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「生きるヒント」 五木寛之

「ふつうの人間の、ありふれた生活の片隅に、小さな真実のカケラを見いだし、それを生きていく上のささやかなヒントとして役立てることができないだろうか」



「生きるヒント」 五木寛之



本棚の奥の方にあった五木寛之さんの「生きるヒント」


何十年も前に買って一度読んだと思うのですが、ほとんど内容を覚えていませんでした。


何十年かぶりに読んでみると、今の自分にちょうどよく、心地いい文章でしたので、毎日寝る前に少しづつ読みました。


この本は、話し言葉のように書かれていて、各章ごとにテーマがあります。歓ぶ(よろこぶ)、惑う(まどう)、悲む(かなしむ)というように。


この本の解説で、岡田幸四郎氏はこう書いています。


「先日、ある雑誌の……」

「最近、ぼくが気になっている……」

「久しぶりに、部屋の掃除にとりかかりました」

「数日前にロシアから帰ってきたばかりで……」

「昨日、たまたま金沢へ行く用事があって……」

「この間、テレビをみていて思わず大笑いをしました」

書斎からしかつめらしく発せられる言葉ではない。ライブ感覚と呼べばいいのか、そのときどきの五木氏の興味や行動から章は始まる。

(中略)

読者は、五木氏の言葉を追いながら、空間と時間とをダイナミックに超える旅をすることになる。


テーマに寄り添いながらの、旅の話や歴史の話、買い物の話、映画の話、生死の話など、五木さんが目の前でおしゃべりをしているようなエッセイ。


まさに


空間と時間を超える旅をしている感覚であり、読んでいて癖になる安らぎがありました。


五木寛之さんは、このように語っています。


ぼくはふつうの人間の、ありふれた生活の片隅に、小さな真実のカケラを見いだし、それを生きていく上のささやかなヒントとして役立てることができないだろうか、と考えました。


生きていくための思想や哲学をしかつめらしく語っているのではなく、日常を語る中に煌めくヒントが散りばめられていて、どこを掬い取るかは、読者に委ねられます。


僕はこの話のヒントから真実のカケラを探りました。


五木さんは、若いときからずっと考えてきたテーマが2つあるのだといいます。


ひとつは、人生に希望というのは本当にあるのかという問題です。もうひとつは、人生というものは生きるに値するかどうか。


落ち込んだときは、この2つのことをよく考えるのだそうです。


そして


いつかは、必ずその問いを自ら自分に聞かないといけないときがくると。また、そのことを、できるだけ早い段階で問答をくりかえして生きる方が幸せだと語っています。


どういうことかといいますと


私たちは必ず生まれた瞬間から死に向かっています。これだけはどんな人間にも逃れられません。


たとえお金がたくさんあっても、有名であっても、王様であっても、独裁者であってもです。


それに加えて、どこにどのような条件で生まれるのか、いつこの世を旅立つのか、それもまったくわからないのです。決められた見えないレールの上を走っていくしかないのです。


それらのことをよく意識すべきだというのが、五木さんの考えなんですね。日頃はそういうことを思わず、意識の隅に浮かび上がってこようとするとそれらに蓋をしめてしまう人ほど、晩年になって人生の不条理が出てきたときに直面したときのショックは大きくなるのだと語っています。


さらに


この世界が永久につづくと考えたとき、人間というものは毎日毎日の体験に感激を持てなくなります。

それから、自分たちが何でもできるんだ、自分たちの力で人生をつくっていけるんだというふうに考えたとき、人間というのは傲慢になってきます。

人間は生まれる場所を選択できない。行く先も選択できない。その期間も選択できない。

そう考えたときに人間は、与えられた人生というものの中でどう自分の一生を生きていこうかということを非常に謙虚に考えるようになるはずなのです。

無力感よりはむしろその中でどう生きて行こうかということを真剣に考えるようになるはずです。

そして有限の人生であるということを感じたときに、この一年間、本当に大事にすごさなければいけないと考えると思います。


よく意識し、よく考えれば考えるほど、人に対してやさしくなれるように思います。


そのやさしさが、この本の最後の五木さんの文章に漲っていました。


僕はこの文章に慰められました。
「生きる力」として。


人間は泣きながら生まれてきて、重い重い宿命を背負いながら、それをはね返し、はね返し、生きている。これ以上、その人間に何を要求するだろうか。

失敗した人生もあるであろう。平凡な人生もあるであろう。成功した人生もあるであろう。だけど、どの人間もみんなそのように与えられた生命というものを必死で戦って生きてきたひとりの戦士なのです。

そう考えてみますと、生きていくということはすごいことだな、どんな生き方をしたかということはせっかちに問うべきではない、という気持ちにさえなります。

生存していること、この世の中に存在していること、このことで人間は尊敬されなければならないし、すべての人は自分を肯定できる。人は己の人生をそのまま肯定しなければならない。

余力があれば、世のため、人のためにも働けるにちがいない。いまはただ、生きて、こうして暮らしていることだけでも、自分を認めてやろうではないか、と。

そこから、本当に希望のある、前向きな人生観が生まれてくるのではないでしょうか。

そんなふうに今、ぼくは人生というものを受けとめているところです。



【出典】

「生きるヒント」 五木寛之 角川文庫


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