「西の魔女が死んだ」 梨木香歩
「いちばん大切なのは、意志の力、自分で決める力、自分で決めたことをやり遂げる力です。」
「西の魔女が死んだ」 梨木香歩
日頃から考えていて、どうしても言語化できないモヤモヤとした何かがありました。それが脳裏にずっと貼りついていました。
そのモヤモヤは何なのか?
この小説のカバー装画を描いている早川司寿乃さんが、巻末解説の冒頭でこのように書いていたのです。
この文章を読んで、あやふやな何かがくっきりとした形になり、モヤモヤとした気持ちが霧消しました。自分自身もその「歪み」がずっと気になり、思い当たることが常々多かったのです。
この物語の主人公・まいは、人間の歪みが引き起こしている社会の中で心が折れてしまった中学生の女の子です。
僕は大人ですから、良いのか悪いのかわからないにせよ、周りの空気に嫌でも合わせ、愛想笑いをし、自分の考えと違っていても「そうですね」とこたえ、本来の自分と乖離した社会の中で生きてきました。まるで汚れた水の中を泳いで生きていける魚のようでありました。
でも
ときどき、何もかも嫌になる瞬間があります。この物語のまいの気持ちと自分自身が急接近した瞬間でした。
◇
まいは、おばあちゃんにそう話します。
クラスの最初にいくつかのグループができて、休み時間に一緒にトイレに行ったり、好きなスターの話なんかをする。
その波に乗ったらそんなに大変じゃなかったし、まいはそのグループでうまくやれていました。
それが
今年になって、そういうのがすべて嫌になってしまったのです。まいは、その波に乗るのをやめました。
「他のグループ同士も張り合うわけではなく友好的だった」とまいはおばあちゃんに話しました。
まいの辛かった過去は、この後半のおばあちゃんとの話でしか触れられていませんが、相当苦しかったに違いありません。
まいは、お母さんに言いました。
まいのお母さんは、単身赴任しているお父さんに電話で「田舎の母のところでゆっくりさせようと思う」と言いました。
そうして
まいは「西の魔女」= おばあちゃんのところでしばらく生活することになります。
おばあちゃんは、イギリス人で英語の教師として日本に来たのだそう。
あるとき、お母さんが「あの人は本物の魔女よ」とまいに言ったので、それ以来2人の間では、おばあちゃんのことを「西の魔女」と呼ぶようになりました。
まいは、自然いっぱいのおばあちゃんとの生活で徐々にいきいきとよみがえってゆきます。
ワイルドストロベリーを摘んでジャムにしたり、飼っている鶏の新鮮な卵を取ってきて料理したり、ミントやセージをはさみで切ってハーブティーにしました。
とくに素敵だなぁと思ったシーンが、たらいの中で足踏みして洗ったシーツを絞ったあと、おばあちゃんがふわりとラベンダーの茂みの上に広げるところ。
おばあちゃんが「魔女」だと呼ばれる所以。
まいはおばあちゃんから、おばあちゃんの祖母の話を聞きます。
おばあちゃんの祖母は、スピリチュアル的な能力を持っていました。その力でおばあちゃんの祖父を助けた話を聞きました。
「おばあちゃんの家系は、そんな力を持っている」とまいに告げます。
まいは、「そんな力を持つ事ができるの?」と訊ねます。
おばあちゃんは自然の力と精神を保つことで、本来、人が持っている力を取り戻そうとしました。それがまいにとっての「魔女修行」なのでした。
この物語には、死のことを考えさせられる鶏の死や、おばあちゃんとの会話があります。もうひとつの重要なテーマ、生と死を力強く描いています。
また
「魂は身体を持つことによってしか物事を体験できないし、体験によってしか、魂は成長できない」とまいにやさしく語りかけるのでした。
まいは、おばあちゃんとある約束をし、彼女は大好きだったおばあちゃんのところを去る決心をします。
しかし
ひとつだけ、まいがこの家に来てから嫌いだったご近所のゲンジさんとのいざこざで、おばあちゃんとしこりを残してしまいます。
その2年後、おばあちゃんは亡くなりました。
でも
おばあちゃんは、まいとの約束を守りました。
最後のおばあちゃんからのメッセージ(約束)を、ぜひ本編で読んでみてください。
この物語を読んで、本来大切なものが何であるのかを呼び覚ましてくれました。僕自身、おばあちゃんの言葉に生かされたんです。
この物語は、人生にとって大切な種がいっぱいまかれています。読後、ひとりひとりの心の中には、スッキリとしたハーブの香りが広がることでしょう。
【出典】
「西の魔女が死んだ」 梨木香歩 新潮文庫
ノリかなさん、ありがとうございました。