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「ぶたぶたの本屋さん」 矢崎存美


「ぶたぶたさんは、この物語のどこに惹かれたんですか?」

「うーん……この作品には、悩んでる人ばっかり出てくるんです」



「ぶたぶたの本屋さん」 矢崎存美



その人の名は、「山崎ぶたぶた」


いや、人ではない。ぶたの「ぬいぐるみ」だというのです。なのに人間の奥さんも娘さんもいる。


不思議! 謎だ! 


山崎ぶたぶたは、「ブックス・カフェやまざき」の店主。
また、ある時はコミュニティFMの「昼下がりの読書録」というコーナーでオススメの本を紹介しているパーソナリティでもあります。


見た目はピンクのぬいぐるみ。中身は中年男性。


これは、ぶたのぬいぐるみを纏った中に中年の男性が入って、本を売ったり、ラジオで本の紹介をしている「ゆるキャラ」。そう思い込んで読みはじめたのですが、「ムムッ!」なんかちがう。


とても渋くて、いい声の山崎ぶたぶた。(城達也さんの声に似ているらしい。「ジェットストリーム」が好きだったので、ぶたぶたさんの声は城達也さんで変換して読みました。)


それが!


本当にぶたのぬいぐるみなのです。
本当にそんな設定なのです。


もしかしたら


未来からやってきた「ぶた型ぬいぐるみ」ではないか?


何かの魔法にかけられて
「ぶたのぬいぐるみ」
にされてしまったのではないか?


いつになったら「ぶたぶたさんの秘密」が語られるのか?


期待しながら読んでいたのですが、そんな説明は最後のページまで語られませんでした。(「ぶたぶたシリーズ」はたくさんあるようなので、他の物語の中で語られているのかもしれません。)


しかし


読んでいるうちに、ぶたぶたは「ぬいぐるみ」であるだとか、そんなことは気にならなくなっていました。彼は「カリスマ書店員」のようであり、的確に、その人の悩みに寄り添った選書をしていく「読書ヒーラー」のようでありました。


いつのまにか彼を、完全に「山崎ぶたぶた」として自分の中に確立させていました。

          
          *


作家の須賀美那子は、昔出した売れなかった小説が「ある書店でとてもよく売れている」とのことを編集者から聞きました。


気になった美那子は、その書店「ブックスカフェ・やまざき」に行ってみると……


そこでひょんなことから、山崎ぶたぶたのラジオ番組に出演することになったのです。そして、山崎ぶたぶたとお話しすることに。


美那子は、ぬいぐるみの「ぶたぶた」を目のあたりにして困惑しています。


鼻が動くと、声がする。しかも渋くてとてもいい声だ。何このぬいぐるみ。

(中略)

でも、今の声はやっぱりぬいぐるみから聞こえてくる。

錯覚か、幻覚か……。

しかし、それをここで言ったら、番組がどうなるの?雰囲気悪くなる?あたし、空気読めない奴?


美那子は緊張しながらもあっという間に番組が終わり、「ブックスカフェ・やまざき」で本にサインをして家に帰ってきました。


美那子はコミュニティFMからいただいた、以前ぶたぶたさんが自分の本を紹介してくれた「ラジオの音源」を聞きます。


「ぶたぶたさんは、この物語のどこに惹かれたんですか?」

「うーん……この作品には、悩んでる人ばっかり出てくるんです」

(中略)

「どんな人でもそうで、でも、自分が一番不幸だとか、たまに思ったりもするんです」

「ぶたぶたさんも!?」

「ありますよー。ただのぬいぐるみだからって悩みがないわけじゃないんですよ。悩むヒマもないくらい忙しい時はいいんですけど」

「そう、忙しくしてる方がいいですよね」

「でも、どうしても考えちゃう時がある。それがこれを読むと、『明日って本当にわからない』って実感できるんです」

「『風と共に去りぬ』のスカーレットみたいに?」

「ニュアンスはだいぶ違いますけど、『明日は今日とは違う日なんだから』って吹っ切れるというかね……あんまり言うと、ネタバレになりますけど」

「あ、そうか。じゃあ、読んでみます」

「ぜひぜひ。本の購入は、ぜひブックス・カフェやまざきでどうぞ。お待ちしています」


美那子の売れなかった頃に出した小説「凍りついた夏」は、いろんなことに悩んでいた美那子自身を投影した作品でした。


ぶたぶたに勇気づけられた美那子のように、「ぶたぶたの本屋さん」では、悩んでいる人たちが「山崎ぶたぶたのオススメする本」で元気になっていくのです。


大学で友達のできない女の子。

ひきこもりの女の子と彼女を
助けようとする幼馴染の青年。


そして

いじめに悩む女の子。


山崎ぶたぶたがセレクトする本は、彼らの背中をそっと押し、彼らは気づきを得て、力強い一歩を踏み出します。


いつしか


読んでいる私たちも癒され、勇気づけられています。


とても読みやすくて、心が軽くなり、どんどんページを捲っていく。読み終わる頃には、すっかり「山崎ぶたぶた」のファンになっていました。


こんな本屋があって、美味しい珈琲があって、城達也さんのような声のぶたぶたさんが本をセレクトしてくれるなら、ずっとこのブックカフェに通い続けるでしょうね。ラジオ番組も聴き続けるでしょう。



【出典】

「ぶたぶたの本屋さん」 矢崎存美 光文社



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