シュウヘイ

物書き未満。形式を決めずに徒然に。ノウルシのVo/Gt.としても活動中。

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マガジン

  • Prototype Human解説

    ノウルシの1st フルアルバム『Prototype Human』の楽曲について解説していきます。

最近の記事

「Stand Alone Complex」 自分自身を愛したい (Prototype Human解説vol.2)

テーマ、歌詞について「置かれた場所で咲きなさい」なんて言葉が美談みたいに語られることがあるけれど、置かれた場所が砂漠なら、水のあるオアシスを求めて移動するべきだ。それを逃げだとは思わない。 じゃあどこに向かえばいいのか、というのが難しい。 何となく満たされてないような飢えは感じるけれど、何が欲しいのか自分でもよく分からない、ということがままある。 スマホ一つで何でも注文できる時代でも、欲しいものが分からなければ置き配もしてくれない。 僕は他人の顔を気にしいで、例えば人と話

    • 「Doublethink」 自分で考えない私たち (Prototype Human解説vol.1)

      はじめに 2022年リリースの配信限定EP、Prototype Human: Nearside、 2023年リリースの配信限定EP、Prototype Human: Farside、 およびそれらをまとめたフルアルバムPrototype Human。 それらの収録曲についてセルフライナーノーツというかたちでつらつらと書き連ねていきます。 アルバム全体についての総括的な記事は、おそらくまた後日。 楽曲の方向性、サウンドについて 2019年。SF映画の導入のような短い曲を作

      • 街のBPM

        大阪・京都へ旅をした。 今年度中に取得しなければならない休暇(弊社は夏季休暇がない代わりに任意のタイミングで長期休暇を取得できる)を余らせており、言ってみれば季節外れの夏休みだった。 僕のタイムゾーンは南半球にあるらしい。 せっかくの休暇だが、放っておくと結局引きこもって作曲して終わることは目に見えていたため、それならばいっそのこと環境を無理やり変えてしまおう、というわけだ。 大阪の一泊は向こうに住む知人と予定が合ったため飲み歩き、京都の二泊は一人でひたすら無計画に過ごし

        • フィルムカメラと僕の夏

          夏の訪れを肌で感じた頃、ふと思い立って部屋の片隅で埃を被っていたフィルムカメラを引っ張り出してきた。 中古で安く買ったそいつに、今では一瞬買うのを躊躇してしまうほど値上がりして高価になったフィルムを入れる。 埃を被るくらい使用していなかったことからも推して知るべしといったところだが、フィルムの交換という行為自体が相当に久々であり、おぼつかない手つきでセットするその様はぎこちなく、馬鹿に丁寧で、それだけに我ながらどこか儀式めいて感じられた。 どうにかフィルムを無事にセットし、カ

        「Stand Alone Complex」 自分自身を愛したい (Prototype Human解説vol.2)

        マガジン

        • Prototype Human解説
          2本

        記事

          強くなることは鈍くなること

          成長は、退化だ。 そう断定するのは少し乱暴すぎるだろうか。 弊バンド、ノウルシの「ラピスラズリ」という曲の中に、次のような一節がある。 「成長」と言うと聞こえはいい。 僕らはとかく成長を求められがちだ。 社会の荒波は容赦なく、停滞は罪、前ならえ、前進あるのみ、というわけ。 確かに、それまでできなかったことをできるようになること、努力に見合った成果が返ってくることは気分が良い。 しかしそれは自分で望んだ成長の場合。 この社会にいると、望まぬ成長を強いられる場面も多いのでは

          強くなることは鈍くなること

          普通の亡霊

          「普通○○でしょ」と、根拠のない「普通」を振りかざして自分の意見を押し通そうと、自分の価値観が世の常識とイコールだと信じ込ませようとしてくる人々がいる。 あなたにとっての普通が世の中にとっての普通とは限らない。 誰かを否定するために、雑に普通を振りかざす人をとても恐ろしく感じる。 普通とは何だろうか。 辞書を引くと、 「特に変わっていないこと、ありふれたこと、当たり前であること」 などと出る。 今の世の中では、とかく普通であることが求められるようだ。 ひとたび個

          普通の亡霊

          「貧乏人は音楽聴くな!」について

          初めにこの度、弊ツイートを多くの方に読んでいただき、また拡散していただきありがとうございました。 賛成、反対色々あるとは思いますが、多くの人が問題意識を持っていると知れて良かったですし、これまで気にしたことがなかった人にとって考えるきっかけになれば、 そしてこれまで違法アプリ等で音楽を聴いていた人が一人でも二人でも、正規の手段で聴こうと思ってくれていたら良いなと思います。 ツイートだと流れていってしまうので、アーカイヴという意味も兼ねてツイートの内容をこちらにも残しておこ

          「貧乏人は音楽聴くな!」について

          ジョーカーが弱者のヒーローだと思わない理由

          映画鑑賞前に読むと著しく楽しみを阻害してしまうような致命的なネタバレは(たぶん)ないですが、特定のシーンに対して言及してる箇所があるので、ネタバレが気になる方は映画鑑賞後に読むようにしてください。 まず、前提として僕自身はこの『ジョーカー』という作品をとても楽しめた。 予備知識としては、『ダークナイト』は鑑賞済。 ただし観たのが結構前で、細かいところは忘れている。 その他『ダークナイト』の続編や『バットマンシリーズ』、各種アメコミ作品はほぼ通っていない。 こんな状況下で

          ジョーカーが弱者のヒーローだと思わない理由

          「『あいちトリエンナーレ 表現の不自由展・その後』について」

          世間を賑わせている、あいちトリエンナーレ「表現の不自由展・その後」 を巡る騒動について。 この国では、憲法によって「表現の自由」が保証されている筈が、その実、自由が脅かされてきた過去が確かに存在する。 タブーであるとして表現の自由を奪われ、公開されることのなかった作品に焦点を当てる、というのがこの展覧会の趣旨と考えて良いと思う。 しかし、いざ始まってみると、 慰安婦像や、天皇の写真を燃やす映像などが問題視され、 大量の抗議、政治的介入、放火を示唆するテロ予告などを

          「『あいちトリエンナーレ 表現の不自由展・その後』について」

          親指ひとつで消えてしまえる僕らの

          先日、僕の使用しているスマートフォンが壊れてしまった。 ソフトウェアのアップデートを試みた際に、何らかの理由で失敗し、それきり復元もできなくなってしまったのだ。 元々挙動がおかしかったので、寿命だったのだろう。 よく、電子機器が故障して電源が入らなくなることを「文鎮化」なんて揶揄したりもするけれど、まったく、スマートな文鎮もあったものである。 それにしても、いざスマートな文鎮を所有してみると、日頃如何にそいつに依存していたかを身を以て知ることになる。 まず、当然のことな

          親指ひとつで消えてしまえる僕らの

          現実世界に生きる僕らのHPとMP

          勇者諸君におかれましては、きっと今も過酷な冒険の最中でありましょう。 いや本当に、「人生とはやり直しのきかないクソゲー」とはよく言ったもので、信頼できる攻略Wikiもない、回復アイテムも限られる、初期ステータスが人によって全然異なっていて努力では決して埋まらない差がある、多くの人は明確な目標を持たないまま強制的にフィールドに連れ出される、努力に対する見返りが少ないなどなど、そのクソゲーっぷりを挙げていけばきりがない。 世界を敵に回してでも守りたいヒロインや、固い絆で結ばれ

          現実世界に生きる僕らのHPとMP

          一人称とアイデンティティ

          みんなは自分のことを他者に伝える際、一人称をどうしているのだろう。 一人称に対して気持ち悪さや収まりの悪さを感じている人がどれだけいるのだろう。 僕は自分の話をしなければならない時、いつも心に微かな違和感を感じながら自分のことを呼称する。 きっと多くの人がそうであるように、僕は相手やシチュエーションによって一人称を使い分ける。 職場では「私」 友人相手なら「おれ」 Twitterやnoteなどの媒体における書き言葉では「僕」 というように。 と、

          一人称とアイデンティティ

          芸能人やバンド名に「さん」を付けるのか問題

          最近僕の中で疑問だったこのテーマについて、ちょうど先日、人と話す機会があったので改めて考えてみた。 一般人として著名人の話をする際、敬称はつけないことの方が多い。 学生時代の知人との飲み会で「タモリが〜」とは言っても「タモリさんが〜」とはなかなか言わない。 だけどこれがもし、僕がどこかの芸能事務所に所属するタレントだったとする。 Twitterで「タモリが〜」なんて呟いていたら敬意が足りない、となりそう。 芸能関係の知人とのプライベートでも呼び捨てにはしなさそうだ

          芸能人やバンド名に「さん」を付けるのか問題

          傑作SF短編集 - 上田早夕里『夢見る葦笛』

          年明け早々に傑作に出会ってしまった。 上田早夕里の『夢見る葦笛』。 バラエティ豊かなSF短編集。 グロテスクで甘美なホラーに始まり、異星を舞台にしたハードSF、荒廃した世界を生きるアンドロイドと人間の心をテーマにしたサイバーパンク、ポストアポカリプス、科学の発達した未来の地球におけるハートフルな人間ドラマ(人間?)まで実に幅広いが、一貫して神秘的かつ妖しい魅力を放つ作品群。 そして一つ一つのエピソードがとてつもなく完成度が高い。 各短編のタイトルは 夢見る葦

          傑作SF短編集 - 上田早夕里『夢見る葦笛』

          未だ見ぬ平成を待つ

          平成が終わるらしい。 平成生まれの僕としては、初めて体験する改元ということになる。 一つの時代が終わるのだ。 しかしそれに対してどれ程の感慨があるかと言われれば、呆気ないほどにない。 次の元号が何になるのだろう、という興味はあるけれど、それで何が変わるわけでもない。 悟り世代。なるほど。 でも昭和生まれの人々にしても、改元は二度目でも生前退位は初めてだから「一つの時代が終わる」という意識を持ったまま一年を過ごす、という経験は今回が初ではないだろうか。 約束された時代の節目。

          未だ見ぬ平成を待つ

          アウトプット癖をつける ─今年の抱負

          2019年、手始めに何か新しい試みを、ということで、個人用のnoteを開設してみた。 バンド用のnoteは別途開設していて(ノウルシと申します)そちらも少しずつ動かしてみてはいたのだけれど、もう少しバンドからは離れたところで、パーソナルなことを書き綴ってみたいなとずっと思っていた。 ずっと思っていたというか、これまでに何度もブログを開設しては続かず、心機一転、別のサービスからブログを作り直してみては続かず、ということを繰り返していたので、これは向いてないかな、と諦めかけ

          アウトプット癖をつける ─今年の抱負