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傑作SF短編集 - 上田早夕里『夢見る葦笛』

年明け早々に傑作に出会ってしまった。
上田早夕里の『夢見る葦笛』。

バラエティ豊かなSF短編集。
グロテスクで甘美なホラーに始まり、異星を舞台にしたハードSF、荒廃した世界を生きるアンドロイドと人間の心をテーマにしたサイバーパンク、ポストアポカリプス、科学の発達した未来の地球におけるハートフルな人間ドラマ(人間?)まで実に幅広いが、一貫して神秘的かつ妖しい魅力を放つ作品群。
そして一つ一つのエピソードがとてつもなく完成度が高い。

各短編のタイトルは

夢見る葦笛/ 眼神(マナガミ)/完全なる脳髄/石繭/氷波/滑車の地/プテロス/楽園(パラディスス)/上海フランス租界祁斉路三二〇号/アステロイド・ツリーの彼方へ

となっていて、この文字の羅列を眺めるだけで想像力が掻き立てられるのだけど、

特に好きだったのは
『夢見る葦笛』
『完全なる脳髄』
『滑車の地』
『プテロス』
『アステロイド・ツリーの彼方へ』
の5編。

ネタバレにならない程度にあらすじを紹介しようと思う。

突如、世界中の至る所に出没した世にも美しく蕩けるような歌を歌うイソギンチャクに似た生命体「イソア」。
その歌声から感じる不思議な心地よさに魅せられていく人々と、「この歌声は人間から大事なものを削ぎ落とそうとしている」として抗い続ける亜紀。
「思考を奪われる快感」をホラーとして描いた表題作『夢見る葦笛』。

作られた存在であるシムは、より人間に近づくため、他のシムを殺害し脳を自らに移植し続ける。
「自らの判断によって他者を殺めることができるか」が人間とそうでないものとの境界だ、と説くマッドサイエンティスト。
人間らしさとは何かを問いかける『完全なる脳髄』。

地上にはすべてを呑み込む泥海が広がり、そこには怪物たちが棲みついている。
人類の大半は地底へ逃げ延びたが、取り残された地上の民は高い塔を築き上げ、それぞれに紐を渡し、滑車を用いて往き来することでどうにか生活を送っている。
荒廃した地上を生きる人々の元へ、作業要員として地底から送り込まれた新人の少女は人間ではなかった。
最後まで暗く終末観の漂うエピソードながら、空へ飛び立つイメージと、異なる者を認めるということの美しさが澄んだ空気のような余韻として広がっていく。
壮大な映画を見ているかのような臨場感溢れる文章が印象的な『滑車の地』。

どこかの星に生息する飛翔体(プテロス)という生命体と、それを研究する主人公。
主人公はプテロスの腹にコバンザメのように寄生し行動を共にすることによって観察と分析を続ける。
異なる存在と共生するとはどういうことなのか、異なる存在を理解するとはどういうことなのかを問いかける短編『プテロス』。

「好奇心」を植え付けられた猫型の人工知性「バニラ」と、研究の協力者である平凡な若者との交流を通じて「人間とは何か」という問題に向き合い、互いに、綺麗に割り切れない人間の感情の複雑さを再認識し合う『アステロイド・ツリーの彼方へ』。

この他にも個性豊かで魅力的な作品が並ぶのだけれど、舞台設定や物語のスケールは様々ながら、全編を通して人間とは何か、個とは何か、という主題が繰り返し問われる。
かといって、そうした主題を扱うために堅苦しく難しい話になっているかというとそんなことは全くなく、するすると読ませる。
そして、繊細な五感の描写が非常に優れていると感じた。

SF好きもそうでない人もきっと満足できるはず。
興味のある方は是非。


夢みる葦笛 (光文社文庫)
https://www.amazon.co.jp/dp/4334777724/ref=cm_sw_r_cp_api_i_4oWrCbNH2YTXK


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