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「西の魔女が死んだ」 梨木香歩

「いちばん大切なのは、意志の力、自分で決める力、自分で決めたことをやり遂げる力です。」



「西の魔女が死んだ」 梨木香歩


日頃から考えていて、どうしても言語化できないモヤモヤとした何かがありました。それが脳裏にずっと貼りついていました。


そのモヤモヤは何なのか?


この小説のカバー装画を描いている早川司寿乃さんが、巻末解説の冒頭でこのように書いていたのです。


日々の中で、人間は、自らが作り出した化学物質をはじめとする人工的な物に囲まれ、さらに、人工的なよくわからない物が沢山入ったたべものを食べて生きています。それは少しずつ人間を歪め、社会全体を歪めてきたように思います。

いつのまにかそんなおかしな恰好になってしまった人間も、本来は、他の生物と同じ自然の一部ですから、本能的にどこか変だと感じていても、すぐにどうすることもできずに毎日を生きています。

様々な社会問題は、全て、そんな人間の歪みが引き起こしているのではないかと思えてなりません。


この文章を読んで、あやふやな何かがくっきりとした形になり、モヤモヤとした気持ちが霧消しました。自分自身もその「歪み」がずっと気になり、思い当たることが常々多かったのです。


この物語の主人公・まいは、人間の歪みが引き起こしている社会の中で心が折れてしまった中学生の女の子です。


僕は大人ですから、良いのか悪いのかわからないにせよ、周りの空気に嫌でも合わせ、愛想笑いをし、自分の考えと違っていても「そうですね」とこたえ、本来の自分と乖離した社会の中で生きてきました。まるで汚れた水の中を泳いで生きていける魚のようでありました。


でも


ときどき、何もかも嫌になる瞬間があります。この物語のまいの気持ちと自分自身が急接近した瞬間でした。



         ◇


「女の子の付き合いって、独特なんだよね」


まいは、おばあちゃんにそう話します。


クラスの最初にいくつかのグループができて、休み時間に一緒にトイレに行ったり、好きなスターの話なんかをする。


その波に乗ったらそんなに大変じゃなかったし、まいはそのグループでうまくやれていました。


それが


今年になって、そういうのがすべて嫌になってしまったのです。まいは、その波に乗るのをやめました。


「そうしたら、去年まで仲が良かった子まで、ほかのグループに入っちゃって、結局一人になっちゃたんだ」

「他のグループに入った子は、もう、まいと仲良くできないんですか?」

「できないんだよ」


「他のグループ同士も張り合うわけではなく友好的だった」とまいはおばあちゃんに話しました。


「そういうことも可能なんですか?」

「うん、簡単だよ。みんなで、だれか一人を敵にきめればいいんだもの」


まいの辛かった過去は、この後半のおばあちゃんとの話でしか触れられていませんが、相当苦しかったに違いありません。


まいは、お母さんに言いました。


「わたしはもう学校へは行かない。
あそこは私に苦痛を与える場でしかないの」


まいのお母さんは、単身赴任しているお父さんに電話で「田舎の母のところでゆっくりさせようと思う」と言いました。


そうして


まいは「西の魔女」= おばあちゃんのところでしばらく生活することになります。


おばあちゃんは、イギリス人で英語の教師として日本に来たのだそう。


あるとき、お母さんが「あの人は本物の魔女よ」とまいに言ったので、それ以来2人の間では、おばあちゃんのことを「西の魔女」と呼ぶようになりました。


まいは、自然いっぱいのおばあちゃんとの生活で徐々にいきいきとよみがえってゆきます。


ワイルドストロベリーを摘んでジャムにしたり、飼っている鶏の新鮮な卵を取ってきて料理したり、ミントやセージをはさみで切ってハーブティーにしました。


裏庭には、料理の最中に台所から出てきてすぐ採れるよう、葱、山椒、パセリにセージ、ミントやフェンネル、月桂樹などが植えてあった。


とくに素敵だなぁと思ったシーンが、たらいの中で足踏みして洗ったシーツを絞ったあと、おばあちゃんがふわりとラベンダーの茂みの上に広げるところ。


「汚れない?」

「さっき、上から水をかけておいたのできれいです。こうすると、シーツにラベンダーの香りがついて、よく眠れます」



おばあちゃんが「魔女」だと呼ばれる所以。


まいはおばあちゃんから、おばあちゃんの祖母の話を聞きます。


おばあちゃんの祖母は、スピリチュアル的な能力を持っていました。その力でおばあちゃんの祖父を助けた話を聞きました。


「おばあちゃんの家系は、そんな力を持っている」とまいに告げます。


まいは、「そんな力を持つ事ができるの?」と訊ねます。


「いちばん大切なのは、意志の力、自分で決める力、自分で決めたことをやり遂げる力です。

その力が強くなれば、悪魔もそう簡単にはとりつきませんよ。

まいは、そんな簡単なことっていいますけれど、そういう簡単なことが、まいにとってはいちばん難しいことではないかしら」


おばあちゃんは自然の力と精神を保つことで、本来、人が持っている力を取り戻そうとしました。それがまいにとっての「魔女修行」なのでした。


この物語には、死のことを考えさせられる鶏の死や、おばあちゃんとの会話があります。もうひとつの重要なテーマ、生と死を力強く描いています。


「人は死んだらどうなるの?」

(中略)

おばあちゃんは、人には魂っていうものがあると思っています。人は身体と魂が合わさってできています。

(中略)

死ぬ、ということはずっと身体に縛られていた魂が、身体から離れて自由になることだとおばあちゃんは思っています。」


また


「魂は身体を持つことによってしか物事を体験できないし、体験によってしか、魂は成長できない」とまいにやさしく語りかけるのでした。


まいは、おばあちゃんとある約束をし、彼女は大好きだったおばあちゃんのところを去る決心をします。


しかし


ひとつだけ、まいがこの家に来てから嫌いだったご近所のゲンジさんとのいざこざで、おばあちゃんとしこりを残してしまいます。


その2年後、おばあちゃんは亡くなりました。


でも


おばあちゃんは、まいとの約束を守りました。


まいはその瞬間、おばあちゃんのあふれんばかりの愛を、降り注ぐ光のように身体中で実感した。


最後のおばあちゃんからのメッセージ(約束)を、ぜひ本編で読んでみてください。


この物語を読んで、本来大切なものが何であるのかを呼び覚ましてくれました。僕自身、おばあちゃんの言葉に生かされたんです。


この物語は、人生にとって大切な種がいっぱいまかれています。読後、ひとりひとりの心の中には、スッキリとしたハーブの香りが広がることでしょう。



【出典】

「西の魔女が死んだ」 梨木香歩 新潮文庫


ノリかなさん、ありがとうございました。


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shinku  |  読書ヒーリング
いつも読んでいただきまして、ありがとうございます。それだけで十分ありがたいです。

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