「ひよっこ社労士のヒナコ」 水生大海
「だけど仕事のやりがいって、実は単純じゃないだろうか。誰かに喜ばれること。感謝されること。」
「ひよっこ社労士のヒナコ」 水生大海
会社にお勤めのみなさんは、今年も年末調整の書類を提出されたことと思います。
年末調整の書類は出してはいるけど、「年末調整っていったいどういうもの?」っていう方も多いのではないでしょうか?
この物語の主人公、新人社労士の朝倉雛子も派遣社員で総務の担当になったとき
と言っているほど。
年末調整をはじめ、社会保険や所得税、労働基準法、就業規則など、本当に奥が深くて難しい。
そのため
「労働や社会保険に関する専門家」である社会保険労務士、いわゆる社労士と契約している会社が多いのです。会社の「総務のお手伝い」として。
ヒナコは新卒時、就職し損ねたために派遣会社に登録。派遣の契約は3カ月ごとの更新であり、いつも不安を抱えていました。
総務で仕事をしていると、社労士という資格をとれば正社員につながるとわかり、猛勉強し、3回目で社労士の資格を取得したのです。
そして今
「やまだ社労士事務所」という4人の小さな事務所の正社員として働いています。
この物語は連作短編集になっていまして、それぞれの物語に労使によるさまざまな問題が出てきます。
社労士は、会社側の立場に立たなくてはいけません。
しかし
ヒナコは労働者側にも寄り添い、葛藤しながら業務に取り組んでいきます。
少し前に、迷惑動画による社会を騒がせたニュースがありました。この話はそういった炎上案件と、社会保険のこれから変わっていく制度のことも関連していたので、以下に記してみたいと思います。
◇
ヒナコは、大学時代の友人・遠田美々(みみ)からある相談を受けます。
ふたりは美々の弟・徹太のアルバイト先、大手の居酒屋チェーンのお店「皿屋敷」に行きました。
テーブルに着くや否や美々は
と、いきなりヒナコに詰め寄ります。
美々は弟の徹太が、店にいいように使われているというのです。
あれやこれやと仕事を押しつけられて、バイトリーダーと称しては待遇も変わらないし、契約社員への登用もしない。それに、新しく代わってきた五郎丸店長が厳しくて、いろいろ言われていると。
その居酒屋チェーンは、ヒナコのクライアントでありましたが、ただ、契約内容は、正社員と契約社員のみでアルバイトは含まれていませんでした。
その居酒屋チェーン、「屋敷コーポレーション」の屋敷専務から、やまだ社労士事務所に電話がかかってきたのが、美々と会ってから数日後のこと。
電話をとったヒナコは、思わずオウム返しをしてしまいます。
辞めさせたいのは社員ではなく、アルバイトだといいます。
屋敷専務によると、世間で話題になっている炎上案件に近いことが起こったというのです。
SNSに、役員に対しての不満や疑問の書き込みがあり、屋敷専務はその書き込みが名誉棄損だと憤っています。
ヒナコはそれだけでは違法にはならず、ただの感想と言われるだけだと屋敷専務に言いました。まだ炎上までにはなっていないので、注意喚起をすれば十分ではないかと。
後日、美々から「徹太が疑われている」と電話がありました。彼が五郎丸店長と喧嘩になったのがその理由です。
原因はシフトの変更が急であったり、突然休んだ人のしわ寄せが全部彼に回ってくること。
また
徹太は大学の空いた時間で他のバイトを始めたのに、「他のバイトを辞めろ!」と店長に言われたこともその原因なのです。
美々はヒナコを居酒屋「皿屋敷」へと連れて行きます。店長に「ビシッと言ってやってよ」と。
ヒナコは、五郎丸店長と話をします。
そう五郎丸店長はヒナコに言いました。
なんか意味深ですよね?
この会話。
◇
屋敷専務から、また電話がかかってきました。
ヒナコがSNSを見ると
写真が刺身の盛り合わせの上に添付されています。
ヒナコは、屋敷専務にそう言いました。
五郎丸店長は、この件で責任を取らされ異動になりました。
徹太は辞めさせられずにすみ、この件は解決したように見えましたが、ヒナコは気づくのです。
五郎丸が本当のリーダーとして、徹太の将来のことをちゃんと考え、しっかり見ていたということを。
なぜ、徹太の別のアルバイトを辞めさせようとしていたのか。きっちりと彼自身に伝えることができればよかったのですが、そうできないこの会社の体質があったのです。ブラック寄りの体質であったのです。
徹太は学生でないので、国民健康保険に加入しています。それを別のバイトに入る時間をやめさせ、週30時間以上の実績をつくって、この会社の社会保険に加入させようとしていたのです。また、契約社員への布石も打っていました。
※社会保険は2016年10月から従業員501人以上の企業で、週20時間以上勤務、月額88,000円以上、勤務期間1年以上という条件で社会保険に加入させることになっています。ちなみに、2022年10月には従業員101人以上の企業、2024年10月には51人以上に変わります。
五郎丸は従業員に厳しくしていましたが、ちゃんと従業員のことを考えてのことだったのです。
会社の上層部が現場の細かいことまで、すべてのことを網羅するのは限界があると思いますが、ほとんど現場を見ていない現状や、現場を知ろうともせず、自らの利益のみを追求し、社員のことを慮っていない状況が、いつか大きな問題を引き起こすトリガーとなるのではないかと考えました。
「なにかこれはおかしいんじゃないの?」とか、「これは違うよね?」とか、ほんのささいな疑問がしだいに大きくなって、取り返しのつかないトラブルを引き起こすように思います。それには常に従業員のことをよく見ていなくてはなりません。
五郎丸は徹太の業務(3ヶ月30時間超)の実績を作ったので、ヒナコに社会保険に加入する手続きを頼みます。ヒナコは会社側に説明し、代行すると五郎丸に言いました。
この物語でヒナコは、会社サイドに立ってはいるものの、法律によって労働者側が不利益にならないようにと、寄り添っているように思いました。きっと「会社のためにもなるであろう」との思いを込めて。
それが
彼女の社労士としての矜持であり、仕事に対するやりがいであるのでしょう。
【出典】
「ひよっこ社労士のヒナコ」 水生大海 文春文庫
いつも読んでいただきまして、ありがとうございます。それだけで十分ありがたいです。