が悪かったのか気を失い、気が付いたらここさ。適当に歩いていたらすぐにきみが倒れていたんだよ」

 あなたはおぼろげに杜下の話を聞いていた。二度の死の疑似体験を目の当たりに受けて意識は消沈し、外部からの情報処理を受け付けなくなってきている。精神維持の救いとしては現在、見知った人物が今隣に居てくれているという実感だけだった。

「・・・ああ、あそこに洞窟があるみたいだ。いったん今日はあそこで休もう」

《・・・え?》
 前方を見ると、あなたが倒れてしまってフェンスで立入禁止だったはずの洞窟と規模感や様子がそっくりな、崖に空洞がポッカリと開いてあなたたちを待ち構えていた。杜下のライトがあなたを支えながらだったのであちらこちらに行き、しっかりと確認はできなかったが金網フェンスは無く、足元にもレールはなかったので違う洞窟なのだろうということにした。

 洞窟の入口付近であなたは座らされ、身体の異常はないかとチェックされた。深夜にいつの間にか寝ていたのか気絶していたのか、冷え切った身体で終始あなたは震えていた。杜下は火を焚ける材木を拾いに行くと言ってポケットから使い捨てのライターを取り出しあなたに手渡して行った。

 また真っ暗な世界で一人ぼっちになったあなたは、寒さよりも視覚がないこの闇の世界がとにかく嫌だった。必死にライターを付けて微かな明かりを点けた。脳裏にはずっと涙ながらに刀を振るう父の顔と、異国の僧侶の憎しみの顔がチラついてしまう。この暗闇の中に二人がいるような気がして、ライターでも点けずにはいられなかった。

 点火し周辺を見ると砂利と石ばかりだった。あなたが座っているところにも石があるのか、お尻にずっと固いものがあってなんだか痛かった。少しずれて座っていた場所を照らすと、また松毬がそこにあった・・・・・・


「異形」


 また場面が変わった。
 自分は瞬間移動でもしているのだろうか。起きながら立て続けに”神隠し”にあっている。そのきっかけは、松毬・・・?

 突然、背骨や鎖骨が軋む激痛と苦しみに襲われた。目下には大きなお腹が見える。あなたは妊娠しているようで、今まさに出産の最中でした。産道が開かれていく骨の軋みが激痛となって襲い掛かり、今度の宿主とは同じ苦痛を共有し痛みも同じなため、あなたと同時に叫び続けていた。また自分の声は真空で、今度の宿主の声が頭蓋と飛び回る。しかし今回は激痛が勝ち、気分の悪さなんてどうでもよかった。腰がひん曲がるかのように、骨盤が砕けるような苦痛で毎回訪れる周波と声と感情が共鳴していた。



 何時間かの激痛を味わっていると赤ん坊の泣き叫ぶ声が聞こえ、気を失うかのような痛みによる疲労の中、わが子を確認し抱きしめにいく。

 そこには異形の赤ん坊があなたの両腕に抱かれ、出産の血でまみれる身体をこの母親は今着ている服で拭っていく。その姿は目が四つあり鼻は二つ。腕が右の肩甲骨からもう一本あり、全身が毛で覆われている。

 あなたはこの赤ん坊のように抱かれている感覚になり、疲労も限界にきてこの母親の中で眠ってしまった。その感覚はまるで羊水に漂う胎児のように・・・・・・


 次に気が付いた時は例の赤ん坊は五歳児ほどに成長していた。あなた自身でもあるこの母親とは二人で仲睦まじく暮らしている様子だった。この子は言葉は話せないようだが、意思の疎通は少し可能で母親とは身振り手振りでなんとか最低限のコミュニケーションを取っている。

 二人は山の奥深くで暮らしていて、母親は木の実やキノコを採り小さな畑で自炊もし、子は俊敏性や筋力は人並以上でウサギやネズミといった小動物を狩ってきていた。

 ある日、二人が薪拾いに出かけている最中に別の人間と遭遇してしまった。

「・・・ひぃぃぃぃ!妖怪?!化け物だぁ!」
 その村人は一目散に逃げていった。母親も山暮らしが長く、髪はぼさぼさでほぼ半裸状態。小動物の毛皮でなどで作ったものを身にまとい、妖怪や鬼と見間違えられてしまうのも無理はなかった。

 それから二人は逃げ惑う日々が続く。鬼退治だと勇ましくやってくる者たちや、興味本位でやってくる輩たちから逃げるようにどんどんと山々を渡り歩く。

 「鬼退治だ」と正義気取りで息まき無慈悲に放たれた矢と言葉が母親の背中に突き刺さった。

 最後にこの洞窟へとやってきた二人だが、そこで母親であるあなたは憔悴しきり倒れてしまう。あなたはまた母親と意識を共有しているから分っていた。逃げ惑う道中、見つけた食料は全て我が子に与え、母親の深い愛情を感じ取っていた。そして自分の限界に近いことも・・・・・・



 数日後、口がうまく開かず、全身が強張り痛む。熱もあり間違いなく破傷風だった。このままでは呼吸ができなくなりどうせ死んでしまう。

 その夜、母親は洞窟のすぐ近くで焚いた火をどんどん大きくしていった。

 子は洞窟の中で寝ている。最後に母親の心の声が聞こえた。

《私を食べなさい。そして、生きて・・・・・・》

 子の寝顔に最後の口づけをして、赫耀かくようと立ち上がる火柱の中へと身を投げた。足元から熱く焼ける感覚に襲われてから、すぐに呼吸ができなくなる。息をしようとするたびに火と熱をも吸い込み、肺の内部からも全身が焼けていく・・・・・・




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